数日後。ドルディアの市街地の郊外のとある施設の一階ロビーに、俺たち四人はいた。
全員がそれぞれの荷物を抱えていて、いつでも移動できる状態にある。
「皆、ドルディアを楽しんでくれたかな?」
すると、側に立っていたサスケさんが、俺たちに問いかけてきた。
「ええ、とても良い経験になりました」
「とっても、楽しかったです!」
「はい! だいまんぞくです」
「はは、それは良かった」
思い返してみれば、今回の旅行はいろんなことが起こった。
初めてのドルディア州で、この世界で初めて見る海で遊んだ。
それからポルターガイストに遭遇し、フローリー先輩の力を借りて何とか撃退。
その後、海で遊んでいたら竜が出現して、何とか討伐した。
その際、建物の一部が破壊されてしまったため、会社のご厚意で、ドルディアの市街地に近い別の保養施設に移動して、本日に至る。
……なんか、どちらかといえば楽しいことより大変なことばっかり起こっているな。
それでも、終わりよければすべてよし。その思い出は記憶の中で遠いものになっていき、美化されつつあった。
その一方、どうしてもあの時の悔しさが忘れられない人もいるようで……。
「あぁくそっ、余計な介入が無ければ、ワシが竜を独占できたのにぃっ……!」
「ちょっと社長! こんなところでグチグチ言わないでくださいよ!」
「だってよぉ〜〜、あんなチャンス、一生に一度あるかないかのモンだったんだぞ〜!」
「いいじゃないですか! 倉庫の修理費用は、競売の利益から出してくれるんでしょう? もし足りなかったらその分も補填してくれるって。それに、競売には我々も参加できるんですよ! 競り落とせばいいじゃないですか!」
「そりゃそうだがぁ……できることなら独占したかったなぁ〜〜」
ケンさんははぁ〜、とどデカいため息をついた。
あの後、俺はすぐに現場を離れてしまったので直接見たわけではないが、サスケさんによると、次の日には竜の死体は綺麗さっぱりなくなっていたらしい。また、竜の死体はその日中に王都に移送されたようだ。
あんな巨体をどうやって運んだんだ……。やはり、宮廷魔導師団の卓越した魔法技術のによるものなのか。現場に残って見学できたら良かったのになぁ……。
すると、ケンさんが俺の前まで歩いてきて、俺に話しかけてくる。
「それにしても、お前さん、つえぇな。竜を単独で斃しちまうなんてよ、ワシなんかより何倍もつえぇ」
「あ、ありがとうございます」
「本当なら、今すぐにでも、貿易船に護衛として乗ってもらいてぇくらいだ」
めちゃくちゃ俺を買ってくれるじゃん、この社長。
「……ここで会ったのも何かの縁だ。もしまた珍しい品物が手に入ったら、ワシに連絡してくれや。どこよりも高値で買い取る自信がある。よろしくなぁ」
そう言って、ケンさんは俺に名刺を手渡してきた。
きっと、いつかどこかでこの縁が役に立つかもしれない。俺は名刺をポケットに大切にしまった。
「他の皆も、ぜひウチを贔屓にしてくれや。ワクワクの珍しい品物、いっぱい運んで取り揃えてあるからよぉ。それじゃぁな」
そう言って、ケンさんはいそいそと建物の外に出ていった。
「……行っちゃった」
「曲がりなりにも我が社の社長だから、忙しいんだ。……僕たちも外に出ようか」
サスケさんについていき、建物の外に出ると、正面の通りにはすでに馬車が停まっていた。
「この馬車はドルディアの転移施設に行くように手配してある」
「ありがとう、お父さん」
「それじゃあ、皆気をつけて帰るんだよ」
「はい! またね、サスケさん!」
「サスケさんも、お元気で」
「ありがとうございました!」
そして、カヤ先輩が最後に馬車に乗り込むとき、サスケさんはブスリと釘を刺してきた。
「カヤは、きちんと修了テストに合格してくるんだよ。来月にここに来れるようにね」
