魔力量の計測を終えた俺は、誘導に従って、次の試験が行われる場所へ進む。
「あ、フォル」
魔力量測定が終わった人の集団に合流すると、すぐにジュリーが声をかけてきた。
「おそかったね」
「うん、ちょっとトラブルがあってさ」
「トラブル?」
「まりょくりょうが、ただしくはかれなくて、じかんかかっちゃった」
「そうなんだ」
しばらく待機していると、全ての受験者が魔力測定を終えたようだった。
試験官が再度拡声の魔道具を使って、話しかける。
「全員揃ったので次の試験を行います! 次は、あっちにある的に向かって、魔法を発動する試験です!」
試験官が指差した方を見ると、人のような形をした光沢のある灰色の的が、一列に並んでいるのが見えた。
「それでは、今から移動します!」
俺たちは的の近くまで移動すると、それぞれの的の後ろに列をなす。
各列の先頭の人の横には、試験官らしき人が二人ずつついていた。
「私が合図をしたら、列の先頭の人は、自分が一番得意だと思う初級魔法を、的に向かって発動してください!」
今度は魔法の技能をみる試験のようだ。
「それでは、先頭の人は一歩、前に出てください! もし杖を持っている場合は、試験官に一度渡してください」
すると、各列の先頭の受験者は、全員カバンから杖を取り出した。それを、試験官に渡す。
試験官はその杖を手に取って検めると、また受験生に返した。
「ねえ、ジュリー」
「どうしたの?」
俺はたまらず、前に並んでいるジュリーに尋ねる。
「どうしてみんな、つえをもっているの? あれってまどうぐだよね?」
「うん、そうだよ」
「それってズルくない?」
「ズルくないよ。じゅけんひょうには、『魔法の発動をスムーズにする機能のみがついている杖は持ち込み可』ってかいてあるよ」
「え」
慌てて受験票を見ると、下の方に確かにそう書いてあった。
ここでいう杖とは魔道具の杖だ。これを使うと、魔法の発動がスムーズになる。
また、魔法陣を刻んで、特定の魔法を魔力を込めるだけで瞬時に発動できるようにした便利な杖もあるようだ。
思い返してみれば、今まで出会った魔法使いの人たちの大半は、杖を使っていたような気がする……。
ゴブリンと戦った時のアリーシャさんしかり、クォーツアントと戦った時のヒーラーのお姉さん方しかり。むしろ、杖を使っていなかったのはルーナと俺くらいしかいないような気がする。
そして、その予想はどうやら当たりみたいだ。ほとんどの受験者が杖を手にしている。ジュリーも例外ではない。
どうやら世間一般では、魔法を使うときは杖を使うのが普通みたいだった。
「フォルはもってきてないの?」
「うん」
「……そっか、フォルはちょくぜんでいっぱんじゅけんにしたから」
「あー、それもあるけど、そもそもわたしはつえをつかったことない」
もし、『杖を持ち込み可』と事前に知っていたとしても、俺は持ち込まなかっただろう。
杖無しで今までやってきたのだから、本番直前で慣れない杖ありに変えると、むしろ悪影響が出てしまいそうな気がする。
しかし、そんな俺の言葉にジュリーは目を丸くした。
「え、それだと、まほうのはつどうって、むずかしくない?」
「そう?」
「うん」
そうなのか? 一歳半で初めてルーナに魔法を教えてもらったとき、普通に杖無しで魔法を発動できたし、今まで特に支障を感じたこともないけどな……。
「それでは、先頭の人、撃ってください!」
次の瞬間、号令に従って、列の先頭の十人が一斉に的に向けて魔法を放った。
「『ウォーター』!」
「『ファイヤー』!」
ある人は水系統を、ある人は火系統を、それぞれいろんな魔法を放つ。
見たところ、ほとんどの人が基本四系統を使用しているな。光系統や聖系統はごく少数だ。
皆、当たり前のように初級魔法を発動できている。ただし、その威力はかなりバラバラだ。
弱くて的まで到達できないものもあれば、十分な威力をもって的に当たっているものもある。
それを見て、俺はなんだか拍子抜けしてしまった。
王国全土から有望な人が集まっていると聞いたのに、初級魔法すら的に当てられない人が結構いるとは……。もっとこう、ハイレベルな試験になると思っていたんだけどなぁ。これなら適当にやっても受かりそうなものだ。
……いやいや、何考えているんだ俺! 何が起こるのかわからないのが試験というもの。手を抜いた結果落ちてしまったら、一生後悔する羽目になるぞ! そうならないように、本気で取り組まなきゃ!
