この場に宮廷魔導師団が二人もやってくるなんて、全く予想できなかった。
それは魔法省の役人の人も同じだったようだ。
「宮廷魔導師団の方……! いったい何故?」
すると、ガタイのいい男の人が答える。
「どうもこうも、『竜が出た』と聞いたから来たのだが」
「そ、それは……ご足労いただきありがとうございます」
「……なぁ、これ、死んでるよな?」
「は、はい……確かに死んでおります」
「そうか……斃したのは誰だ?」
輪の中の視線が、俺に集まる。なんかこの展開、さっきもあったような……。
俺は手を挙げて名乗り出る。
「わたしですが……」
「ほう……。なるほど」
数秒間、彼は値踏みするような視線を俺に向ける。そして、一言。
「確かに、俺たちを除けばこの場では一番強いようだな。ロナ、どう思う?」
「……同意」
男性がもう一人の団員に聞くと、その人も頷く。
「名乗るのが遅れたな。俺は宮廷魔導師団、『赤色』のジークフリート・クラフトだ」
「……緑色、ロナ・ニッテ」
「お前の名前は?」
「フォルゼリーナ・エル・フローズウェイです」
「フォルゼリーナ、年はいくつだ?」
「ななさいです」
「七歳か……それでいて竜殺しを成し遂げるとはな……。末恐ろしいな」
「……将来有望」
「それだけの才能があるなら、どこかいい学校に通っているんじゃないのか? 王立学園とかな」
「えっと、おうりつがくえんのまほうかにかよっていて、つぎににねんせいになります」
「おう、そうだったのか」
「あ、あと、『虹の濫觴』にもはいっています」
「その年でか? そりゃすごい……」
すると、ロナさんが俺に問いかけてきた。
「……もしかして、『爆殺幼女』?」
「……そうよばれているみたいですね」
「『爆殺幼女』って何だ、ロナ」
「……四年前、ゴブリンを魔法で爆殺した幼女」
「そんなことをやっていたのか。まあ、それなら納得だな」
ここで、ずっと蚊帳の外になっていたケンさんが口を挟んできた。
「あんたら、ちょっと頼みたいことがあるんだが」
「どうした? というか誰だ?」
「ケン・トーリだ。この竜で潰された建物を持っている、エスタニア商会という貿易会社の社長じゃい。今困っていることになっていてなぁ」
「ほう」
ケンさんはこれまでのいきさつを簡単に説明する。
「……というふうに、この竜の処遇をめぐって、ワシと、ハンターギルドと、魔法省が揉めていたところだ。というわけで、あんたらが裁定してくれないか?」
「そうかそうか。だが、その必要はない」
「なんだと?」
その言葉に、三人が少しピリつく。しかし、それを意に介する様子もなく、ジークフリートさんが続ける。
「なぜなら、『竜を引き取れ』との王命が発令されたからだ」
そう言って、彼はポケットから一枚の巻物を取り出し、ペラっと広げてこちらに見せた。
豪華に装飾された紙に、文章が書かれている。それを食い入るようにケンさん、ハンターギルドの職員、そして魔法省の役人が見つめる。
ここからではよく見えないが、きっと王命の内容が書かれているのだろう。
そして、三人ともため息をついた。
「王命なら仕方ないなぁ……」
「そうですね」
「それに従おう」
「というわけで、だ」
ジークフリートさんは巻物を収める。
「この竜は俺たちが引き取ることになった。だが、お前らに見返りがないわけでもない」
「どういうことだ?」
「まず、この竜を王都に運んだ後、魔法省の専門家の立ち会いのもと、解剖を行う」
「おお、それは僥倖」
その言葉に、魔法省の役人が喜ぶ。
「そして、ギルド会員が討伐したということで、ハンターギルドには褒賞金を出す」
「なんと! ありがたきことです」
ギルド職員が感激する。
「さらに、解剖後の竜は競売にかける。当然、解剖はできるだけ傷がつかないように細心の注意を払って行うから、質が落ちることを心配しなくていい。その競売で得た利益の一部を、損壊したこの倉庫の修理代金として支給することを約束しよう」
