約十日後の合格発表まで、俺は毎日、ジュリーと過ごした。
伯爵邸の中で遊ぶ日もあれば、アルベルトさんやルッツさんに付き添ってもらって、王都の観光名所をいろいろと巡った日もあった。
ジュリーは、俺が訪ねたことがない場所を案内してくれた。お礼に、ハミルトン商店の『スライムシャーベット』を教えてあげたら、とても喜んでくれた。
そんな楽しい日々はあっという間に過ぎ、ついに合格発表の日になった。
俺たちは朝食を食べ終えると、アルベルトさんとジュリーと馬車に乗って、王立学園へ向かう。
「ドキドキする……」
「大丈夫だ、ジュリー。きっと受かっているさ」
向かいの席で、縮こまるジュリーを、アルベルトさんは抱き寄せて勇気づけている。
一方、俺も緊張していた。ちゃんと本気で臨んだし、大丈夫だとは思うけれども……。
倍率が数十倍ともなると、もしかしたら落ちてしまっているのではないか、という不安が拭いきれなかった。
それに、もし俺が不合格になったら、ラドゥルフの貴族学校に通うことになる。
つまりそれは、せっかく友達になったジュリーと、離れなくてはならなくなることを意味する。
この世界でやっとできた、初めての友達。そんな大切な存在を、手放したくはない。そのためにも、俺は絶対に合格したい!
そして、いよいよその時がやってきた。
王立学園の正門の近くで、俺たちは馬車を降り、中に入っていく。
周りにはたくさんの親子連れ。きっと皆、俺たちと同じ心境だろう。
しばらく中を進むと、人だかりに合流した。どうやらこの先に巨大な掲示板があるらしく、そこに合格者の受験番号が掲示されるようだ。
「みえない……」
だが、俺の身長では大人の背に阻まれて、番号どころか、掲示板すら見えなさそうだ。
「二人とも、自分の受験番号は覚えているかい?」
「わたしは一〇〇九八」
「一〇〇〇一です」
「わかった。僕が代わりに見よう」
アルベルトさんはそう言ってくれたが、でも、やっぱり自分でも見たい!
「それでは、時間になりましたので第三百四十八期王立学園入学試験の合格者を発表します。前の掲示板に掲示されている受験番号の人が合格者です」
前の方から拡声の魔道具を通した声が聞こえる。
そして、バッと布のようなものが取り払われる音がした直後、人々が大きくどよめいた。
「『フロート』」
我慢できなくなった俺は、自分に浮遊魔法をかけて、大人の目線くらいまで浮遊した。
すると、十メートルほど先に巨大な掲示板があるのが見えた。そこには学科ごとに、細かく番号が並んでいる。
さて、俺の番号は……! 運命の瞬間。心臓の大きな音を聞きながら、俺は必死に自分の番号を探す。
そして、見つけた。
「「あった!」」
俺とアルベルトさんが意図せず同じ言葉を口走る。
「よし、ジュリー、合格だ!」
「ほんとう? かたぐるましてー」
「ああ、よいしょ!」
アルベルトさんがジュリーを肩車し、俺の目線より少し高いところまで上がる。
「えっと、フォルちゃんのは……」
「わたしのも、ありましたよ」
「お、おお……それは良かった」
俺が声をかけると、アルベルトさんが驚いたような表情を浮かべる。どうやらジュリーの受験番号を探すのに夢中で、俺が真横に浮かんでいることに気づいていなかったようだ。
「あったー!」
「ごうかくおめでとう、ジュリー」
「フォルのもあった!」
「うん、わたしたち、ごうかくだよ!」
いえーい! とハイタッチ。
俺たちは無事に、二人とも王立学園の魔法科に合格したのだった。
※
それから数時間後。俺たち三人の姿は、王都の転移施設の待合室にあった。
「おせわになりました」
「こちらこそ、ジュリーが世話になったね」
俺が頭を下げると、アルベルトさんがにこやかに答える。
「フォル、もういっちゃうの?」
「うん。でもすぐにかえってくるよ。がくえんにかようためのじゅんびをするだけだから」
合格だろうが不合格だろうが、もともと俺は今日、一旦ラドゥルフに帰ることになっていた。
ただし、この度めでたく合格したので、今後の予定は、帰ったら学園に入学するための準備をして、ルーナとともにまた王都に戻って入学式に出席、それから、学園の寮に入る、という感じになっていた。
寂しそうにするジュリーに、俺は声をかける。
「にゅうがくしきのひに、またあえるよ。それからはいっしょだよ」
「うん……まってるね」
「フォルちゃん、これからも娘を頼むよ」
「こちらこそ、よろしくおねがいします」
ジュリーとの付き合いは、長くなりそうだ。
さて、そろそろ行かなければ。王都に来る前に、あらかじめラドゥルフへ戻る時間を決めておいたので、遅れると向こうで待っているルーナを心配させることになってしまう。
「そうだ、フォルちゃん。これをバルトさんに渡してくれないか?」
すると、アルベルトさんが懐から一通の手紙を取り出した。バルトへの返信の手紙だろう。
「バルトさんに、よろしくと言っておいてくれ」
「わかりました」
俺はそれを受け取ると、ポケットの中にしまった。
「それでは、もういきます。アルベルトさん、ジュリー、さようなら」
「気をつけるんだよ」
「ばいばい!」
俺は荷物を浮遊魔法で浮かせると、手を振る二人を背に、転移魔法陣の方へ向かった。
職員の案内で、転移魔法陣のある部屋の中に入る。
そして、ドアが閉まってから数秒で転移魔法陣が発動。一瞬ふわっと宙に浮くような、何度体験しても不思議な感覚。
数秒後、ドアが開き、職員の先導で待合室へ向かう。
すると、そこに到着した瞬間、俺の方へ駆け寄ってくる人影。
「フォル!」
「ママ!」
俺はぎゅっと抱きしめられた。ルーナの匂いを顔いっぱいに感じる。
たった十数日しか離れていないのに、とても懐かしい気持ちになった。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「……フォル、どうだった?」
もちろん、受験のことだ。ルーナは俺の合否をまだ知らないから、気になるのは当然である。
「うかった」
「本当! やったわね!」
「うん!」
再び抱きしめられる。ルーナ、俺以上に喜んでいるんじゃないか……?
「王都はどうだった? 楽しかった?」
「うん、おともだちもできたし、じゅけんでもいろいろあったし……」
「そうなのね」
ルーナに話したいことは山ほどある。この十数日で体験したことを語るには、十分な時間が必要だ。
だが、今はそれよりも……。
「でも、まずはかえりたい」
「そうね、帰ったらいっぱい話を聞かせてね」
「うん!」
俺は、合格という結果をひっさげて、我が家への道を歩き出した。