テストの結果、キャサリン先輩からバッジを奪えたため、俺は合格となった。
俺は起き上がると、バッジをジェラルド先生に渡す。その横で、先輩が不満げに言った。
「ふんっ、ちょっと油断しただけなんだから……調子に乗らないでよね!」
「素直じゃねぇな、キャサリン。でも実際、フォルゼリーナは強かっただろ?」
「……んまあ、『そこそこ』強かったわね」
「実際、コイツは竜を斃したからな」
「竜を……⁉︎」
その言葉には、さすがの先輩も素っ頓狂な声を出す。
「『竜殺し』はあんただったのね……」
「……はい」
竜を斃したのは事実だ。だが、今回の戦いで、俺は自分の課題を認識していた。
俺には、対人戦闘の経験が少ない。
魔物相手なら、何度も戦ってきたし、それこそ竜のような強い魔物を撃破したこともある。だが、人が相手となると、戦い方はまた変わってくる。
魔物とは違い、人間は賢い。そのため、相手の狙いや思考を推しはかり、頭を働かせながら立ち回らなければならない。当然、魔物相手の戦いより、難易度は一段と上がる。
魔物との戦いも大事だが、対人戦のスキルも磨いていかなきゃいけないのかもしれない。
「まぁ、無事にテストに合格したわけだし、これでフォルゼリーナも『会員戦』への参加資格を得たっつうわけだ」
「かいいんせん?」
「虹の濫觴の全メンバーが参加する、一対一のバトルだ。ただし、新人はさっきのテストに合格しなければならない、という制限付きではあるが」
「フォルが合格したのだから、今年は久しぶりに、会員全員が参加できそうね」
「それはわからんぞ。その前に今年度の入会試験があるからな」
そうか、もしそれで誰かが入ってきて、魔力視のテストに合格できなかったら、全員参加とは言えないもんな。
それにしても、もう入会試験の時期なのか。
「ところで、フォルゼリーナは『ヒール』を使えたんだったか」
「はい」
「そうか。じゃぁ、今年の入会試験では治療スタッフとしてギャラリーに待機してくれないか」
「わかりました」
そういえば、俺が受けた時にもギャラリーにいたな。今年は俺がその立場になるってことか。
「で、会員戦はその後にやるってことね」
「そうだ。……フォルゼリーナ、一応確認だが、会員戦には参加するか?」
「します」
俺は即答した。
会員戦は、対人戦の経験を積むには絶好の機会だ。しかも、戦うのは同じクリークの会員。俺よりも強くて戦い慣れている人ばかりだろう。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
「そうこなくっちゃね」
「わかった。とりあえず、まずはその前の入会試験の件、よろしく頼むぞ」
「はい」
こうして、俺の入会試験への治療スタッフとしての参加と、会員戦への参加が決まったのだった。
※
約半月後のある日の放課後。
授業が終わった後、俺は練習場のギャラリーへ直行していた。
今日は年に一度の入会試験だ。その治療スタッフとして、俺はギャラリーで待機することになっていた。
「フォル、こっちよ」
ギャラリーに入るなり、聞き覚えのある声。そこには、腕を組んでふんぞり返っているキャサリン先輩が座っていた。
彼女は自分の横の席を叩いている。俺はそこに座って尋ねた。
「先ぱいも、ちりょうスタッフをするんですか?」
「いいえ、あたしはただの観客よ。興味があるから来ただけ」
別に治療スタッフじゃなくても観戦はできるのかよ。
俺は建物の入り口で受け取った、治療スタッフであることを示すビブスを着る。
「さて、今年は何人入ってくるかしらね……」
「ふつうは、どれくらいごうかくするんですか?」
「年によるわね。あんたみたいに一人しか合格者がいない年もあれば、あたしのときみたいに複数の合格者が出るときもあるし、逆に合格者が出ない年もあるわね。
まあ、平均すれば、毎年一人ってとこかしら」
すると、練習場の入り口からガヤガヤと賑やかな声がしてきた。
「……来たわね」
先輩がそう呟いた直後、たくさんの受験者がゾロゾロと入ってくる。
年齢は上から下までいろいろ。男女比は見た感じ同じくらいだ。全員がそれぞれ異なる番号のビブスを着ている。
「今年は受験者が多いわね」
確かに、去年はもう少し少なかったような気がする。人気が出てきたのだろうか。
そんな受験者たちの先頭に立って入ってきたのは、虹色の腕輪をつけた一人の男子生徒。
年齢はおそらく十代中盤。九年生か十年生くらいに見える。
髪色はアッシュグレーで、三白眼。どことなく疲れたような顔つきをしている。
見たことない人だが、腕輪をつけているため、クリークの先輩だ。
前回はローガン先輩がやっていたが、今回はこの先輩が試験官を担当するのだろう。
その先輩の手には、ハンドボールくらいの大きさのボールがあった。
「しけんのないようは、まいかいかわるんですか?」
