「うわぁ、これはひどい」
翌朝。サスケさんは、俺たちの部屋の前の廊下を見て、思わずそう漏らした。
俺たち四人はその後ろに控えている。
朝になって全員が起床した後、まずは全員俺の浮遊魔法によって部屋を脱出した。そして、カヤ先輩がサスケさんを呼びに行き、今に至るというわけだ。
「……とりあえず、何があったのか、事情を説明してくれるかい?」
そう言って、サスケさんは俺たちに向き直る。
それに対し、主にレイ先輩が包み隠さず事情を説明した。
「……そっか、事情はわかった」
「……その、勝手に倉庫に入って、すみませんでした!」
「ごめんなさい」
俺とレイ先輩は頭を下げる。
直接的な原因はゴーストの仕業だとはいえ、そのきっかけを作ったのは俺たちが倉庫に立ち入ったからだ。怒られても仕方がない。
「実は、もともと夜にあの倉庫に立ち入ると、ものが勝手に動くっていう報告が上がっていてね……。ゴーストが住み着いているんじゃないか、ということで、近々ハンターギルドに討伐を依頼する予定だったんだ。だから、それまで中に入れないように、あのドアはしっかりと施錠しておいたはずなんだけどな……」
「でも、あたしたちが行った時は開いてました」
「たぶん、それもゴーストの仕業だろう。さすがに君たちも鍵のかかっている部屋には、わざわざ鍵を壊して侵入したりはしないだろう?」
「それはもちろん、そうですけど……」
俺が心配しているのは、ゴーストが散らかした商品を弁償しなければならないのではないか、ということだ。目の前の廊下に散らばっている商品の数は計り知れない。もしそれが高級品だったら……どれくらいの弁償額になってしまうのか。
「あの、おいくらですか?」
「何がだい?」
「ここにあるしょうひんのきんがくです」
「ああ……なるほどね」
サスケさんは俺の言いたいことを察してくれたようだった。
だが、次の言葉は予想外のものだった。
「弁償はしなくていいよ」
「……いいんですか?」
「うん。そもそもここの倉庫に保管されているのは、売れ残りだったり、瑕疵(かし)があったりするものばかりなんだ。大切なものは、ドルディアの市街地にある別の大きな倉庫に保管してあるから大丈夫だよ」
ただし、とサスケさんは話を続ける。
「もし弁償の意思があるのなら……そうだな、ゴーストの退治料と、これの片付けの手伝いで相殺ってことにしてくれないかな」
「……わかりました」
「ありがとうございます!」
俺たちは、ホッと胸を撫で下ろした。
そして、俺とレイ先輩は、ボランティアを買って出てくれたカヤ先輩とフローリー先輩と一緒に、サスケさんや職員の人と散らかった物品の片付けを始めるのだった。
※
片付けの後、サスケさんからは、もし望むのであれば別の建物に部屋を用意する、と言われた。しかし、俺たち四人は全員、その申し出をお断りした。
もうゴーストの心配をしなくていいのなら、こんな海を間近で見られる絶好のロケーションを手放すなんて考えられない! というのが俺たちの総意だったからだ。
というわけで、それからも俺たちは同じ部屋に宿泊し続けた。
とはいえ、毎日遊び呆けていたわけではない。時々夏休みの宿題をやったり、魔法の訓練を行ったりと、遊びだけではなく勉強や訓練もメリハリをつけて取り組んでいた。
特にカヤ先輩はこの夏になんとしてでも修了テストに受かって卒業しなければならない。そのため、基本的にはずっと部屋で勉強をしていた。
数日後、カヤ先輩が、久しぶりに勉強を休憩する日にする、と宣言した。それを受けて、俺たち四人は一緒に海辺に遊びに繰り出す。
「そういえばフォルちゃん」
「なんですか?」
しばらく遊ぶと、カヤ先輩が俺に聞いてくる。
「この前やってくれたアレ、もう一度やってもらってもいい?」
「アレ?」
「浮遊魔法だよ。あんな体験、めったにできないからさ」
「わたくしもいいですか?」
「あたしもあたしもー!」
部屋から出て、ゴーストにより散らかされた物品を越える際、俺は皆を浮遊させた。どうやら皆、その時の感覚をもう一度味わいたいようだ。
「もちろんいいですよ」
今日に限らず、言ってくれればいつでもやってあげられるけどね。
「じゃあ、てをつないでください」
俺たちは四人で手を繋いで輪っかを作る。そして、詠唱。
「『フロート』」
次の瞬間、ゆっくりと俺たちの体が一斉に上昇する。
「おお〜」
「やはり不思議な感じですね……」
「すごーい!」
三者三様の反応。俺たちはそのまま海の方に移動しつつ上昇していく。そして、高さ五メートル付近まで到達すると、一時停止する。
怪我のリスクを考慮すれば、このくらいの高さが限界だろう。
その代わりに、海の沖の方に進んでいく。既に海岸線からはかなり離れ、目下には白波が幾重にも立っている。海の色からして、水深はかなりありそうだ。もう足はつかないだろう。
「すごく綺麗だね~」
「鳥になった気分です」
「このままどこまでも行けちゃいそう!」
すると、遥か東の方で何かが瞬いた。そして、みるみる黒っぽい雲が現れ、大きくなっていく。
「なんだろう……」
俺が目を向けると、他の三人も気づいたようだった。
「にわか雨かな?」
「暑い夏にはよくあることでしょう」
「こっちに向かってくるよ! 荒れる前には戻ろう!」
レイ先輩の言う通り、広がりつつある黒雲はこちらに向かってきていた。
次の瞬間、黒雲の隙間から光がほとばしる。数秒後、バーン! と空気を引き裂く雷鳴が聞こえた。
そして、異変が起きる。
雷鳴とも波音とも風音とも違う、何かの叫び声。それが遠くから微かに響いてきた。得体の知れないその音に、俺たちの恐怖心が掻き立てられる。
「い、今のは何の音でしょうか……」
「聞いたことない音だね」
「あっ、あれ……!」
すると、レイ先輩が何かを見つけたかのように声を上げる。
すぐに、俺たちもそれを視認した。
ただし、あまりにも遠くにあるためか、小さくてよく見えない。
そういうことなら、レナの出番だ。レナ、よろしく!
『任せるのじゃ!』
俺はレナの力を借りて、雲のあたりを拡大して見る。光系統の中級魔法、『ズーム』だ。
自力でも発動はできるが、浮遊魔法との二重発動(ダブルキャスト)となれば話は別。精霊に任せた方が良く見えるだろうと思ったのだ。
「なんだろう、これ……?」
雲の合間からところどころ細長い筋のようなものが垂れ下がっている。それらはウネウネと動いていて、まるで雲という布を縫う糸のように見える。
生き物……だよな? 自然現象にはとても見えない。
目を細めて同じところを見るフローリー先輩が呟く。
「魔物……でしょうか?」
「あれは……まさか」
「カヤ先輩、心当たりがあるの?」
「もしかしたらだけど……」
カヤ先輩は一拍置くと、その名前を呟いた。
「『竜』、かもしれない」