翌週。俺の左手首には、ピカピカに輝く虹色の腕輪が嵌っていた。
「んふふ……」
思わずニヤニヤしてしまう。今は見えないが、この腕輪の内側には、俺の名前が彫られている。
つまり、正真正銘、俺は『虹の濫觴』のメンバーである! この学園にたった十三人しかいない、現役のメンバーにして最年少!
そりゃあ、自己肯定感が爆上がりになるのも無理はない話だ。
そんな腕輪が昨日やっと届いたので、早速身につけて学校に来ている、というわけだ。
実際、今朝廊下をすれ違った人のうち、何人かはギョッとして俺のことを見つめていた。
「おはよー、フォル」
「おはよう、ジュリー」
「フォル、それどうしたの?」
席に着いて授業の開始を待っていると、隣にジュリーがやってきた。そして、早速俺の腕輪について聞いてくる。
「じつはね……」
俺は先日あった出来事を話す。
「……というわけで、その『虹の濫觴』っていうクリークに、はいることになったんだ」
「へー、やっぱりフォルはすごいね!」
「いや〜それほどでも〜」
口ではそう言うものの、態度は隠そうとしても隠せない。
ここで、授業開始の鐘が鳴り、教室にオリアーナ先生が入ってきた。
「それでは、歴史の授業を始めます。前回の続きからなので、教科書の二十五ページを開いてください……」
授業が始まったので、俺たちは会話をやめてそっちに集中する。
それでも、俺の浮かれた心は、もうしばらく元の状態には戻らなさそうだった。
※
放課後になるやいなや、俺は早速、虹の濫觴の本部に向かった。
本部に到着し、中に入って通路を進む。そのまま真っ直ぐ進めば、この前の入会試験の会場である練習場に出るが、俺はその前の分かれ道に入って、階段を上る。
そして、上った先にあったドアを開けると、その先は練習場を見渡せるギャラリーになっていた。
この学校の体育館には少し劣るが、それでも十分な数の客席が用意されている。
そんな綺麗に並べられた長椅子のちょうど真ん中に、その人は座っていた。
「こっちだ」
ジェラルド先生は俺を見つけると、手を挙げて呼ぶ。
「ここに座れ」
俺は指示通り、先生の隣に座った。
今日ここに来たのは、ジェラルド先生に呼び出されたからだった。
「きょうは、なにをするんですか?」
「……お前の指導方針を固めたい」
両手を組んで、指をくるくると回しながら、先生は呟くようにそう告げた。
「虹の濫觴でやるべきことは、実は学校の授業でやってもらうことと、本質的には同じだ。
つまり、教員の指導や仲間との切磋琢磨を通じて、魔法の技能を伸ばす。それだけだ。
だが、二つの間で決定的に違うのは、そのやり方だ。
学校の授業では、授業をとっている奴全員に対して、同じような教育を行う。そして、学校側が定めた技能を身につけてもらう。言ってみれば、その集団の能力の下限を引き上げる、っつうわけだ。
一方、虹の濫觴は、どちらかといえば、それぞれの得意な魔法をそいつの唯一無二の武器までに昇華させる場所だ。つまり、個人の能力の上限を引き上げる、っつうわけだ。そのために、こうして人数を絞っているわけだ」
学校では基礎を養い、虹の濫觴では自分の得意を伸ばしていく、ということか。
「だから、まずは、個人の得意な魔法、適性のある系統、どの程度の習熟度はもちろん、どこまで技術が身についていて、何がまだできないのかを詳細に把握する必要があるってわけだ」
とはいえ、お前の場合は授業で割と把握できているんだがな、と先生は呟きながら、椅子の下からバインダーを取り出した。
「とりあえず確認だ。魔力量は七千、適性系統は火・水・風・地・光・聖、扱える魔法は上級魔法まで……ってことでいいんだな?」
「はい」
「しっかし、マジで恐ろしいな……。まだ六歳なのに、これほどの才能があるなんてよ……」
ぶつぶつと呟きながら、先生は質問を続ける。
「何かギルドとかには所属しているのか?」
「ハンターギルドにはいっています」
「ほう。魔物と戦った経験は?」
「さんさいのときにゴブリンと……あとごさいのときに、クォーツアントともたたかいました」
「なるほど……実戦経験があるのか……。だからローガンが追い詰められるわけだ」
「あと、まものじゃないんですけど」
「なんだ?」
「せいれいとけいやくしています」
「……は? 精霊?」
「はい」
「階級は?」
「じょうきゅうです」
「上級⁉︎ 何系統だ?」
「ぜんぶです」
「全部⁉︎ 全部って……六系統全部か?」
「はい……みますか?」
「あ、ああ……」
というわけで、精霊たちよ、出てきておくれー!
