終業のチャイムが鳴り、担任が帰りのSHRを終え、学校は放課後の時間に入る。
「それじゃ、オレは部活に行ってくる」
「おう。じゃーな」
「また明日」
前の席のもっちーは、教室から出て行くクラスメイトの波に混ざって、部活へとさっさと行ってしまった。
一方で俺の後ろの席の五十嵐は早く帰りたそうだが、クラスメイトの女子に捕まって帰れないでいる。
よし、チャンスだ! 俺との接触ができない今のうちに帰ろう!
今朝、一緒に通学してきたんだ。帰りはそれを逆走すればいいだけだから、一人でも帰ってこられるはずだ。
俺はそう判断して素早く鞄を持つと、五十嵐からさっさと逃れようとして――
「おっと、ちょうどいいところに弟が」
「ね、姉ちゃん⁉」
廊下の教室脇でスパイのように隠れていた姉ちゃんに手首を掴まれた。
「は、放せ!」
「嫌だよーん」
必死の抵抗にもかかわらず、姉ちゃんの手はビクともしない。それどころかどんどん締め付けられ……痛い痛い!
姉ちゃんは俺の手首を引っ掴んだまま、ズルズルと教室の中に連れ戻していく。
「何する気だ!」
「そんな大したことじゃないわよ」
姉ちゃんは五十嵐の席に近づいていく。流石は生徒会長。学校内での知名度は半端ないので、たちまち五十嵐を取り囲んでいた女子たちがサッと脇に退いて道を空ける。
「五十嵐ひかりさん」
「は、はい」
家でのおちゃらけた感じの雰囲気とは打って変わり、衆目の中、めちゃくちゃ優等生ぶって話す姉ちゃんに、五十嵐は困惑しているようだ。
「私は生徒会長の雨宮舞です。ようこそ、この学校へ」
「は、はあ」
いやもう知ってるよ! みたいなことを考えているんだろうな、きっと。
「今日転校された五十嵐さんに、生徒会としてはこの学校を案内する義務があります」
「そんな義務ないで痛ったあー!」
姉ちゃんに踵で思いっきり爪先を踏んづけられた。
「というわけで、これからこの学校を生徒会雑用の雨宮慧君が案内してくれます」
「生徒会の雑用になった覚えはすいません何でもございません」
姉ちゃんに思いっきり手首を握られた。
「本来なら私直々に案内したいところなのですが……生憎予定が入ってしまっていて」
チラリと姉ちゃんが視線を向けた先にいるのは、教室の外で怒りオーラを全開にして周囲に撒き散らしている副会長の先輩。明らかにヤバそう。廊下を通っている生徒皆がドン引きしている……。
「それでは、雨宮君よろしくお願いしますね」
「慧君、よろしくね」
「……お、おう」
こうして生徒会長(姉ちゃん)の半強制的な依頼によって、俺は五十嵐にこの学校を案内することになったのだった。
俺は仕方なくその依頼を全うするため、五十嵐と一緒に教室を出る。
そして、その後ろから追い抜きざまに姉ちゃんが耳元でこっそり一言。
「人がいないところで間違いを犯しちゃだめだよ」
「するか!」
そもそも許嫁ってのは五十嵐の勝手な設定だし!
と、教室を出た途端、姉ちゃんの腕が掴まれて、後ろに引っ張られる。
「会長、仕事が溜まっています。行きますよ」
「え~やーだー!」
「仕事が溜まっているのは会長のせいです」
さっきの俺みたいに、姉ちゃんは副会長によって生徒会室に連行されていった。
「……それじゃあ、俺たちも行くか」
「うん」
なし崩し的に、放課後の学校案内が始まった。