あてがわれた寮の部屋のドアを開けると、廊下に銀髪の少女がすっぽんぽんでうつ伏せに倒れていた!
ドサッ、と浮遊魔法で浮かせていた荷物が、重い音を立てて床に落ちる。
いくらなんでも超展開すぎる。
ドアの向こうがこんな状態だと、いったい誰が予想できるだろうか?
とりあえず、俺はその少女をその場から観察する。
流れるような長い銀髪に、すらっとした肢体。少し横を向いている顔は整っていて、美少女と呼ぶに十分値するだろう。身長から見て、大体十三歳ほどだろうか。
肩がかすかに動いているのを見る限り、どうやら死んでいるわけではなく、ただ寝ているだけのようだ。よかった、殺人現場ではなくて。
それにしても、寝息とともに、年齢にそぐわない大きさの胸が揺れている。エロすぎる。
衝撃を受けていると、廊下の向こうから誰かの声とともにバタバタと足音。
「レイ、帰ってきたのー?」
そう廊下の向こうからこっちに向かってきたのは、黒髪黒目の少女。年齢は目の前で寝ている銀髪美少女より年上に見える。シャルよりちょっと若いくらいだ。こちらは、もちろんだが、服を着ている。
よ、よかった……まともな人がいて!
彼女は唖然としている俺の姿を見つけると首をかしげる。
「あれ、どちら様?」
「え、えっと」
突然の問いかけにテンパっていると、彼女は一人納得したように手をパチンと合わせた。
「ああ! もしかして新入生の子?」
「あ、はい。ことしにゅうがくした、フォルゼリーナ・エル・フローズウェイともうします」
「フォルゼリーナちゃんね。それにしても凄い顔しているけど、大丈夫?」
それは、こんなところにこんな人が寝っ転がっているからなんですけど……。
思わず銀髪の美少女を再び一瞥すると、黒髪の少女は、苦笑いを浮かべた。
「ああ、こんなところにフローリーがいたら邪魔だよね。ごめん、今すぐどかすから」
「あ、はい……」
そう言って、彼女はよいしょと、重さを感じさせない軽い動きで、フローリーと呼んだ銀髪少女を持ち上げた。
余りにも動作が滑らかなので、ちょっとびっくりした。もしかして、意外と力持ちなのか?
彼女はそのままずんずん廊下を進んでいくので、俺も荷物に浮遊魔法をかけて浮上させ、その後についていく。かつがれて結構揺らされるものの、少女は起きる気配がない。熟睡しているようだ。
廊下を抜けると、広いリビングルームに出た。彼女はその端っこに設置されているソファーに少女を寝かすと、毛布を体に掛けた。
そして、ついてきた俺に向き合うと、無造作に置いてあったクッションに座るよう、勧めた。
俺が座ると、彼女はスカートのまま胡坐をかく。
「それで、フォルゼリーナちゃん、だっけ?」
「フォルでいいです。よびにくいとおもうので」
「じゃあ、フォルちゃん。まずは王立学園入学おめでとう。そして、ようこそ女子寮五〇九号室へ!」
「は、はあ……」
その口ぶりから察するに、寮の部屋は個室ではないみたいだ。
「まずは自己紹介するね。
私はカヤ・ウェーゼン。王国の東、ドルディア州出身だよ。今年度から商業科の十年生。この部屋では最年長。これからよろしくね!」
「よ、よろしくおねがいします」
「こちらこそ。それでさっき廊下にすっぽんぽんで寝ていたのが、フローレンス・ネスト・ヴル・ネイハルベルク。私らはフローリーって呼んでる。今年度から研究科の七年生だね。
フローリーは北方のアーサリノフ帝国の公爵家の出身で正真正銘のお嬢様! 帝国からの留学生だよ」
「な、なるほど」
「で、あともう一人レイっていう子がいるんだけど、今は外出中だから、帰ってきたら紹介するね」
「はい。あのう……」
「どうしたの?」
俺はさっきから気になっていたことを口にする。
「ここはよにんべやなんですか?」
「そうだよ。もしかして個室だと思ってた?」
「は、はい」
「そうだよね、そう思っちゃうよね〜。私も最初入ってきた時そう思ったもん」
うんうんわかるよ〜、と腕組みをしながらカヤ先輩は頷く。
