翌月のある日。
いよいよ始まる会員戦の説明をする、とのことで、俺を含め参加者全員がクリークの本部に呼び出されていた。
現在、虹の濫觴には、十年生が一人、九年生が三人、八年生が二人、七年生が一人、六年生が一人、五年生が一人、そして二年生──つまり俺の計十人が在籍している。
今のところ、直接話したことがあるのは、五年生のローガン先輩と六年生のキャサリン先輩の二人だけ。それ以外に見たことがあるのは、先日入会試験を担当していた十年生のジョン先輩と、九年生のダイモン先輩の二人。
あとの五人については顔も名前も知らない。
だが、ジェラルド先生によれば、会員戦は基本的に全員参加だから、今日その人たちにも会えるだろう。
あの入会試験を突破しているくらいだし、さぞかし強い人ばかりなんだろうなぁ……。どんな魔法を見せてくれるのか、とてもワクワクする。
授業が終わると、俺は速攻でクリークに向かい、階段を駆け上がって、本部の部屋のドアを開けた。
「しつれいします」
「お、来たかフォルゼリーナ。これで全員だな」
先生がそう言いながら、一番奥のお誕生日席でパイプをふかす。どうやら俺が最後だったみたいだ。
部屋の中には、先生と俺を含め十一人がいた。全員が席に座って、俺に注目している。
下座にはローガン先輩とキャサリン先輩。上座にはジョン先輩にダイモン先輩の姿もある。あとは知らない先輩たちだ。どうやらこのクリークの会員は全員揃っているらしい。
会員の男女比はちょうど一対一。男子五人、女子五人だ。
とりあえず、このまま突っ立っているわけにも行かないので、俺はローガン先輩の向かいの席に座った。
「彼女が、『竜殺し』か……」
「こんなちびっ子がか? 俄かには信じ難いことだな、オイ」
「見かけで判断してはダメですよ〜」
どうやら『竜殺し』の二つ名はここでは既知のものとして広まっているらしい。
恥ずかしさと視線の集中砲火に、俺の身は小さくなった。
「それじゃぁ、ミーティングを始める」
すると、先生がパイプを置いて話し始めた。
「今回は一番直近に入ったフォルゼリーナが魔力視のテストに合格したため、全員が参加することになった。そんでまぁ、こうして全員が顔を合わせる機会は滅多にないことだし、一応まだ顔を合わせたことねぇ奴とかいるかもしれねぇから、まずは自己紹介だ。
学年、所属学科、適性のある系統とか得意な系統、他に言いたいことがあれば、好きに言ってくれ。じゃぁ、学年の小さい順に。まずはフォルゼリーナから」
「は、はい」
俺は立ち上がる。
「えっと……まほうか二年生の、フォルゼリーナ・エル・フローズウェイです。てきせいのあるけいとうは……ぜんぶです。こんかいのかいいんせんで、先ぱいたちから、いろいろ学ばせてもらいます。よろしくおねがいします」
場から拍手。それに混じって、「全部?」「マジかよ」という声も聞こえた。やっぱり優秀な魔導師の卵が集まるこのクリークでも、全系統に適性があるというのは珍しいようだ。
俺が座ると、向かいの席のローガン先輩が立ち上がる。
「次は僕ですね。ローガン・ガルシア、魔法科の五年生です。光系統に適性があります。今回、皆さんと戦えることを楽しみにしています。よろしくおねがいします」
次に、隣のキャサリン先輩が立ち上がる。
「キャサリン・ジザール。魔法科の六年生よ。火系統と水系統に適性があって、王級精霊と契約しているわ。今回の戦いでは全員倒す気でいるから。よろしく」
めちゃくちゃ強気のコメントだ。しかし、ただの強がりではなく、しっかりとした実力と自信に裏打ちされているように感じる。
「相変わらず、生意気な奴ー」
「ふん、油断していると会員戦でぶっ倒すわよ」
「やってみなさいよ、ええ?」
「まあまあ二人とも、ここで争うのはやめましょ〜、ね?」
キャサリン先輩と、その二つ隣の女子生徒が一触即発の雰囲気になる。
それを、間に挟まれた女子生徒がおっとりした口調で宥め、両者は席についた。
次に立ち上がったのは、俺の隣に座っていた女子生徒だった。
青みがかった白く長い髪。スラッとした長身。何より目を引くのは、完全に両目を覆い隠している黒い布。
そんなんで周りが見えるのだろうか……?
