「お疲れ様でした。次回もぜひ、挑戦しにきてください」
試験終了後、魔法陣のシールを剥がされ、麻痺状態から回復した受験者が次々と帰っていく。
ある人は肩を落とし、ある人は人目も憚らず泣き、ある人は悔しそうに叫び、ある人は他の人とお喋りをしながら、三々五々に出口へ進んでいく。
そんな受験者の様子を見ながら、俺は傍に立つローガン先輩に問う。
「なんで……わたしは、ごうかくなんですか?」
嬉しいことには嬉しい。が、正直に言って、全然納得できない。
「ん? 何か気になることでもあったかい?」
「もちろんです! だって、わたしはせいげんじかんないに、せんぱいにシールをはりつけられなかったし、それどころか、シールをつけられてまひさせられたし……」
多少、他の人とは違う動きができていたかもしれないが、それが合格に足りうるものだとは、俺にはどうしても思えなかった。
「……たぶん、君は勘違いしているんじゃないかな?」
「かんちがい?」
「うん。僕は、『最初に僕にシールを貼った人は入会試験に合格とする』とは言ったけど、それができなかったら不合格、とは言っていないはずだよ」
……確かに、思い返してみれば、貼れなかった人が不合格だ、とは一言も言っていなかった。
「で、でも、いまかえっているひとは……」
「ああ、その人たちは不合格だよ、残念ながらね」
つまり、合格基準がローガン先輩の言ったもの以外にも、存在しているっていうことなのか? それを満たしていたから、俺は合格だったっていうことか?
「じゃあ、なんでわたしはごうかくなんですか?」
最初の質問に戻ってしまった。他の人が不合格で、俺が合格になった、その判断基準を知りたい。
「……そろそろ行こうか」
周りを見ると、この空間には俺とローガン先輩以外、誰もいなくなっていた。
そして、先輩は振り返ると、砂時計の横にあるドアを開け、上に続く階段を指差した。
「これから君を本部に案内するよ。歩きながら、君の質問に答えよう」
俺たちはゆっくりと階段を上り始めた。
「……さて、どうして君が合格で、その他の人が不合格になったのか、だけど」
歩きながら先輩は話し始める。
「結論から言えば、『あの場では、唯一君だけに見込みがあった』から、だね」
「みこみがあった……?」
「そもそも、どうして僕たちが入会試験を行うか、わかるかい?」
「……にゅうかいしたいひとを、しぼりこむため?」
「もちろん、それもあるさ。だけど、一番の目的は、試験を通して有望な生徒を見つけ、勧誘することなのさ。というよりもむしろ、有望だと判断した生徒に、『合格』という証をあげているんだよ」
「じゃあ、もし、さいしょにせんぱいがいったじょうけんをみたしたひとがでたら……?」
「もちろん、その人に合格をあげて、勧誘していたよ」
とりあえず、俺を合格とした意図は理解できた。しかし、まだわからないことがある。
「それなら、どうしてわたしにはみこみがある、とおもったんですか?」
「いくつか理由はあるけど、一番大きいのは、あの場で唯一、僕のことが見えていたからかな。実際、見えていたんでしょ?」
「……はい」
「それに、周りの人とは全然動きが違ったよね。僕の追い詰め方も見事だったし、してやられたよ」
ハハ、とローガン先輩は笑った。
ここで、俺たちは階段を上り終えた。目の前の廊下の突き当たりには、大きなドアが待ち構えている。
このドアの向こうが、本部の部屋だろうか。
そして、先輩はドアを開いて中に入っていく。
「終わりましたー」
「おお、お疲れ、ローガン。入会試験はどうだった?」
「一名合格です」
続いて部屋に入ると、中には一人の男性が座っていて、パイプをふかしていた。
その男性に、俺は見覚えがあった。そして、相手も俺に見覚えがあったようだ。
「ジェラルドせんせい⁉︎」
「お前は……フォルゼリーナ⁉︎ ローガン、今年の合格者って……」
「彼女ですよ。受験者の中で唯一、僕のことが見えていたんです」
「なるほどなぁ……。ま、不思議ではないか……」
フー、と先生は白い煙を細く長く吐いた。
「先生は彼女を知っているんですか?」
「ああ。魔法科の一年で、筆記・実技ともに入試の首席だ。それに、『魔法実技』で授業を受け持っている」
「なるほど、そうだったんですね」
