ダイモン先輩が受験者チームの内野にボールを投げ、入会試験が始まる。
その直後、俺の予想通りのことが起こった。
投げ込まれたボールを、一人の受験者がキャッチをする。そのままその人が投げるのかと思いきや、数人の近くにいた別の受験者も、横からボールを掴んだ。
「俺が投げる!」
「貸せ! オレなら当てられる!」
「押すな押すな!」
そのまま、ボールは最初にそれをキャッチした受験者ごと、集団の中に紛れて見えなくなった。
「やっぱりこうなるわよね……」
「ですね……」
その様子を見て、俺もキャサリン先輩も、ギャラリーでため息をついた。
普通、ドッジボールはチーム戦だ。同じコートの仲間と協力して、相手チームを倒しにいくスポーツである。
しかし、今回は違う。ジョン先輩が提示した、『先輩にボールを当ててアウトにした最初の一人』しか合格できないのだ。
それには、一つしかないボールを持つ必要がある。そのため、こうしてボールの奪い合いが起こるというわけだ。
チームスポーツに個人戦の要素を導入すると仲間割れが起こる。去年にもその傾向はあったが、今年はチームスポーツがベースになっている分、状況はより酷くなっていた。
そんな受験者同士での醜い争いを、ジョン先輩は無表情で、ダイモン先輩はニコニコしながら黙って見つめている。
あの人たち、絶対こうなることをわかっていたよな……。
もしかしたら、こんな状況からボールを奪って当てにくるような、知略に長けた生徒を選抜したい、という狙いがあるのかもしれない。
「おい、貸せ! オレが投げる!」
ふと、俺の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
視線を向けると、ボールを求めて争う集団の中に見覚えのある生徒を見つけて、俺は思わず顔を顰めてしまった。
ちょっと小太りで、テカテカと顔が輝いている少年。ヴォルデマールだ。
なんか見ないうちにさらに丸くなってないか……?
というか、なんでここにいるんだ! 去年はいなかったのに……。
まさか、目の敵にしている俺がここに入ったのが気に入らなくて、自分も入ろうとしているのか⁉︎
いや、それは流石にないか……。自意識過剰というやつだ。
きっと、どこかから聞きつけて参加したのだろう。
一向に攻撃が始まらず、内輪揉めが続いている受験者たちに、ダイモン先輩は拡声の魔道具で呼びかける。
「皆さーん! 先ほどもお伝えしたとおり、他人へのボール以外での攻撃は禁止ですからね! 受験者同士であってもダメですよー! 発覚次第、失格となりますので、ご注意くださーい!」
すると、その言葉が効いたのか、混乱が少し落ち着いたように見えた。
そして、受験者の中で一番背の高い人物が前に出てくる。手にはボール。どうにかして手に入れたのだろう。
「オレがやろう。……いくぞっ!」
そう言って、彼は勢いよくボールをぶん投げた。
真っ直ぐに、弾丸のようにジョン先輩へすっ飛んでいくボール。あまりの勢いに、風を切る音がこちらまで聞こえてきそうだ。
だが、ジョン先輩はその場から一切動くことなく、落ちついた様子で右手を前に突き出す。
普通なら、あのボールを片手でキャッチできるとは思えない。
しかし、俺は直感的に、先輩がアウトになることはない、と確信していた。
次の瞬間、先輩の目前に迫ったボールが急に減速する。綺麗に、スムーズに、まるで徐々にスロー再生をかけていったかのように見える。
そして、十分な速度まで減速したボールを、先輩は難なくキャッチした。
「なん……だと……」
あまりにも不可解なボールの動きに、受験者がざわめく。それもそのはず、先輩の周りには、魔法を使ったときに見えるはずの魔力の残滓の光が、全く見えなかったからだ。
だが、俺にはきちんと見えていた。きっと、隣のキャサリン先輩もだろう。
「……今の、視えたわよね?」
「はい。まほうをはつどうしていましたよね」
普通に見れば、わからない。しかし、魔力視を発動していた俺には、ジョン先輩が魔法を発動していたのがしっかりと視えていた。
「何の魔法だったかは?」
「……かぜけいとうですか?」
「正解よ」
相変わらずふんぞり返りながら、キャサリン先輩は説明してくれる。
「ジョン先輩は、風系統の天才よ。それに、魔法の発動がおそろしく丁寧で正確なのよ」
「へぇー」
「だから、さっき先輩が魔法を発動した時、ほとんど魔力の残光が見えなかったでしょ? 普通はどんな魔法を発動するにせよ、発生するものなのに」
「そうですね」