『お呼びですかー‼︎』
『久しぶりの出番ですね』
『ほらリン‼︎ 出てくるっスよ‼︎』
『え〜〜〜〜』
『今度こそ、妾の魔法を披露するチャンスか⁉︎』
『おおお、およびでしゅか⁉︎』
六つの光球が俺の体の中から飛び出し、先生と俺の間に浮かぶ。
その様子を、先生は口をポカーンと開けながら眺めていた。
「はは……ははは……まさか、六体も上級精霊を飼っているとは……こりゃ、たまげたぜ。教員になってから、一番驚いたなぁ、間違いなく」
そう言いながら、先生はバインダーの紙にスラスラと何か書いていった。
「もういいですか?」
「ああ、構わねぇ」
俺の号令で、精霊たちはすぐに戻っていく。
……最近、他の人に見せるだけで、精霊たちとは全然訓練できていないな。そろそろ、精霊たちと一緒に、全力で魔法を使う機会を作るべきだろう。
「……得意な魔法とかはあるか?」
「うーん……とくにないです。ぜんぶおなじくらいです」
「オールマイティー型か。その様子だと苦手な魔法もなさそうだな」
強いて言うなら、使用頻度が高いものはイメージが固まっているので、他のと比べると出しやすいだろう。例えば『バースト』とか。
「系統外魔法だと何が使える? 身体強化魔法とか魔力視とか」
「『身体強化魔法』はできます。けど、『まりょくし』はできないです」
「魔力視ができない? それは本当か?」
「え……はい。いまはじめてききました」
意外な反応に、俺は思わず戸惑う。
もしかして、俺が知らないだけで、基礎的な魔法だったりするのか? でも、『魔法の使い方』シリーズには、そんな名前の魔法なんて載っていなかったと思うんだけどな……。
「じゃぁ、どうやってローガンの姿を見たんだ? 『インビジブル』で姿を隠していたんだから、魔力視がないと見えないはずだ」
「えっと……」
俺は『インビジブル』を見破った魔法である『ソナー』を説明する。
そういえば、この魔法は俺が勝手に開発した魔法だったな……。先生が知らないのは当然だった。
「なるほど、そんな魔法よく思いついたなぁ……」
「いまも、かぜせいれいのエルがたすけてくれなければ、はつどうできません」
「そうか。カラクリは理解できた」
さて、今度は俺が質問する番だ。
「せんせい、『魔力視』ってどういうものなんですか?」
「そのまんまだ。魔力の存在や、魔力の流れを見るっていう魔法だな。いや、魔法というよりも、魔力を使った技術と言った方が正確だろう」
その言葉に、俺は思い当たる節があった。
「……もしかして、さいしょのじゅぎょうで、わたしがぜんりょくをだしていないのをみやぶったのって」
「ああ、それだな。オレだけじゃない。魔導師ならば誰でもできる、できなくちゃいけない基本技能だ。そして、虹の濫觴のメンバーも、当然できる。
実は、今回の入会試験では、その魔力視ができる生徒を発掘する、という狙いもあった」
なるほど、だからローガン先輩は『インビジブル』で姿を隠していたわけか。
結果的に、魔力視ができない俺が引っかかってしまったわけだけど。
「……まりょくしって、むずかしいんですか?」
「かなり難しいな。使いこなせるようになるまでには、年単位の時間が必要だ。まれに、生まれつきの才能でできる奴もいるんだがな」
……その生まれつきできる奴というのを、俺は一人知っている。ジュリーという子なんだけど。
やっぱり、彼女の才能はスゴいものだったんだな……。
「どうやるんですか?」
「身体強化魔法はできるんだよな?」
「はい」
「それの、目バージョンだ。目に魔力を集中させる、って言えばいいのか……。まぁ、そんな感じだ。難易度は段違いだがな」
すると、ジェラルド先生はバインダーをバタンと閉じると、立ち上がった。
「まずは、魔力視の技術を身につけるとこから始めっか。とりあえず、下に来い」
俺はジェラルド先生についていき、一階の練習場に入る。
すでにそこには二人の先輩がいた。
一人はローガン先輩。もう一人は知らない赤髪の女の先輩だ。
どちらも目を閉じて肩幅まで足を開いて真っ直ぐ立ち、集中しているようだ。
「あの……ふたりはなにを?」
「魔力を意識的に素のままで放出し続ける訓練だ。これで、身体強化魔法の継続時間を伸ばすとともに、魔力量を増やす。……とりあえずここに立て」
ジェラルド先生は、二人から少し離れたところに立つように指示した。
「今、二人から何か見えるか?」
「……いえ、なにも」
「そうか。オレには、二人の全身を包み込むように魔力が流れているのが見える。最終的には、お前もその様子が見えるようにならなければならない」
「は、はい」
「とりあえず、身体強化魔法を発動してみろ」
「わかりました」
俺は身体強化魔法を発動する。全身を魔力が包み込み、エネルギーが湧いてくるような感じがする。
「それを、できるだけ目に集中させろ」
「はい……」
とはいっても、言われてすぐにできるようになるなら苦労はしない。俺は頑張って目に魔力を集中させようとするが、目が見開いていくのみで、特に視界には何も変化がなかった。
「……なにもかわりません」
「まあ、そうだろうな。とりあえず、三十分間頑張ってみろ。毎日続ければ、そのうち少しずつ見えるようになってくるはずだ」
「わ、かりました……」
こうして、虹の濫觴での、魔法の特訓が始まったのだった。