「しかし、まさかここに合格できるほどの実力があるとぁ、思わなかったな」
「……せんせいは、どうしてここに?」
「オレはこのクリークの顧問だ。ついでに言うなら、ここのOBでもある」
そういえばカヤ先輩が、学校の先生が顧問をしているクリークもあるって言っていたな。
「とりあえず、座って座って」
「あ、ありがとうございます」
俺は先輩に勧められるまま、部屋の真ん中にある長テーブルの片側の席に座る。
ローガン先輩は机を挟んでちょうど反対側の席に座った。ジェラルド先生は少し離れたところで、相変わらずパイプをふかしている。
「さて、改めて、合格おめでとう。フォルゼリーナさん」
「ありがとうございます」
「これで君は、『虹の濫觴』に入れるようになった。もちろん、今すぐに入会してもいいんだけど、その前に改めてこのクリークについて説明した方がいいかな?」
「おねがいします」
元々はローガン先輩にお礼をしに行っただけだった。それが、まさか入会試験に合格してしまうなんて思いもしなかった。
虹の濫觴について知っている情報は、カヤ先輩やレイ先輩に教えてもらったものだけだ。入る前に、会員であるローガン先輩から、改めて説明してもらった方がいいだろう。決断するのはその後でも遅くはない。
「『虹の濫觴』は、今からおよそ百年前に結成された歴史あるクリークさ。当初は、宮廷魔導師団への入団を目的とした生徒の集まりだったらしい。だから、こんな名前をしているわけさ」
なるほど、『虹』っていうのが、宮廷魔導師団の団員に割り振られる七つの色を表していて、『濫觴』は、団員を輩出するということを表しているのか。
「もちろん、OBやOGには宮廷魔導師団に入った人がたくさんいる。そこのジェラルド先生もその一人だね。
ただ、現在は単に、実践的な魔法を極めた魔導師になりたい、っていう人もかなり在籍しているよ」
それでも、宮廷魔導師団にゆくゆくは入りたいと思っている俺には、このクリークはぴったりのように思える。
「現在の在籍者は十二人。十年生が三人、九年生が一人、八年生が三人、七年生が二人、六年生が一人、五年生が一人、四年生が一人だね。まあ、僕が最年少というわけだ。もし君が入れば、最年少になるけどね」
「……歴史的にも、おそらく最年少だがな」
「そりゃすごい。大記録だよ」
ジェラルド先生の言葉に、ローガン先輩は手を叩いた。
「入会方法は……まあ、さっきやったように、年に一度入会試験をやって、有望そうな人を合格にしている。ウチは基本的に少数精鋭なんだ。あんまり人数を増やし過ぎても、先生が指導するのが大変になってしまうからね」
ローガン先輩がチラッと目をやると、ジェラルド先生は目を閉じて、パイプから煙を出しているのみだった。
「普段の活動は、基本的にこの建物で、放課後にやっているよ。下の練習場──さっき試験を受けたところで練習することが多いかな。
練習する曜日とかは特に決まっていないから、自由に鍛錬する感じだね。でも、皆熱心だから、最低でも週に一度は顔を出しているよ」
「な、なるほど……」
「ここまでで、質問はあるかな?」
「あ、あの」
俺はずっと気になっていたことを質問する。
「にじいろのうでわって……」
「ああ、これか。これは会員証みたいなもので、入会すると一人一つもらえるんだ。内側に自分の名前が刻まれている特別製なんだよ!」
「おお……」
かっこいいし、スペシャルな感じが滲み出ている……。これをつけていたら承認欲求が一瞬で満たされそうだ。
「……それをいつもつけているのは、お前くらいなものだぞ、ローガン」
「え、みんなつけていないんですか?」
「あぁ。コイツが特別、見せびらかしたすぎなんだよ」
「やだなー先生、人聞きの悪い。いいじゃないですか、つけていたって別に何か減るもんじゃないですし」
まあ、とにかく、とローガン先輩は俺に向き直る。
「『虹の濫觴』についての説明はこんなものかな。他に質問は大丈夫?」
「はい」
「そっか。じゃあ改めて聞くよ。
フォルゼリーナさん、君は『虹の濫觴』に入りたい?」
もう、俺の心は決まっていた。迷わずに頭を下げる。
「はい。よろしくおねがいします」
「こちらこそ、歓迎するよ。ようこそ、『虹の濫觴』へ!」
こうして俺は、『虹の濫觴』に所属することになったのだった。