カヤ先輩とフローリー先輩の相部屋に飛び込んだ俺たちは、その場にへたり込んだ。
「あ、危なかったぁ〜……」
「せ、セーフ……」
最初はトイレに行くだけなのに、まさかこんなことになるとは思わなかった……。
いや、勝手に倉庫に立ち入った俺たちも悪いけどさ……。ゴーストがポルターガイストを起こして俺たちを襲ってくるなんて、普通思わないじゃん!
「……何の騒ぎ?」
すると、カヤ先輩がむっくりと起き上がって、眠たげな目をしながらこちらを見る。
「カヤ先輩、大変なんです!」
「じつは……」
俺たちは事情を話す。その最中、ドアを向こうからガンガンと叩く音。どうやらゴーストはまだ諦めていないようだ。
話が進むにつれ、カヤ先輩の顔にどんどん焦りが浮かんでくる。
「とりあえず、ドアの前にバリケードを作ろう。そこの棚を移動させて」
「わかりました」
俺は身体強化魔法を発動し、レイ先輩と一緒にそばにあった棚を持ち上げる。
まあまあの重量があるため、これを前におけばドアを破られたりはしないだろう……たぶん。
そして、それをドアの前に置こうとした瞬間、ドスッ! と何かがドアを突き破って停止した。
「うわっ!」
慌てて顔をドアから離す。ナイフの切っ先が窓から差し込む月明かりに照らされて妖しく光った。
あと少しずれていたら刺さっていたかもしれない……。危なかった。
「ひとまず、気休め程度だけどしばらくは大丈夫だと思うよ」
とりあえずドアの前に棚は置けた。しかし、さっきからますますドアにぶつかる音は大きくなっている。本当に破られないか心配だ。
「今何時?」
「えっと……さんじです」
「そっか……それだったら夜明けを待つより、やっつけちゃった方がいいかも」
ゴーストは日中ほとんど活動できない。そのため、夜明けを迎えて大人しくなるのを待つ、という方法もあった。
だが、今のままでは夜明け前にドアが破られる可能性がある。そのため、バリケードという対症療法だけではなく、なるべく早めにその原因まで根絶する必要があった。
「ゴーストって、どうやってたおすの?」
「確か、『エクソサイズ』っていうゴーストによく効く魔法があったはず。フォルちゃん、それできる?」
「……なにけいとうのまほうですか?」
「えー……わかんないな、ごめん」
初耳の魔法だ。これまで読んできたどの本にもそんな魔法は書いていなかった。
仮に俺が使えなかったとしても、系統外魔法でなければ精霊たちの力を借りて発動できる可能性があった。
しかし、系統すらわからないのであればもうどうしようもない。
「レイせんぱいはつかえますか?」
「ううん、あたし、魔法使えないんだ」
「カヤせんぱいは……」
「使えたらもう使ってるよ」
となれば、残るは……。
俺たちは同時にベッドのふくらみに目を向ける。
「もし、フローリーせんぱいがそれをつかえなかったら……」
「いや、使えるはずだよ。前にゴーストを魔法で退治したことがあるって言ってたから。ゴーストに『エクソサイズ』の魔法が効くって教えてくれたのもフローリーだし」
「じゃあ初めから、フローリー先輩を起こせばよかったんじゃ⁉︎」
すぐにレイ先輩がツッコミを入れる。
「フローリーは熟睡している最中に起こされると、超不機嫌になるんだよ……」
でも緊急事態だから仕方ないよね、とカヤ先輩はため息をついた。
カヤ先輩が布団を引っぺがすと、そこには体を丸めてすやすやと眠るすっぽんぽんのフローリー先輩。布団を剥がされたことを感じたのか、すぐに少しだけ険しい顔つきになる。
「フローリー! 起きて! 緊急事態!」
「んー……いまなんじですか……」
「三時だけど、緊急事態だからさ!」
「もうすこしねかせてください……」
「緊急事態だから起きてフローリー!」
カヤ先輩が必死に揺り動かすと、フローリー先輩はようやく目を開いた。
そして、めちゃくちゃ不機嫌そうな表情で、むっくりと体を起こす。
「何ですかいったい……こんな時間に皆さん揃って……」
「フローリー先輩、助けて!」
「もうフローリーせんぱいしかたよれないんです!」
「……何事ですか? それに、先ほどから外がうるさいですね……」
「実はね……」
カヤ先輩が事情を説明する。
それを聞き終わると、フローリー先輩はベッドから降り立った。
「事情はわかりました。『エクソサイズ』を使えば良いのですね」
「よろしくおねがいします」
「おねがいします、フローリー先輩!」
「頼んだよ、フローリー!」
フローリー先輩は、自分の荷物から一本の杖を取り出すと、棚越しにドアの目の前に立つ。
そして、ドンドンガンガン! と大きく振動するドアに向けて杖を向けると、詠唱した。
「『エクソサイズ』!」
次の瞬間、杖から白青色の眩い魔料の残滓が放出される。
そして、ドアの向こうから言葉に表現できない、ものすごい断末魔が響く。
同時に、ドンガラガラドシンドシン! と大量の物品が床に落下していく音。
その後は、シーンと物音ひとつしなくなった。
「……これで退治できたと思います」
「ありがとうフローリー!」
「さすがフローリー先輩!」
「フローリーせんぱい、ありがとうございます!」
フローリー先輩は何も言わず、自分が寝ていたベッドに戻る。そして、再び布団を被り直すと、丸くなった。
「レイせんぱい、たなをうごかしましょう」
「うん!」
俺とレイ先輩は再び棚を動かして、元の位置に戻す。
それから、ドアを開けて廊下の様子を伺う。
「うわっ、ひどい状態だね、これは……」
カヤ先輩が後ろから覗き込んで声を上げる。
あんなにうるさかった廊下は、俺たちがトイレに行った時のように、静かになっていた。
その代わり、床はいろんなものが酷く散らかっていた。
様々な種類のものが脈絡もなく散らかり、陶器やガラスの物品の中には割れて破片が散らかっているものもある。
それらは何層にも重なって床のカーペットを覆い尽くし、文字通り足の踏み場もないような状態になっていた。
「ゴーストは、もういないのかな……?」
レイ先輩が心配そうに言う。俺はそれを確かめるため、魔力視を発動して周囲を見回す。
もしゴーストがまだいるのであれば、それが発する魔力が見えるはずだ。
しかし、いくら見回しても魔力は見えない。つまり、ゴーストはきちんとフローリー先輩に退治されたのだ。
「いないみたいです」
「「よ、よかったぁ〜」」
緊張が一気に解けた二人は、へなへなと床に座り込んだ。
「とりあえず、朝まで二人ともこの部屋にいなよ。私のベッド、使っていいからさ」
「いいんですか? じゃあお言葉に甘えて」
レイ先輩は早速カヤ先輩のベッドに横になる。疲れていたのか、数十秒後には寝息を立て始めた。
「フォルちゃんも、寝足りないでしょ?」
「いえ……わたしはじぶんのへやにもどります」
「いやいや、そもそもどうやって戻るのさ。廊下は足の踏み場もないのに」
「ふゆうまほうで、ういてもどろうかなって……」
「そんなことできるの⁉︎ ……いや、とにかく日が昇るまではこの部屋にいてほしいな。何かあったとき、四人でまとまっていた方が対処しやすいからさ」
「わかりました」
確かにカヤ先輩の言うことはもっともだ。
というわけで、俺たち四人は一緒の部屋で朝まで待機したのだった。