「ええ。試験官を担当する会員の得意魔法に合わせて、毎回変わるわ。まあ、合否の基準や観点は変わらないけどね」
……つまり、魔力が見えているか、とか、魔法で戦う素質があるか、とかそういうことか。
さて、今年はどんな試験を行うのだろうか。
約七十人ほどの受験者全員が練習場に入ったところで、試験官の先輩が拡声の魔道具を手に取り、説明を始めた。
「えー、まずは今年度の『虹の濫觴』の入会試験にご参加いただき、ありがとうございます。これから入会試験の説明を始めます。今回の試験を担当するのは、第三百四十期、魔法科十年生の、ジョン・ラッセル・クリフガルドです。どうぞ宜しく」
会場からまばらな拍手が起こった。
「今回の入会試験は、『ドッジボール』です」
ジョン先輩は淡々と説明していく。
「足元をご覧ください。この練習場には白線でコートが引いてあります。これと私の持つボールを用いて、受験者の皆さん、総勢七十二名のチームと、私、ジョンの一人チームのドッジボール対決を行います」
七十二対一。恐ろしいほどの人数差ドッジボールだ。
「ルールは基本的なドッジボールと同じです。皆さんは、私の体にボールを当ててください。私に当たったボールが、私がキャッチする前に地面・壁・天井に触れたり、皆さんの誰かがキャッチしたら私の負け。その時点で試験は終了となり、私をアウトにしたボールを投げた一名のみを入会試験合格とします」
先輩は、拡声の魔道具を持っていない方の手の指の上で、器用にボールをくるくると回す。
「ただし、今回は特殊ルールとして、外野は無しにします。つまり、皆さんがもし私の投げたボールに当たり、皆さんの誰かがキャッチする前に地面・壁・天井に触れたり、私がキャッチしたら一発アウト。その時点で不合格となり、コートの外側に出てもらいます」
ここまで聞く限りだと、外野が無いこと以外は一般的なドッジボールだ。それに、試験の要素を組み合わせたような感じになっている。
「また、内野の線の外に体が触れたときもアウトになりますのでご注意ください。審判は、そちらのダイモン・バスケス・ティモスワール君が担当します」
「どうもー! 虹の濫觴の、第三百四十一期、魔法科九年生のダイモンです! 公平公正な審判に努めていきますので、どうぞよろしくお願いしまーす!」
いつの間にか、コート横に、もう一人虹色の腕輪をつけている男子生徒が立っていた。この人も初めて見るが、同じクリークの先輩のようだ。
メガネをかけた茶髪の人だ。ジョン先輩とは対照的に、明るくハキハキと喋っている。
「言うまでもないかもしれませんが、今回、魔法の使用は認められています。ただし、ボール以外で他人を傷つけるような攻撃は即不合格・退場となりますのでご注意ください。
また、万が一怪我をした場合でも、ギャラリーに治療スタッフが控えておりますので、ご安心ください」
何人かがこちらに視線を向ける。後ろを振り返ると、いつの間にか俺の他にもビブスを着た人たちが何人か座っていた。
「説明は以上ですが、ここまでで何か質問はありますか?」
すると、受験者の中から一つの手が上がる。
「どうぞ」
「ドッジボールのルールについてですが、頭に当たった場合はアウトになりますか?」
「なります。顔面でもアウトです」
ジョン先輩は即答した。その様子に、受験者が少し騒めく。
「あと、受験者の誰かに当たったボールを、バウンドする前に別の受験者がキャッチした場合、ボールが当たった人はアウトになりますか?」
「なりません。例えば、私が投げたボールが、皆さんの中の誰か三人に連続して当たったとしても、床・壁・天井にボールがつく前に皆さんの中の誰かがキャッチできれば、その三人はアウトにはなりません。ただし、そのボールが取れなければ、その三人は全員アウトになります」
「わかりました、ありがとうございます」
「他に質問はありますか?」
他に手は挙がらなかった。
「それでは、一分後に試験を開始するので、受験者の皆さんは準備してください」
受験者はわらわらとコートの中に集まる。なまじ人数が多い分、かなり狭そうだ。
一方、ジョン先輩は一人でコートを独占している。先輩はその中央で、悠々とストレッチをしていた。
「フォル、今回の試験、どうなると思う?」
「……かなり、あれそうですね」
「そうね。あたしもそう思うわ」
きっと、受験者たちはすぐに全員気づくはずだ。敵はジョン先輩だけではなく、自分以外全員である、と。
「皆さん準備はできましたかー?」
すると、ダイモン先輩が片手にボールを、もう片方に拡声の魔道具を持って、受験者たちに尋ねる。
それに対して、受験者たちは威勢の良い声をあげる。
そして、ダイモン先輩はニコニコしたまま、宣言した。
「最初は受験者チームのボールでスタートします。それでは、試験開始!」
そして、ダイモン先輩はボールを受験者チームの内野に放り込んだのだった。