十二……? 嘘だろ……?
予想だにしない数字に、俺は頭の中が真っ白になった。
周りからクスクスと失笑が聞こえてくる。さすがにこの数値は、受験者の中にもなかなかいない低さなのだろう。
いやいや、固まっている場合ではない! 明らかにおかしいだろ!
俺の魔力量がこんなに低いわけがない。
魔力量は数日で数千も増減するわけがない。もしそんなに増減したら、絶対に体に異変が生じるはずだ。
仮にこの数字が真実なら、これまでにハンターギルドで計測した魔力量が誤っていたということになる。だが、その可能性は極めて低い。
なぜなら、俺の場合、三歳の時点ですでに二千八百くらいあったため、その頃から約三年間ずっと誤っていたということになるからだ。しかも、一箇所ではなく複数のハンターギルドの魔道具で計測しているのだから余計にあり得ない。
それに、こんな魔力量では上級精霊たちを六体も養っていくことは絶対に不可能である。もちろん、精霊たちは俺の体の中から消えていない。
最も考えられるのは、この魔道具が壊れている、ということだ。
しかし、これも可能性は低い。
なぜなら、ここが王立学園魔法科の入試の場だからだ。普通、こんな大事な時に備えて、魔道具はちゃんとしたものを使うだろうし、前日までに万全に整備しておくはずだ。それに、壊れていたら普通気づくだろう。
とすれば、ハンターギルドとこの場で用いられている単位が異なるとか……?
でも、『魔法の使い方』に載っていた魔力量の単位──『ウォーター』の最低魔力消費量を十とするというもの──は、少なくともこの国では一般的に用いられているようだし、わざわざ入試の時だけ違う単位を用いるなんてことは考えにくい。
『魔力量を測る』って言っているのに魔力量以外を測っている、なんてこともないだろうし……。
と、とりあえず抗議だ! この結果には納得いかない! 異議あり!
「ちょ、ちょっとまってください……!」
「ん、なにかね?」
「これはさすがにおかしいです! もういちどやらせてください!」
すると、試験官はため息をついた。
「……これが紛れもない、今の君の魔力量なのだよ。受け入れなさい」
「いや、おかしいんです! こんなにすくないなんて、ぜったいにありえない」
「しかし、魔道具はちゃんと十二を示しているよ?」
そう言って、試験官は魔道具を百八十度回転させ、今まで試験官が見ていた面を俺に向ける。
それを見て、俺は思わず目を見開くと同時に、この奇妙な現象の原因を理解した。
魔道具の左側にはダイヤル式のメーターが埋め込まれており、それは確かに十二と表示していた。
そう、『012』と。
つまり、この魔道具は、元々ゼロから九百九十九までの魔力量の測定にしか対応していないのだ。そして、千を超えた場合はオーバーフローを知らせることなく、そのまま下三桁を表示する形式なのだろう。
わざわざこんなグレードダウンしたものを使っているのは、魔力量が四桁の受験者が存在することを想定していないから。まさか六歳の子供が千を超える魔力量を持っているだなんて、王立学園側は誰も想定していなかったのだ。
しかし、俺という例外が受験しにきてしまった。
俺の魔力量はおそらく七千十二。そのため、下三桁だけを抜き出してみると、あたかも魔力量が貧弱であるかのように見えるというわけだ。
……とにかく、この魔道具はダメだ。何回測っても下三桁しか表示されないのであれば意味がない。
俺が要求するべきなのは……。
「よんけた」
「え?」
「よんけたいじょうをひょうじできる、まりょくそくていきをもってきてください」
「そんな大きな桁のもので測っても、結果は変わりませんよ」
「かわります! わたし、まりょくりょうがせんよりおおいの!」
「そんなわけ無いだろう、嘘をつくのも大概にしなさい」
「うそじゃないのにー!」
どうして取り合ってくれないんだよ! そんなに六歳児が魔力量四桁を保有していることがあり得ないのか!
