「ついたー!」
「こら、フォル、走らないの!」
王暦七百六十年、熱の月二十九日。合格発表から十日ほどが経過した本日、俺とルーナは再び王都に転移してきた。
目的は翌々日の、晴の月一日に行われる王立学園の入学式への参加、そしてそさらにその翌日の学園寮への入寮である。
入学式の翌日に寮に入るため、これからしばらく、俺はラドゥルフに帰ることはない。しかし、それによる寂寥感よりも今は、学園に入学できる! という嬉しさの方が俺の心の大半を占めていた。
建物から出ると、ルーナが馬車を呼び止める。
「フローズウェイホテルまで」
「はいよ!」
今回は、ドン・ガレリアス家ではなく、パーティーに参加した時に宿泊した、王都にあるフローズウェイ家の持ち家に宿泊することになっている。
だが、その屋敷は、この三年間で大きく変貌していた。
馬車から降りた俺たちは、目の前の建物を見上げる。
「……ママ、ばしょまちがえてない?」
「いいえ、ここで合っているわよ」
しかし、目の前にあるのは、三年前に見たそれとは全然違う屋敷の姿だった。
あれだけオンボロだった見てくれは大きく変わっていた。壁は真っ白に塗装され直されていて、屋根は記憶とは異なる色に塗られている。それに、以前は無かった装飾品がふんだんに追加されていて、前庭は綺麗な庭園になっていた。
そして、入口の上部には、『フローズウェイホテル』の文字。
「話には聞いていたけれど、本当にホテルになっているとはね……」
約三年前、俺たちが王城でのパーティーに出席するために宿泊して以来、この屋敷を使う予定は再びなくなった。
しかし、そのまま放置してしまうと、またボロボロになって二の舞になりかねない。かといって、そのためだけに使用人を住まわせて維持しておくのも、お金が出ていく一方でもったいない。
そこで、バルトはこの屋敷を改装して、ホテルとして活用することにしたのだ。
現在のホテルの経営状況は、そこそこらしい。少なくとも赤字にはなっていないようだ。宿泊客は、王都に屋敷を持っていない地方貴族の他、地方と王都を行き来する大商人などがほとんどらしい。
俺たちが中に入ると、綺麗なホールがお出迎え。三年前の雰囲気を微かに残しつつ、すっかりホテルのロビーと化していた。
ルーナはホールの壁際にあるカウンターへ向かう。すると、彼女が声をかけるよりも早く、受付の人が反応した。
「ルーナ・エル・フローズウェイ様とフォルゼリーナ・エル・フローズウェイ様ですね。お待ちしておりました」
俺たちはホテルマンに荷物を持ってもらうと、屋敷の中を案内される。
階段を上っていき、四階へ。前回ここにきた時は三階以上へは立ち入ったことがなかったが、どうやら四階が最上階のようだ。
「こちら、弊ホテルの最高ランクのお部屋をご用意いたしました」
俺たちは四階の一室を案内される。
部屋は広く、ラドゥルフの家のリビングくらいあった。中はとても清潔で、大きなベッドが二つ設置されている。
一方の壁には、その向こう側に続くドアのない出入り口が空いている。向こう側にも部屋が続いていて、他にも設備があるのだろう。
この部屋一つだけで、ラドゥルフの家よりも豪華に感じられて、俺はなんだか負けた気がした。
「こちらに弊ホテルの設備についての説明書がございますので、ご一読をお願い申し上げます。また、何かありましたらすぐにお呼びください」
そう言って、ホテルマンは一礼すると扉を閉めた。
「ここ、いくらするんだろう……」
「普通に泊まったら数万はするでしょうね。けれど、私たちはタダで泊まれるわ」
「そうなの?」
「フローズウェイ家がこの屋敷のオーナーだからよ」
オーナー特権万歳! フローズウェイ家に生まれてきて良かった!