気持ちを入れ直していると、前のジュリーが魔法の実技試験を終えた。
いよいよ俺の番だ。
「受験票をください」
「おねがいします」
「はい。フォルゼリーナ・エル・フローズウェイさんですね。杖は持っていますか?」
「もっていません。つえなしでやります」
「……わかりました。それでは、準備をしてください」
さて、何の魔法を発動しようか。
俺は六系統全ての初級魔法を使えるし、正直どれを発動しても十分な威力は担保できる。
だが、ここは試験の場。採点する試験官に、高得点をつけてもらえるような魔法を披露するべきだ。
それならば、『あれ』が一番適切だろう。
「それでは、先頭の人、撃ってください!」
周りの人が次々と魔法を発動する中、俺は一呼吸おいて、あえて発動のタイミングをワンテンポずらす。
そして、頭の中で練ったイメージを、手のひらに集めた魔力へ伝え、魔法を形にする。
「『ファイヤー』っ!」
次の瞬間、前へ突き出した両の手のひらから、青い炎が勢いよく迸った。
それは俺が狙うべき的を完全に包み込み、なお後方へ広がる。
きっと上から見たら、大きさにして十メートルを越える、俺の手のひらを角とした、青炎による扇形が見えることだろう。
初級魔法は、少ない魔力消費量で発動できる。
しかし、それは中級魔法や上級魔法に比べて、少ない魔力しか注ぎ込めない、ということではない。
あくまで発動するために必要な魔力量の下限が、中級魔法や上級魔法よりも低いというだけで、魔力自体はいくらでも注ぎ込むことができる。
では、魔力消費量よりもはるかに多い魔力を注ぎ込んだ初級魔法は、どのように発現するだろうか?
その答えの一つが、これだ。
火系統初級魔法『ファイヤー』の魔力消費量は三十。その約百倍もの量の魔力を一気に注ぎ込んだ結果、威力・範囲はともに通常よりはるかに大きくなったのだ。
つまり、初級魔法でも魔力を注ぎ込めば、擬似的にそれよりランクの高い同じような魔法を再現することができるということだ。
ただし、中級魔法や上級魔法の方がはるかに効率がいいので、普通は誰も初級魔法で再現しようとは思わないだけなのだ。
「ストップ! 君、もういいよ! 魔法の発動をやめて!」
数秒後、そんな声が横から飛んできたので、俺は『ファイヤー』の発動を止める。
青い炎が収まり、魔力の残滓が赤い光を発し、消えた。
俺の正面五メートル先ほどにあったはずの的は、いつの間にかその姿を綺麗に消していた。
かろうじて、立っていたところの地面に、黒い跡が見える。
「あー……これは融けたな……」
そんな試験官の声に、俺は悟る。
かんっぜんっに、やらかした!
的を当てるのを見るのに、その的を消しとばしてしまったら、判定のしようがないじゃないか!
最悪の場合、失格してしまうかもしれない……。
そう思って、試験官の方を見る。
「あ、あの……」
「あ、ああ。君の試験はこれで終了だ、お疲れ様。向こうに進んでくれ」
「はい……」
しょぼんと立ち去る背後で、試験官の人たちが新しい的を持ってきて、設置し直していた。
進んだ先には、王立学園の敷地の外に出るゲートがあった。その向こうの通りには、たくさんの馬車が停まっている。ゲート付近には、親や友達を待つ人もいれば、親を見つけてゲートの外へさっさと出ていく人もいた。
「フォル!」
「ジュリー……」
すると、俺の元にジュリーが駆け寄ってきた。
そして、目を輝かせながら俺にズイっと迫ってきた。
「まほう、すごかったね! あれ、ほんとに『ファイヤー』?」
「うん、そうだよ……」
「なんか、げんきないよ? どうしたの?」
「かんぜんに、やりすぎた……まとをとかしちゃった……」
「ええ、すごいじゃん!」
「しっかくになるかも……」
「そんなことないよ! むしろ、ぜったいにうかるって!」
「そうかなぁ……」
「そうだよ! というか、フォル、ぜんりょくだしてないでしょ?」
「……きづいてた?」
「うん。だって、はんぶんくらいまりょくがのこっていたのがみえたもん」
ジュリーの指摘は正しい。俺は本気で取り組んだが、全力は出していない。
いくら初級魔法とはいえ、俺の魔力量七千ちょいを全て出し切ったら、コントロールしきれずに魔法が暴走してしまうかもしれなかったからだ。
それに、もしそうならなくても、威力が強すぎて周りの人に被害を与えてしまうかもしれない。
そのため、俺はあえて注ぎ込む魔力を半分ほどに抑えたのだ。
それでもあれほど威力が出るとは想定外だったが……。
「とにかく、これでテストはおしまい! これからいっぱい、フォルとあそびたいな」
早くもジュリーは受験から頭を切り替えて、俺と遊ぶことへシフトしたようだ。
確かに、もう終わってしまったものはどうにもできない。あとは祈るだけだ。
受験のことをうだうだ考えるよりも、合格発表の日まで楽しく過ごした方がよっぽど有意義である。
「……そうだね」
「あ、おとうさまのばしゃ! いこう!」
「うん!」
俺はジュリーに手を引かれて、ゲートの外へ飛び出す。
こうして、俺の王立学園魔法科の入学試験は終わったのだった。