ちくしょう、これじゃ埒が明かない……。
俺はチラッと後ろを見る。俺の並んでいるところだけ、列が滞っている。
俺の抗議が皆の邪魔になるのは本意ではない。かといって、このまま俺の主張がすんなり通るとも思えない。
ここは諦めて、次の試験で挽回するか……? いや、推薦というアドバンテージがない以上、その分全力を出さなきゃいけない。魔法科は人気なのだから、少しでも手を抜けば落ちてしまうかもしれない……!
そう俺が葛藤で心を揺らしていたその時だった。
「フォフォフォ、こんなところにいたのじゃな」
聞き覚えのある声に、俺は顔を上げる。試験管の人も、声のした方へ振り返る。
「が、学園長……!」
「オルドーさん……!」
そこにいたのは、あの日と同じローブを着た、白髭の老人。
王立学園の学園長にして『王国の賢者』と呼ばれる魔導師、オルドー・リヒト・メサウスだった。
「被推薦者の中に姿が見えないと思ったら、こんなところにいたとは。いったいどうしたんじゃ?」
「う……その……」
俺はすぐには白状できず、言葉をつっかえてしまう。
「すいせんじょうを、いえにおいてきちゃって……」
せっかく推薦状を書いてもらったのに、無駄にしてしまうなんて、本当に申し訳ない。俺は頭を上げることができなかった。
「フォフォフォ! おっちょこちょいさんじゃな!」
しかし、オルドー翁は盛大にそれを笑い飛ばした。
お、怒られなくてよかった……。
「ところで、何かトラブルが起きていたようじゃが、どうしたのかね?」
「ええ、それが、魔力量の測定結果に不満があるようで……」
「ほう、どのように言っているのじゃ?」
「四桁以上を表示できる魔力測定器を持ってきて欲しい、と……」
ふむ、とオルドー翁は顎に手を当てる。そしてすぐに、近くに立っていた別の試験官に指示を出した。
「お主、すぐに四桁以上が表示できる魔力測定器を持ってきなさい」
「わ、わかりました」
「学園長!」
俺の魔力量を測っていた試験官が抗議するような声をあげた。
だが、それを遮るようにオルドー翁が発言する。
「三年前、この子に初めて会った時、ワシの記憶が正しければ、魔力量はすでに三千近くあったと言っていたはずじゃ。もう一度測り直す価値はあるじゃろう」
「なっ……」
ざわざわと後ろが騒がしくなる。三千というワードに反応しているようだ。
「とりあえず、フォル嬢は横で待機じゃ。後ろがつっかえてしまうからのぅ」
「でも、そうしたら受験生の間で公平性が……」
「希望者だけでももう一度測り直したらよかろう。まぁ、自分の実力は、自分が一番よくわかっているはずじゃがな」
というわけで、試験官の呼びかけで、受験者の中で四桁以上が表示できる魔力測定器で測りたい人の列が、急遽俺の後ろに形成されることになった。とはいっても、俺を含めて数人だけだったが。
しばらくして、女の人がでっかい装置を抱えて戻ってきた。ハンターギルドに置いてある魔力測定器と同じものだ。
セットアップが完了すると、オルドー翁は、俺たちをそれが置いてある長机の前へ連れてくる。
「さて、この魔力測定器は世間一般で使われているもので、九万九千九百九十九までの魔力量を計測できる。動作テストも済んでおる。それに、万が一、十万以上の魔力量が検知された場合は、そのことが知らされるゆえ、心配するでないぞ」
なるほど、桁が大きいのみならず、オーバーフローしている状態とそうでない状態がちゃんと区別されるのか。それなら安心だ。
「では、フォル嬢、改めて手をここへ」
「はい」
俺は指示に従って、手を魔道具の上へ置く。次の瞬間、手のひらをおいた面が一瞬光を放った。
それから数秒後、オルドー翁はほほう、と感嘆の声を漏らして、俺に告げた。
「お主の魔力量は、七千十二じゃ。成長したのぅ」
よかった、正しい数値が出たみたいだ。俺はホッと胸を撫で下ろした。
対照的に、横で測っている人や、後ろに並んでいる人は一気に騒めく。横の机で魔力量を測定している試験官までもが驚きの表情を浮かべていた。
「ありがとうございました」
「うむ。この後の試験も頑張るのじゃよ」
俺は受験票を受け取ると一礼して、その場を後にするのだった。