「じゃあせっかく話題に上がったことだし、この寮について説明しようか。
えっとね、この学校が男女別の全寮制であることは知っているよね?」
「はい」
「寮の一部屋は最大四人でルームシェアすることになっているんだ。で、この四人というのは、基本的に学年が三つずつ違う生徒が割り当てられることになっているんだ。
つまり、この部屋の場合は、一年生のフォルちゃん、四年生のレイ、七年生のフローリー、そして十年生の私、っていうことだね」
「おなじがくねんのひとじゃないんですね」
「そうだね。多分、上級生が下級生の面倒を見るシステムになっているんじゃないかな」
シスター、ブラザー制度のようなものだろうか。
確かに一年生同士で集団生活するってなると、ちょっと大変かもなぁ……。
「他に質問とかはあるかな?」
「じぶんのへやはあるんですか?」
「もちろんあるよ! この部屋は大きく分けて、それぞれの個室四つと、共有スペースからなっているんだ」
なるほど、プライバシーは一応あるようだ。
「食事をするときは、この近くにある食堂に、お風呂に入るときは、同じく近くにある大浴場に行くことになるよ」
「なるほど」
「他は大丈夫?」
「とりあえず」
「じゃあ、フォルちゃんの荷物を部屋まで運ぼうか」
「ありがとうございます、せんぱい!」
すると、カヤ先輩は一転して少し不満そうな顔をする。
「私のことはカヤさんかカヤちゃんかカヤって呼んでよ〜」
「……じゃあカヤせんぱい」
「う~ん、まあそれでもいいか……って重っ!」
カヤ先輩が俺の荷物を持ち上げようとして、思わずといった感じで声を漏らした。
そんなに重かったかな……? 本と洋服くらいしか入っていないけど。
「これ、一人で運んできたの?」
「あ、はい」
「凄いね……」
いや、少女一人を楽々とかつぐ先輩の方がもっとすごいと思うが。俺の荷物も、口では重いと言いながら結局運んでいるし。
リビングから廊下を逆走すると、カヤ先輩は左側の壁についている二番目のドアを開く。
中は、ベッドと机、照明、本棚、クローゼットが備え付けられている簡素な部屋だった。カヤ先輩はどっこいしょーと俺の荷物を部屋の真ん中に置く。
「この部屋が、今日からフォルちゃんのものだよ。変なことをしなければ、好きに使ってくれて構わないよ」
「ありがとうございます!」
まだ何色にも染まっていないこの部屋を、これから約十年かけて、俺色へ染めていくことになる。そう考えるとかなりワクワクするな。
「六時くらいになったら、皆でご飯を食べにいくから呼びにいくね」
「わかりました」
「それじゃあ、ヨロシク〜」
そう言って、カヤ先輩は俺の部屋のドアを閉めた。
さて、それまでに、荷物をこの部屋に移し替える作業でもしておくか!
しかし、その前に俺はベッドに倒れ込む。
「ああ……ふかふか」
思ったよりもベッドの寝心地は良かった。
そのままの格好でいると、だんだんと瞼が重くなってくる。
荷物の移し替えは起きてからでもいいかな……。
そんなことを考えてから、俺の意識は数分もしないうちに落ちていくのだった。
※
「んあ……」
ゴロンと寝返りをうつと、浮上してきた意識が少しはっきりとする。
ああ、そうか。俺、寝てたのか……。
このベッド、ラドゥルフの俺の部屋とは感触が全然違うなぁ……。そういえばここ俺ん家じゃないんだっけ……。じゃあここ何処だっけ……?
そうだ、ここは王立学園の女子寮の二号棟、五〇九号室の俺の部屋だ。俺は今日、この部屋に引っ越してきたんだった……。
ゴロンと再び寝返りをうつと、机の上に置いてある時計の文字盤がちょうど目に入った。それが示す時刻は、ぴったり六時。
六時か……。六時ね……。
次の瞬間、今日の出来事を連鎖的に思い出していた俺の脳みそが、現在時刻とリンクした。がばっと身を起こす。
「そうだ! ゆうしょく!」
六時に夕食に行くよ、って言われていたんだった!
