終業のチャイムが鳴り、今日もゆるーい感じの担任が帰りのSHRを終わらせて教室から出ていった直後。俺は荷物を予め詰め込んでおいた鞄を持って席を立つ。
「お、どこ行くんだ慧?」
「すまん、ちょっと野暮用が」
教室を出ていきながら俺はもっちーへ言葉をかけ、まだそこまで混雑していない廊下を走っていく。
そして曲がりくねった渡り廊下を抜けて、隣の建物へ。
確か渡り廊下を渡ってから二番目の教室が……!
先程とは打って変わって上級生で混雑する廊下を掻き分けるようにして進み、遂に目的地であるその教室の前まで辿り着いた。
俺は開きっぱなしのドアから中の様子を伺おうとそーっと顔を出そうとする。
と、突然背後から聞き慣れた声がかけられた。
「あれ、慧じゃん」
「うおっ!」
勢い良く振り返るとそこには姉ちゃんの姿。
なんだ、教室にはいなかったのかよ。
ちょっとビックリすると同時に、心の中で怒りの炎が再び勢いを増していく。
体の後ろに回した鞄の中から、姉ちゃんにバレないようにこっそりと適当なノートを一冊取り出し、丸めて手に握りしめた。
「それで、いったいどうしたの? 私の教室まで来るなんて珍しいじゃん」
「……姉ちゃんに会いに来た理由なんて一つしかないだろ?」
「愛の告白ね‼」
「違うわ‼」
思わずツッコミと同時にノートで目がハートになった妄想炸裂シスターの頭を叩く。
スパーンと良い音が鳴って、姉ちゃんは頭を押さえた。
「そんな~酷いよ慧~」
「酷いのはそっちの妄想の方だ」
姉ちゃんのブラコン度合いが最近酷くなってきている気がする……。そもそも何故俺が姉ちゃんに愛の告白をしなくちゃならんのだ。むしろ、こういうところがあるから姉ちゃんだけは絶対に無い、と思っているのだが。とにかく、俺たちに姉弟愛を求めるのは間違っている。
おっと、話がかなり脱線してしまった。本題に入ろう。
「姉ちゃん、今朝五十嵐のこと言いふらしただろ」
「言いふらしてなんかないわよ? ただ慧に許嫁ができたことを皆に自慢していただけ」
「それを『言いふらした』って言うんだよ!」
事態は想像以上に悪かった。なんとこの姉、もっちーだけではなく、他の人たちにも俺に許嫁ができたことを言いふらしているようなのだ! まさかな、と思ってカマをかけてみたが、本当にそうだったとは……。
俺は姉ちゃんの頭を続けてバシバシ叩こうとする……が。
「へっへー」
「何故当たらない……!」
「私だって、いつまでも一方的に叩かれる訳にはいかないのよ!」
姉ちゃんは運動神経が良い。今まで俺の制裁を避けようともしてこなかったが、ここにきて突然本気で避け始めたのだ。俺のノートは空を切り、全く姉ちゃんにはヒットしない。
くそっ、なんか余計にイライラしてきた。
姉ちゃんを今すぐ捕まえて百発くらい頭をぶっ叩かないとマジで気が済まない。
「当てられるなら当ててみな~」
なんか調子に乗って挑発までしてますねぇ姉ちゃんよぉ!
……そこまで言うなら、俺の本気っていうのを見せてやりますよ! 必ずや、成敗してやる!
俺は鞄を下ろすと、ノートを丸め直して構える。
そして、姉ちゃんに向かって突撃した。
「覚悟おおおおおお‼」
「逃っげろー!」
姉ちゃんはそれを見て即座に俺に背を向け、逃走する。
俺たちは放課後の校内で、全力の追いかけっこを始めたのだった。