「おぅ、マジか。そりゃぁ文句ねぇ」
その言葉に、ケンさんの目は輝く。倉庫の修理代が保障される上、競売が行われるということで、商人の魂が疼いているようだ。
「というわけで、フォルゼリーナ。この竜は俺らが引き取ることになった。いいな?」
「はい」
ジークフリートさんが聞いてくるが、これは実質強制だ。これに逆らうということは、国王陛下に、この王国に逆らうということ。
もしこれで、自分に著しい不利益が生じるのであれば抗議するつもりだが、今回の場合は、自分にもたらされるだろう利益がゼロになっただけで、不利益を被るわけではない。むしろ、俺一人じゃこの竜の死体を動かせないから、引き取ってもらえるのはありがたいことでもあった。
だが、次にジークフリートさんが告げたのは、意外なことだった。
「協力に感謝するぞ。ただし、ただで俺たちが譲り受ける、というのは少々虫の良すぎる話だ。一応、この竜はフォルゼリーナの所有物だからな」
ということで、とジークフリートさんは続けた。
「お前には、補償金を支払う。つまり、本来この竜の素材を売却して得られたであろう分の金だ」
結局お金をくれるんかい! もちろん、貰えないより貰える方が圧倒的に嬉しい。
「フォルゼリーナ。お前、銀行口座は持っているか?」
「はい」
「そうか。なら、後でそこに金を振り込むから、銀行のカードを見せてくれないか?」
「わかりました」
俺はギルドカードを提示すると、ジークフリートさんはそれをメモする。
「あの」
「何だ?」
「ほしょうきんって、どのくらいになるんですか?」
「そうだなぁ……。確定的なことは言えないが」
すると、ジークフリートさんは俺の耳元に囁く。
「最低でも八桁は入ると思うぞ」
八桁! というと……最低でも約一億円ということか⁉︎
突然提示されたとんでもない金額に、俺は思わずクラッときてしまう。いや、ケンさんの言葉から、きっと大金なんだろうな、とは思っていたよ? だけど、いざ具体的な金額を出されると、急にその金額が『身近なもの』になって、恐ろしく感じてしまう。
ジークフリートさんは、メモを取り終えると、カードを返してくる。
そして、俺の肩をポンと叩いて立ち上がった。
「じゃあ、早速作業に取りかかるか。まずは、この倉庫の上からどかさないとなぁ」
ジークフリートさんは瓦礫の上の竜を見る。
ただ、どかすと言ったって、竜はとんでもなくデカい。大きな重機を何台も動員するような、大規模な作業が必要になるだろう。
二人は竜の体へ向かって、瓦礫をのぼっていく。
普通なら、二人でどうにかできるようなものではない、と思うところだが、この二人は宮廷魔導師団だ。いったいどのように作業するのだろうか。
次の瞬間、ロナさんが竜の体の下部、つまり瓦礫に触れている部分に向けて、手をかざして何かを呟いた。直後、魔力の光が迸ったので、何かの魔法が発動されたのだとわかる。
そして、ジークフリートさんが吼える。
「っしゃぁあ、いくぞぉぉおおっっ!」
刹那、ぶわっと膨大な魔力が彼の体から噴出したのが、魔力視をしていない俺でも感じられた。
「せいっ!」
そして、ジークフリートさんは竜の体を掴むと、思いっきり引っ張った。
すると、竜の体が瓦礫の山をするすると降り始める。その光景にどよめきながら、竜が滑り落ちる経路上にいた野次馬らが慌てて退避した。
まさか、一人であんなにデカい竜を動かしてしまうとは……。何という身体能力。元々のすごい体に加え、凄まじい身体強化魔法を発動して、鬼フィジカルになっているのだ。
あっという間に竜は倉庫の上からどき、街道の脇の敷地に横たわる格好になった。
すると、サスケさんが俺たちに向き直る。
「さすがに、建物の一部が壊れてしまったから、宿泊し続けるのは危ない。別の建物に移ろう」
俺たちに異論はなかった。
こうして、俺が斃した竜の後始末は、一段落したのだった。