「う……頑張ります」
そして、ドアが閉まり、馬車が出発する。
こうして、俺たちのドルディア旅行は、夏空のもと、幕を閉じたのだった。
※
「戻ってきたー‼︎」
約一時間後。無事に王都に戻ってきた俺たちは、学園の敷地内に入り、ようやく自分たちの寮の建物の前にたどり着いた。
レイ先輩がはしゃいでいる後ろで、俺はこの光景に懐かしさを覚えていた。十日ちょっとしか離れていないはずなのに、向こうであまりにも濃密な時間を過ごしたせいで、何ヶ月ぶりにも思える。
同時に、本当に夢のような旅行が終わってしまった実感も押し寄せてきて、俺の心には言いようのない寂寥感が生まれる。
「……皆、部屋に帰ろう。早く片付けをしないと、夕食の時間に間に合わなくなっちゃう」
「そうですわね、行きましょう」
そう言って、カヤ先輩が先陣を切って、前へ歩いていく。俺も少し遅れてついていった。
寮の玄関から中に入り、廊下を進んでいこうとする。が、そのとき、先頭を歩いていたレイ先輩が立ち止まった。
「あれ? あたしたちの部屋のポストに、何か来てるよ!」
そう言って、素早くポストから郵便物を抜き取るレイ先輩。そして、宛名を確認すると俺の方に向かってきた。
「これ、フォルへの手紙だ!」
「わたし……ですか?」
受け取って見ると、確かに俺宛の書簡だった。
なんだかやけに豪華な書簡だ。差出人は役所とかそういうところだろうか。そう思って裏返すと、差出人の欄に書いてあったのは……。
「誰からの手紙だったのですか、フォルゼリーナ?」
「……まほうしょうでした」
「魔法省⁉︎ すごいところから手紙が来たねぇ、フォルちゃん」
魔法省がいったい俺に何の用だろう?
そんな、書簡を送りつけられるようなことって、何かしたっけな……。思い当たることといえば、竜を斃した時に現場に役人の人がいたってことくらいだけど……。もしかしてそれ関連なのかな?
「とりあえず、まずは部屋に戻ろう。手紙はそれからゆっくり見ればいいよ」
「そうですね、わかりました」
俺は書簡を手に、階段を上って自分たちの部屋である五〇九号室へ向かう。
部屋の中に入ると、むわっとした熱気が俺たちを迎える。ここ数日、冷房など何もつけていなかったため、部屋の中は自然に任せた温度になっていた。
部屋の中は、出発直前の状態のままになっている。俺たちはそれぞれの部屋に入って、早速荷解きを始めた。
俺も皆と同じように自分の部屋に戻る。そして、荷物を置いた後、荷解きよりも先に書簡の内容を確認することにした。
封を切って中身をあける。中から出てきたのは、一枚の紙だった。
「……『振込証明書』?」
一番上のその言葉を読んで、やっと俺はピンときた。
そういえば、ジークフリートさんが言っていたな。竜をもらう代わりに補償金を支払うって。
確か、最低でも八桁くらいはするんだったよな。果たして、実際に振り込まれた金額は……?
ドキドキしながら目線を下に移動して、文章を読んでいくと、ついにその金額が判明した。
「に、にせんまんセル……!」
二千万セル。約二億円だ。それを、俺の口座に振り込んでおいた、と書かれている。
確かに、ジークフリートさんが言っていた通り、一生を普通に暮らせるほどの大金だった。
マジか……! ついつい顔がにやけてしまいそうになるが、同時に動揺しているのが自分でもわかる。
俺は周囲を見渡す。誰もいない。
確か、ジークフリートさんから金額を聞いた時も、俺以外には聞かれていないはず。ルームメイトの三人にもバレていないだろう。
……信用していないわけではないけど、お金の話はとてもデリケートだ。変に話をすると、それが広がって、余計なトラブルを招きかねない。
二千万セルを受け取ったことは、ひとまず誰にも話さず、秘密にしておこう。
俺はそう心に誓ったのだった。