「つまり、それだけ魔力を無駄なく魔法に変換できているってこと。練度が凄まじいのよ。その丁寧さはまさに魔法陣並みね」
ジョン先輩はそれだけの技術を持っているのか……。これから会員戦で戦うことになるだろうが、間違いなく強敵になりそうだ。
「それに、正確さも先輩の大きな武器ね。ああいうボールに風を当てて減速させるなんて、よっぽど上手く当てない限り、思いもよらぬ方向へ飛んでいくわよ」
「たしかに……」
そんなことを話している間に、先輩はボールをダムダムとバウンドさせる。
「いくか」
そして、思いっきり振りかぶって投げる。
その手からボールが離れた次の瞬間、ボールの後ろ側で魔法が発動したのを、俺の魔力視は見逃さなかった。
その結果、ボールは手から離れた時より遥かに速いスピードで受験者に向かっていく。
当然、受験者らは避けようとするが、狭いコートにたくさんの人数が押し込められているため、思い通りに動けない。
バンドンバン! と鈍い音が響き、ボールが受験者の間を舞う。
そして、ボールが地面に落ちたのを機に、ダイモン先輩が笛を吹いた。
「はいはい! アウトになった人はコートの外に出てくださーい! 五番と十七番、四十八番と六十一番、あと七十二番の人ですよー!」
言われた人たちは肩を落としてコートの外に出ていく。
今ので五人一気にアウトになったのか……。えげつないな……。
その間に、ジョン先輩は風系統の魔法を発動して、自分のコートの中に転がってきたボールを回収する。
そして、再び同じようにぶん投げた。
「おい、どけよ!」
その先にはヴォルデマール。他の受験者に両脇から挟まれて、ボールの矢面に立たされている。
彼は抵抗するも、体勢を大きく動かすには至らない。そうこうしている間に、ボールが彼の顔面にクリーンヒットした。
「ぐぺっ!」
「はーい、六十六番の君! それと三番と二十七番もアウトでーす!」
くそー! と地団駄を踏みながら、ヴォルデマールは他の受験者とともにコートの外に出る。
それを見て、俺は少し胸の空くような思いがした。
それからは、しばらくジョン先輩のターンが続く。
先輩がボールを投げて受験者数名に当て、さらにそのボールが自分のコートに返ってくる。
だが、それも永遠に続くわけではない。
受験者の人数が三十人程度まで減ったとき、先輩のボールをキャッチする者が現れた。
「ようやく僕のターンだ……」
そう言うと、彼は全身に魔力を行き渡らせる。身体強化魔法だ。
「くらえっ!」
そして、投げる。
身体強化魔法により飛躍的に向上した身体能力により、速球が先輩に飛んでくる。
しかし、先輩はそれも魔法で弱めると、難なくキャッチした。
「ようやく身体強化魔法を使ってきたか。これで僕もやっと本気を出せる」
ジョン先輩は、両腕を交互に数回回してストレッチをすると、身体強化魔法を発動した。
そして、受験者に向けて思いっきり投げる。
「うわっ!」
「きゃっ!」
「ああっ!」
ボールが飛び回り、受験者を面白いくらい次々にアウトにしていく。
「十番、十一番、六十九番、それからええと、四十五番、一番アウト!」
あまりにも速く、たくさんの受験者をアウトにしていくので、ダイモン先輩も判定に苦労しているようだ。
一方、魔力視を発動しながら会場の様子を眺めていた俺は、思わず感嘆の言葉を漏らしていた。
「すごい……」
一見すると、複数の受験者がアウトになるとき、受験者に当たったボールが偶然進路上にいた別の受験者に当たって……というのを繰り返しているように見える。
しかし、本当は違う。ボールの周りで時々魔法が発動されている。
つまり、ボールが偶然受験生に当たっているのではなく、空中にあるボールの軌道を魔法で修正して、ボールを受験生に当てているのだ。
どれだけの練習を積めば、あんな芸当が可能になるのだろうか。神がかった空間把握能力と計算能力である。
「……今年はダメみたいね。誰も視えてないわ」
俺の横で、キャサリン先輩はつまらなさそうにため息をついた。
そして、その言葉は数分後に現実となる。
「うわっ!」
「はい、五十七番の人、アウトー!」
ダイモン先輩にそう宣言された人は、肩を落としてコートの外に出ていく。
そして、受験者チームの内野には誰もいなくなった。
残ったのは、反対側の内野にただ一人佇むジョン先輩のみ。
七十二名の受験者を、ジョン先輩はたった独りで全滅させたのだ。
そして、ジョン先輩はダイモン先輩から拡声の魔道具を受け取ると、淡々と宣言する。
「これで入会試験を終了します。今年度の合格者は〇名です。皆さん、お疲れ様でした」