教室に入って、俺ともっちーは自分の席に向かう。
と、もっちーが自分の席に座るなり、俺の後ろを見て声をあげた。
「あれ?」
「どうした」
「あそこに席なんかあったっけ?」
「え?」
もっちーが指さした方向、つまり俺の席の後ろには確かに机と椅子のワンセット。昨日までは俺の席がこの教室の後ろ端だったから、確かに無かったはずのものだ。
誰かが前日部活動か何かで、俺の後ろに机と椅子を移動して、そのまま放置したのだろうか。しかしながら、なんとなくそうではない、嫌な予感がする。
俺は教室中を見回す。
「机と椅子は……きちんと人数分あるよな……」
「つまり、この机と椅子はわざと置かれたものじゃないなら、このクラスにさっきの転校生がやってくるってことだよな⁉」
おおー! 新しいラブコメが始まる予感! ともっちーは一人で前の席ではしゃぐ。だが、その一方で俺はこの状況を深刻に捉えていた。
この席が転校生のためにあるのだとすれば、その転校生はこの席が設置された今日から来るだろう。そして今日、転入手続きをするのは、五十嵐。
普通転入手続きは何日もかかるものだと思うが、生憎それはただの人間であるという前提の話。天使である五十嵐なら無理矢理数分で終わらせるだろう。
もしかしたら、偶然この時期に五十嵐以外の転入生がいて、そいつがこの教室に来る可能性も否定はできないが、それはまずあり得ないだろう。
それに昨日姉ちゃんも言っていた。『同じクラスになるように校長に圧力かけてみるから』と。
つまり今日、朝早く出発した姉ちゃんは、校長を脅すか何かしらの手段を以てして、校長に圧力をかけたかもしれないのだ!
この二つの条件が揃ってしまうとどうなるのか。俺のクラスに五十嵐が編入する上、席が俺の真後ろとかいう超至近距離に座ることになってしまうのだ。
ただでさえ許嫁の噂が流れてしまっているというのに、五十嵐が近くに居たら、その正体が分かりやすくなってしまうじゃないか!
もちろん、本当は許嫁の関係ではない。五十嵐の作り出した設定だ。でも、噂が流れてしまっている以上、五十嵐とそういう関係だと思われてしまうと、からかわれたりなんだかんだで面倒くさいことになりそうだから、勘弁してくれ、というのが俺の偽らざる本音である。
それでもまだ可能性が残っている。このクラスに、そして俺の後ろの席に五十嵐が来ないという可能性が――。
ちょうどその時、朝のSHRの始まりを告げるチャイムが鳴り、今日もゆるーい感じの担任の堀河先生が教室に入って来た。
「おはようございま~す。それでは早速、今日から皆さんと一緒に学ぶことになるお友達を紹介しま~す」
どうぞ~という声で教室に入って来たのは、やはり五十嵐だった。その姿が現れると同時に教室中が一気にざわめく。
チクショー! やっぱり俺の嫌な予感は当たってたー!
五十嵐は黒板にデカデカと自分の名前を書き、それが終わると、先生が彼女を紹介する。
「こちらは五十嵐ひかりさんで~す。皆さん仲良くしてくださいね~」
「五十嵐ひかりです。宜しくお願いします」
無難な挨拶を終えると、先生は五十嵐に席の指示をする。
「それでは、五十嵐さんは一番窓側の列の、一番奥の席に座ってくださ~い」
「はい」
やっぱり俺の後ろかよ……。
五十嵐が座ると、諸連絡が手短に済まされてSHRは締め括られた。
「今日も一日、頑張りましょう~」
……もう頑張れる気がしない、と俺は机に突っ伏した。