「……わたくしは魔法科第三百四十三期生、七年生のシャーロット・ヴェラショヌヴァと申します。得意な系統は光魔法ですわね。皆様、お手柔らかに……」
「『お嬢』は相変わらずだな、オイ」
「『お嬢』、久しぶりに見ましたよー! 前はサングラスだったのに、どうしたんですかその布! イメチェンですかー?」
「もう、『お嬢』と呼ぶのはやめてくださいませ、エリック先輩、ダイモン先輩。サングラスは今修理に出していまして、手元にはこれしかなかったのですの」
シャーロット先輩は確かに『お嬢』と呼びたくなるような雰囲気を出している。立ち振る舞いと言葉遣いが、完璧にどこかのお嬢様のように思える。
ただ、ミドルネームがついていないあたり、この国の貴族制度における貴族ではないようだ。
次に立ち上がったのは、シャーロット先輩の斜向かい、さっきキャサリン先輩たちの言い争いをおさめていた女子生徒だ。
暗い茶色の髪をハーフツインにしている。おそらく八年生か九年生だろう。
それにしても、その隣に座っている人──キャサリン先輩と言い争っていた女子生徒と、めちゃくちゃ顔がそっくりだ。姉妹なのだろうか?
「魔法科八年生のリンネ・イール・ベルカナンです。得意な魔法は『ヒール』で〜す。よろしく〜」
おっとりした口調でそう言うと、リンネ先輩はすぐに着席した。
入れ替わるように、隣に座っていたそっくりな人が立ち上がる。
「私は魔法科八年生のカンネ・イール・ベルカナン。リンネの双子の妹よ。得意な魔法は同じく聖系統の魔法。よろしくね」
やっぱり双子だったか……。
今のところはリンネ先輩がハーフツインで、カンネ先輩がポニーテールだからわかるけど、髪型を変えられたらわかんなくなりそうだ。
さて、まだわかっていない人は、九年生の二人だ。
次に立ち上がったのは、リンネ先輩の向かい、シャーロット先輩の隣の男子生徒だ。
濃い金髪のマッシュ頭の人だ。その所作や顔つきからは、なんだか気が抜けているような、天然な印象を受ける。
「……アーチェン・マック・シルベスター。魔法科九年生。適性のある系統は…………なんだろう」
「君の場合は特殊だから、無理に紹介しなくてもいいと思う」
「……そうですね。会員戦では精一杯頑張ります」
ジョン先輩に言われ、アーチェン先輩はそのまま着席した。
特殊っていうのはいったいどういうことだろう? 既存の六系統には当てはまらない系統外魔法が得意とか、そういうことなのだろうか?
かなり気になるが、きっと会員戦で判明するだろう。
次に立ち上がったのは、その隣の男子生徒だった。ガタイの良い男子生徒で、この中では先生の次に身長が高い。かなり体を鍛えているようで、服を着ていても筋肉がついているのがわかる。
「俺はエリック・ブラン。九年生で、この中では唯一の体育科所属だ。得意魔法は地系統と身体強化魔法。会員戦では手加減なく、本気でいくぞ。よろしく!」
「たいいくか……?」
すると、ローガン先輩が説明してくれる。
「このクリークは、王立学園に所属している生徒であれば、どの学科であっても入会試験を受ける資格があるんだよ。だから、今はいないけど、商業科や研究科に所属している人だって、入会試験に受かれば会員になれる」
「実際、今年度の試験には魔法科以外からの生徒の参加も見られた」
「ま、クリークの性質上、魔法科の生徒がほとんどになってしまうけどな」
ジョン先輩とエリック先輩がそれに続けた。
「でも、この中で一番強いのは、おそらくエリック先輩よ」
「はっは、それはどうだかな、キャサリン。さすがの俺も『竜殺し』には負けるかもしれんな、オイ」
「そんなことないわよ!」
キャサリン先輩がエリック先輩を激推ししている。エリック先輩は謙遜しているが、かなり強いキャサリン先輩がそう言ってるってことは、実際相当強いのだろう。
体育科だと侮ることなかれ。むしろ、体育科だからこそ、基礎的な身体能力で俺たちにアドバンテージがあるのかもしれない。
「あのー、次、いいですかー?」
すると、堪えきれなくなったかのように、エリック先輩の横に座っていた人がそう言って立ち上がる。
ダイモン先輩だ。
「どうもー、僕はダイモン・バスケス・ティモスワール。魔法科の九年生です! 得意な魔法……というより、得意なことは、魔道具の自作です! 今回もアッと驚くようなものを用意してきたので、皆さん楽しみにしておいてくださいねー」
