翌日、俺は荷物を持って、ルーナと王立学園の正門前にいた。
ついに入寮である。
ルーナの後ろには馬車が待機している。この後俺と別れたら、ルーナは馬車に乗って転移施設に直行し、ラドゥルフに帰る予定となっていた。
「一人で寮まで行ける?」
「うん、だいじょうぶ」
「そう。……じゃあ、最後に一つ、先輩としてアドバイスよ」
「なに?」
「学校生活をめいいっぱい、楽しむのよ」
「わかった」
ルーナは微笑むと、俺をぎゅっとハグした。
「じゃあ、元気でね」
「うん。バイバイ」
そして、ルーナは馬車に乗って、去っていった。
小さくなっていく馬車の後ろ姿を見送ると、俺は浮遊魔法で荷物を浮かして、王立学園の門へ向かう。
「君、学生証は?」
門を通ろうとすると、詰所にいた警備員に呼び止められる。
「あ、えっと……。がくせいしょうはまだもらってなくて……、そのりょうにはいりにきたんですけど」
「ああ、新入生か。それなら合格通知書を見せてもらえるかな。それか、寮の部屋番号が書かれた紙でもいい」
「……どうぞ」
俺はたまたま手に持っていた、寮の部屋番号が書かれた紙を警備員に示す。
「はい、確認しました。女子寮の場所は知っているかな?」
「ええと……わかりません」
「女子寮はね、そこを右に曲がって、校庭に沿ってずっと行ったところにあるんだ。進むと建物が二列に並んでいると思うから、左側の列の一番手前の建物に行ってみて。そこに受付があるから、そこにいる人に声をかけてね」
「……わかりました」
「私が一緒に行かなくても大丈夫かな?」
「はい、ありがとうございました」
俺は警備員さんの案内に従って、校庭を迂回して歩いていく。
しばらく進むと、同じような形の四角い建物が複数建っているのが見えた。
俺は言われた通り、一番手前側の建物に真っ直ぐ向かっていく。そして、一階の入り口から入ると確かに左側に受付があった。
「すみません」
受付の向こう側には、五十代くらいの女性が座っていた。
「はいはい、どうしたんだい?」
「えっと……きょうからにゅうりょうしにきたんですけど」
「おや、新入生かい! 初日に来るとは早いねぇ。あんた、部屋番号は?」
「五〇九です」
「五〇九ねぇ。はい、これ鍵。無くさないこと!」
すると、カウンターに『五〇九』という札がついた鍵が置かれる。
「五〇九号室は、二号棟だねぇ。この先を右に進むと、一○九号室の向かいに階段があるから、そこを五階まで登ると着くさ」
「わかりました」
「あんた一人で行けるかい? よければ手伝いを呼ぶけれども」
「いえ、だいじょうぶです。ありがとうございました」
俺は鍵を受け取ると、言われた通りに廊下を進んでいく。どうやら女子寮の建物の一階部分が渡り廊下で繋がっているようだ。
俺は二号棟に到着すると、階段を上る。
俺は浮遊魔法を使えるし、身体強化魔法も使えるから重い荷物でもへっちゃらだが、そうじゃない人が五階まで荷物を運ぶのは大変じゃないか? エレベーターなんて無さそうだし、どうやって運ぶんだろう……。
さっき受付の人が言っていたように、『手伝い』を呼んでもらえば運んでくれるのだろうか。
そんなことを考えていると、俺は五階に到着した。
目の前に、『五〇九』というプレートが取り付けられたドアがある。
「ここか……」
ついに到着だ。ここが、これからの俺の十年間の学園生活の拠点となる。
ワクワクドキドキしながら、俺は鍵を取り出し、鍵穴に差し込んで、ゆっくりと回す。
だが、その感触は予想外のものだった。
「……あいてる?」
予想以上に軽い。普通、開錠するときはそれなりの手応えがあるものだが、それが全くない。それに、鍵穴からガチャという開錠音も聞こえなかった。
もしかして、誰かすでに入っている……ってこと?
俺は警戒しながら恐る恐るドアを開ける。
ギイイと音が鳴り、背後から太陽の光が、廊下の奥へ差し込んでいく。
そして、その光に照らされて、俺の目に飛び込んできたのは。
「ひぃっ⁉︎」
こちらに頭を向け、うつ伏せになって動かない、すっぽんぽんの銀髪の少女だった。
※
「ただいま」
「おお、おかえり」
フォルと別れて数時間後、ホテルをチェックアウトし、転移魔法陣でラドゥルフに戻ってきたルーナが帰宅すると、リビングにはバルトがいた。
「フォルは無事に送れたか?」
「ええ。今頃は寮に入っているところだと思うわ」
「そうか……」
バルトは読んでいた新聞を畳むと、少し寂しそうな表情をした。
「シャルに続き、フォルまでいなくなるなんて……寂しくなるな」
「ちょっと、死んだかのように言わないでよ、お父さん」
「すまんすまん。でも、二人も家を出てしまうと、やはり寂しいな。家は静かだし、広く感じる」
「そうね……」
さっき送り届けてきたルーナも、バルトの言葉で寂しさを感じ始めていた。
「フォルは、向こうでうまくやっていけるだろうか……」
「大丈夫よ、あの子にはきちんと力の使い方を教えてきたから」
「いや、そういうことではなくてだな……。まあ、それも心配ではあるが」
「どういうことかしら?」
「今までは俺たちみたいな力のある大人が側で守ってきたじゃないか。例えば、外出する時には常に家族の誰かがつくようにしてきただろう。
だが、これからはそうはいかない。『あの子の出自を知る悪意のある大人』が、あの子を利用しようとしてくるかもしれない」
「でもアルベルトさんには頼んであるのでしょう?」
「まあ、そうだが……」
「フォル自身も、アルベルトさんの次女のジュリアナちゃんと仲良くしているみたいだし」
「…………」
「それに、王都にはお義父(とう)様がいらっしゃるのよ。もし誰かがフォルを政争の道具にしようとしても、お義父様はそれを絶対に許さないはずだわ」
「……まあ、そうだな」
「さて、私は州庁舎に行ってくるわね」
「あ、ああ。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
フォルが王都で新生活を始めた一方、ラドゥルフでもまた、フォルのいない新たな生活が始まろうとしていた。