俺は焦って部屋を飛び出し、リビングに直行する。
リビングに通じるドアを開くと、その向こうにはカヤ先輩ともう一人、銀髪の人。今度はちゃんと服を着て起きている。
「お、ちょうどいいところに来た! 今から夕食に行こうと思っていたんだー」
「カヤ先輩、この子が?」
「そう、フォルちゃん!」
彼女は、その赤い双眸を俺の方に向ける。
……廊下で素っ裸で寝ていた時は驚いたが、改めて見ると、めっちゃ美人だ。さすが公爵令嬢。いや、関係ないか。
「わたくしはフローレンス・ネスト・ヴル・ネイハルベルク。フローリーとでもお呼びください。アーサリノフ帝国からの留学生です。これから宜しくお願い致します」
フローリー先輩は優雅に礼をした。
なんかすごく貴族感あるよこの人。というか実際貴族なんだった。
俺も貴族だけど、あそこまで優雅な感じは出せない。
そんなフローリー先輩が纏った高貴そうな雰囲気を、カヤ先輩はニヤニヤしながらぶち壊しにかかった。
「そういえば、フローリー? なんで昼間は素っ裸で廊下で寝ていたのかなー?」
「あれは……その……お昼寝の途中で喉が渇いて、お水を飲んだのですけれども、ベッドまで辿り着けなくて……」
え、ということはこの人、素っ裸でお昼寝してたってこと?
「もー、部屋の外に出るときは服着てって言ってるじゃん! 無防備すぎて危うくその豊満な胸を揉みしだくところだったぞー!」
カヤ先輩がそう言うと、フローリー先輩はばっ、と胸を腕で隠す。
「……揉んでいませんよね?」
「さあ?」
「……」
「……」
疑わしそうにフローリー先輩はカヤ先輩を見るが、目線相撲に負けて、ため息を漏らした。
この人たちいつもこんな感じなのかな……?
というか、おそらく平民であろうカヤ先輩はフローリー先輩にそんなタメ口聞いていいのかよ……。仮にも帝国の公爵家のお嬢様なのに……。
いや、別に俺はカヤ先輩にタメ口きかれても気にしないけどさ……。
と、次の瞬間。
「ただいまー!」
玄関のドアがバンと開いて、廊下をドタドタと走る音。真っ直ぐこっちに向かってくる。
俺が振り向くと同時に、その音の主はリビングに駆け込んできた。
「おかえりー、レイ」
「おかえりなさい」
「先輩たちただいまー!」
明るめの茶髪、というかほぼオレンジ色の髪にクリクリした目。背は俺よりちょっと高いくらいか。活発系の少女と言った感じだ。
すると、リビング入った途端、彼女は動きを止めた、そして、俺を凝視する。
「誰?」
「はうっ」
怖ええええ……。急に真顔で聞かないで……テンションの落差が激しすぎるよぅ。
「ああ、フォルちゃんだよ。今年入学してきた子で、今日からルームメイト」
「…………」
レイ先輩は相変わらず俺を無言で見つめる。
な、なんだ……。マジでなんなんだ……。
と、突然。その目がキラキラと輝き出した。
「なにこの後輩~! 可愛い~‼」
「うわー!」
レイ先輩は目をキラキラ輝かせて、俺に抱きついてきた。
そして覆い被さってきた先輩は、俺に頬擦り。俺は人形じゃないぞ! というか態度が早変わりしすぎ……。
「レイ、止めなさい」
「そうだよ、フォルちゃん嫌がってるじゃん」
「はっ、ごめんごめん!」
そういってレイ先輩は俺の上から退いた。
「そういえばまだ自己紹介してなかった! あたしは四年生のレイ、レイ・ヘーゼル! 体育科だよ! よろしくね、フォル!」
「フォルゼリーナ・エル・フローズウェイです……よ、よろしくおねがいします」
「ちなみに、フォルは何科なの?」
「まほうかです」
「おお! 魔法科!」
「それは本当ですか、フォルゼリーナ⁉︎」
「え、あ、はい……」
そういえば先輩方にはまだ言っていなかったな……。
「そりゃすごいなー。魔法科って一番難しいところじゃん……」
「将来有望だね! フォルは!」
「あはは……」
すると、次の瞬間、大きくお腹が鳴る音がした。
その音源の主であるレイ先輩は、顔を赤らめる。
「えへへ……ずっとジョギングしていたから、おなか減っちゃった」
カヤ先輩が、パンと手を鳴らす。
「よし! じゃあ皆で食堂に行こう!」
「ええ、そうしましょう」
「さんせー!」
俺はルームメイトの三人と、早速食堂に行くことになったのだった。