ダイモン先輩はメガネの奥を輝かせながら、テンション高くそう言い放った。
発明家気質を感じる。会員戦では自分の発明品を披露してくれるのだろうか。
「……最後は僕か。ジョン・ラッセル・クリフガルド。魔法科の十年生で、得意な魔法は風系統の魔法。今年の入会試験の試験官の担当だった。よろしく」
これで、十人全員の自己紹介が終わった。さすがは魔導師を目指すためのクリーク。どの人もいろんな意味で強そうだ。
「じゃぁ、自己紹介も済んだし、会員戦のルールを説明する。わかっている人もいるだろうが、我慢して聞いてくれ」
ジェラルド先生が再び説明し始める。
「会員戦は、会員同士の一対一の総当たり戦だ。つまり、一人一回ずつ自分以外の会員と戦うっつうわけだ。
戦う場所は下の練習場。当然、ギャラリー席ではなく一階のフィールドだ。
勝利条件は三つ。相手が戦闘不能になった場合、相手が負けを認めて降参した場合、そして審判であるオレが勝利だと認めた場合だ。もちろん、やりすぎは厳禁だ。殺し合いじゃぁねぇからな」
そして、先生は机の上に一枚の大きな紙を出して広げた。
「十人がそれぞれ、他の全員と一回ずつ戦うわけだから、全部で四十五試合行われることになる。ここで五試合を一セットと定義すると、全部で九セットとなる。お前らは、各セットに一度だけ戦うことになる。そして、対戦順はこの表の数字の通りだ」
紙にはリーグ戦の表が描かれていた。そして、それぞれの対戦結果を書き込む各マスの左端には、一から九までの数字が書かれている。
「これはどうやって決めたのでしょうか、ジェラルド先生?」
「適当だ。っつっても、最初のセットはできるだけ近い実力同士の奴と、後のセットはできるだけ実力差のある奴と組むように調整してある。フォルゼリーナやエリックなんかはモロにそうだな」
俺の場合は、リンネ先輩→ダイモン先輩→シャーロット先輩→カンネ先輩→ローガン先輩→キャサリン先輩→ジョン先輩→アーチェン先輩→エリック先輩の順に戦うことになっていた。
「……なるほど、前回の会員戦の順位を反映しているわけね」
「そうだ。フォルゼリーナは暫定で十位としているがな」
カンネ先輩の呟きに、先生は頷く。
「毎週末に一セットずつ行う。つまり、全部終わるのには九週間かかるってことだ。
観戦は、試合をする二人のどちらともとその前のセットまでに戦った場合のみ可能だ。
例えば、フォルゼリーナがローガンとキャサリンの試合を観戦するためには、それ以前に既にローガンとキャサリン双方と戦っている必要がある。これは、平等な条件で戦うための措置だ。だから人によって観戦できる試合が異なるが、そこは承知してくれ」
つまり、形式上、全員が相手のことを初見の状態で戦うことになる、ってことか。
「また、同じセット内の試合順は、前回の順位が低い人順になっている。例えば七位と十位、八位と九位が同じセットで対戦するとき、七位と十位の試合から先に行われることになる。
最終的な順位は勝敗によって決まる。もし勝敗数が同一の者が複数いた場合は、直接対決の勝敗で決める。それでも決められない場合は、戦闘時間の合計が短い順とする。
他、何か質問はあるか?」
「はいはい!」
「どうしたダイモン」
「自作した魔道具の持ち込みは可能ですかー?」
「可能だ。ただし、外部から魔力源を持ち込むのはダメだ。つまり、事前に魔力を貯めておいて、試合開始後にそれを使って魔法を発動する、みたいなことは許されない。ちなみに、魔道具を持ち込む場合は、試合に参加する両者の前で、オレがチェックをするからな」
「了解です!」
こういう質問をするってことは、ダイモン先輩は試合に魔道具を持ち込んでくるんだろうな。
他に質問はあるか? と尋ねるも、手が挙がらないのを見て、先生は締める。
「では、第一回戦は来週末に行うこととする。第一試合はフォルゼリーナ対リンネ。開始時刻は午前十時だ。二人とも、遅れるなよ」
「わかりました〜」
「はい」
「これで今日は終わりだ。解散」
こうして、ミーティングは終了した。
いよいよ来週、会員戦が開幕する。初めての対人戦に、俺の興奮は抑えられそうになかった。