そして翌朝。姉ちゃんは本当に五十嵐を連れて行かずにちゃっちゃと家を出て行ってしまった。
置いていくわけにもいかないので、仕方なく俺と五十嵐は一緒に登校する。
駅の改札を通り抜ける最中、隣をちらりを見ると、制服姿の五十嵐。
制服を着ていると何だかとても新鮮に思える。それに、元々のスタイルもいいし、顔立ちも整っているからとても似合っている。
今朝初めて見た時、不覚にも一瞬ドキッとしてしまった。
あークソしっかりしろ、俺! そこの五十嵐は、一昨日の朝に俺を殺そうとした天使だ! 見た目に惑わされてはいけない! パチンパチンと、自分で自分の頬を叩いて気持ちを確かに持つ。五十嵐は横でそんな俺を不思議そうに見ていた。
「そういえばここら辺には同じ学校の生徒はいないんだね」
「ああ。ここら辺から通っているのは俺たちだけだからな。学校に近づいていくとどんどん増えてくるけどな」
俺はそう言っている途中で重要なことに気づき、さっと五十嵐の方を向く。
「なあ五十嵐」
「ん? なに?」
「お前、絶対に俺とお前が許嫁であることを話すなよ。というかそもそも関係があることを話すなよ。姉ちゃんのせいで、俺には許嫁がいると知られているかな。面倒な騒ぎは御免だ」
「う、うん。分かった」
一回の乗り換えを挟んで電車に揺られること計十五分。改札から出て大通りに合流すると、急に高校生が増える。皆俺たちと同じ制服を着ているので、ここからが要注意だ。
俺はなるべくクラスメイトや友人と出会わないように、そして注目を浴びないために周囲を見回し辺りを警戒しながら、五十嵐を引き離すようにして早足で人ごみの中を通り抜けていく。
だが、フッと後ろを振り返ってみると、そこにはピッタリとついてくる五十嵐。
ニャンちゅうことだ! これじゃ何かのカップルと思われてしまうではないか!
幸いにも俺の見える範囲には友人はいない。けれども周りから時々『リア充め……』とか『爆発しろ……』とか言いたげな、怨嗟の念が籠った視線が向けられる。
……本当はカップルでもなんでもないんですけどねぇ!
小さくなりながら、俺と五十嵐はどうにかして昇降口から中に入る。
「それじゃ、職員室はアレな」
「うん」
俺たちの高校は、昇降口から職員室が見えるから、案内するのが楽チンだ。
「えっと、学年主任の先生の席は職員室に入って一番近い机で、校長先生の席は左の壁沿いの一番デカいやつな。『失礼します』って言ってから入るんだぞ」
頷いたのを確認して、俺は頑張れよ、と職員室に向かう五十嵐の背中に念を送った。願わくば五十嵐が俺と別のクラスに入ってくれますよーに!
その直後にポン、と俺の肩に手が置かれる。
「うっす、慧」
「おう、おはようもっちー」
振り返ると俺の親友であるもっちー。
「なあなあ、さっきの奴誰?」
「え? えーっと、なんか転校してきた奴らしい。俺に職員室の場所を聞いてきたんだ」
「ふーん……それにしては結構親しげだった気がするぞ。あ、もしかしてお前の許嫁か?」
「断じて違う!」
実際は全然これっぽっちもそうじゃない! いや、姉ちゃんと母さんの中ではそうなっているらしいが、元はと言えば五十嵐が作り出した設定に過ぎない! 許嫁など心外だ!
「あそう。それじゃ、行こうぜ」
「お、おう」
もっちーは意外にもすんなり引き下がったので、俺は少々面食らった。なんだ、もっと追及してくるかと思ったんだが……。まあ、これはこれでありがたいことだ。
こうして、今日も慌ただしく学校生活が始まるのだった。