俺は駅からの帰り道を、夕日に向かってヘロヘロになりながら歩いていく。
結局姉ちゃんを追いかけるために校内全体を駆け回ることになったが、流石は運動神経抜群女子。付かず離れずの距離で延々と捕まえられなかった。
しかも、途中で強面の体育教師に捕まえられて二人揃って三十分以上も説教をされた。
肉体的にも、精神的にもこの放課後で一気に疲れた……。
まあ、姉ちゃんの口封じという本来の目的が達成できただけでよしとしておこう。姉ちゃんは『えー言っちゃだめなの~』とか駄々をこねていたが、渋々受け入れてくれた。それに不幸中の幸いなことに、五十嵐の名前は出していないようで、『俺に許嫁ができた』という事実しか話していないらしい。
生徒会の用事がまだ残っているという姉ちゃんを残して一人帰る俺は、ようやく自宅に辿り着く。
「ただいま~……」
「おかえりなさい」
玄関のドアを開けて普段なら誰もいないはずの家に向かって挨拶をすると、何故か中から声。
靴を脱いで声のしたリビングへ向かうと、五十嵐がテレビをつけてキラキラした目で見ていた。
……ああ、そういえば昨日からニート殺人未遂天使がいるんだっけな。
鞄を机の上に置くと、五十嵐が俺の方に振り向き話しかけてくる。
「そんなに疲れた顔をしてどうしたの?」
「姉ちゃんを追いかけまわした」
五十嵐は全く分からないという顔をしている。そりゃ当然だ。分からなくていい。
てか、いつの間にかまたタメ口になってやがる……。別にいいんだけどさ。
しかも、姉ちゃんの持ち物である『私は堕天使』とプリントされた中二病Tシャツをちゃっかり着ている。いったいどうしてそれを着ているのか、恥ずかしくないのか、それに天使がそれを着ていていいものなのだろうか……。
「お前、いったい今日何時に起きた?」
「十一時」
「おっそ!」
やっぱりコイツ天使じゃねーだろ。絶対天使の皮を被っただけの何かだ。
「そういえば、慧はどこに行っていたの?」
「あ? そんなの決まってるだろ」
もしかして学校を知らないのか?
「もしかして学校?」
「そこは知ってた!」
学校は知っているんだ。天使だから下界のことには疎いか、と勝手に思っていたが。
「いいなー」
「なんでだ? お前学校に行ったこと……」
「ないよー」
天使だもんな。天使の学校とかあったら別だけど。
「もし学校に行きたいなら、行けばいいんじゃないか?」
「無理だよ。そもそもわたしには戸籍すらないもん」
「そこからか!」
どうりで学校に行かない、いや、行けないのか!
まあ、確かに五十嵐……もとい天使セラフィリは元々俺を殺す為だけにこの地上に降りてきた。だから当然、この地上において身分証明をするものは何も持っていない訳だ。
「やっぱり学校に行くためには戸籍って必要かな?」
「当たり前だ。それに、入学願書とか住民票とか色んな書類が必要だぞ」
これで五十嵐の気を滅入らせて、お前には高校入学なんて無理だろう、働くこともできないならニートになるしかないよな? ニートはこの家には要らないからとっとと天界へ帰れ、と言葉を続けて家から追い出す俺の壮大な『五十嵐追い出し作戦(仮)』が始まるはずだった。
しかし、五十嵐の顔を見下ろすと、狙いとは対照的に、目をキラキラと輝かせていた。
あ、あれー?
「じゃあ今からちょっと作ってくる!」
「お、おい!」
やる気を漲らせた五十嵐は、走って家を出ていってしまった。
……果たしていったいどうやって戸籍を作るのだろうか。