俺はベッドにダイビング。
いつぞやに感じたカビ臭さは一切なく、ふかふかのベッドは俺の体を包み込む。
これなら、入学式までリラックスして過ごせそうだ。
※
翌々日。晴天の下、俺とルーナは馬車で王立学園の正門まで移動した。
正門の周辺には多くの生徒、そして保護者の姿があった。
続々と中に入っていく人の流れに乗って、俺たちも敷地の中に足を踏み入れる。
「懐かしいわね……ここに来るのは、九年ぶりかしら」
OGのルーナも懐かしく感じるようだ。
「フォルは何期生かしら?」
「えーっと……さんびゃくよんじゅうはち」
「もうそんな代替わりしたのね」
「ママは?」
「ママは三百二十九期生よ」
つまり、俺にとって、ルーナは十九代上の先輩になるわけだ。確かに俺とルーナの年齢差とも一致している。
「お友達はいるかしら?」
「うーん、いないみたい……」
俺は辺りを見渡すが、ジュリーの姿はない。別れる時、一緒に入学式で集合しようとは特に約束しなかったし、きっとあっちも親と一緒に行動しているのだろう。
まあ、入学式が始まったら学科ごとに集合するから、すぐ会えると思うけどね。
受付を済ませると、入学生である俺はルーナとは別の方向へ誘導される。
「じゃあね、ママ」
「ええ、また後でね」
俺は誘導に従って、今年度の魔法科の入学者の集団に合流する。
しばらく待っていると、背後から声がかかった。
「フォル!」
「ジュリー!」
こちらにジュリーが駆け寄ってきた。一人も知り合いがいない中、知っている人が現れた時の安心感はとてもデカい。
「魔法科に入学する皆さん! 今から移動しますよ!」
しばらくジュリーと話して待っていると、前の方で一人の女性が声を張り上げる。魔法科の先生だろうか。俺たちはぞろぞろと彼女についていき、一次試験を受けた講堂に入る。
一次試験の時にはあれだけいた子供の姿は、前方に数十人いるのみだった。一方、講堂の後方の席にはたくさんの大人が座って、こちらへ拍手をしていた。
この光景を見て、俺たちがすごい倍率を勝ち抜いてきたという実感が湧いてくる。
俺は誘導に従って着席する。どうやら学科ごとにまとまって座っているようで、前方では四つのグループが形成されていた。
しばらく待っていると、講堂の前方の壇上の下手側に、一人の女性が現れた。彼女は拡声の魔道具を手にしている。
次の瞬間、講堂内に鐘の音が響き渡る。それにより、ざわざわとしていた空間が急に静まっていく。
その代わりと言わんばかりに、鐘の音が鳴り終えると同時に、女性が話し始めた。
「定刻になりましたので、只今より、第三百四十八回王立学園入学式を挙行いたします」
静かな空間に女性の声が響く。
「初めに、本学の学園長、オルドー・リヒト・メサウス魔導師より、皆様にご挨拶です」
すると、舞台袖からオルドーが現れた。ローブを着ているのは同じだが、今日はそれに豪華な装飾がなされている。
オルドーは拡声の魔道具の前で一度咳払いをすると、喋り始めた。
「この度、王立学園での学びを志し、入学試験に合格して入学した諸君、まずはおめでとう……」
周囲を見渡すと、騒ぐ子供は一人もおらず、皆オルドーの方を真剣に見つめている。皆、俺よりも賢そうに見えて、これからこの中で学ぶのだから気を引き締めなければ、という気持ちになる。
オルドーの話に続き、国王陛下など、いろんな人からいろんな話があった後、入学式は無事に終了した。
その後、俺たちには一枚一枚紙が配布された。なんだろうと受け取って見てみると、自分が入る寮の部屋番号の通知書だった。
王立学園は全寮制だ。原則、全ての生徒が王立学園の敷地内にある寮に入る。もちろん、寮は男女別だ。
「フォルはなんごうしつだった?」
「わたしは五○九。ジュリーは?」
「三一二だった……」
さすがに一緒の部屋にはならなかったか。でも、二階下の三つ隣の部屋だから、近いと言えば近いのかな?
「りょうにはいったら、フォルのところにあそびにいくね」
「うん、やくそくだよ!」
俺たちは薬指を合わせる。
その後すぐに解散となり、俺たちはそれぞれの保護者のもとへ帰ったのだった。