ドン・ガレリアス伯爵邸に到着してから三日目の朝。
俺はアルベルトさんとジュリーと、馬車に乗っていた。
俺たちが目指しているのは、王都の第一城壁と第二城壁の間の地区にある王立学園だ。
そこで本日、王立学園の入学試験が実施される。
「いよいよだな……」
「……」
「……」
久しぶりの受験だ。前回受験したのは、中学入試の時だったから……実に十二年ぶり。さすがに緊張するな……。
それはジュリーも同じようで、口をギュッとつぐんで俯いている。
王立学園は王国一の教育機関として名高く、王国全土から入学志望者が集まる。
王立学園に設置されている学科は、魔法を学ぶ魔法科、フィジカルエリートを育てる体育科、商才を養う商業科、学問を深く究める研究科の四つだ。
その中でも魔法科は、数多の魔導師を輩出していることで知られていた。この国で魔法を極めようとする者であれば、ぜひ入学したいところである。
しかし、魔法科の定員はたったの三十名。入試には将来有望な才能ある子供が全土から殺到するので、年によっては倍率が数十倍にのぼることもあるという。
そう考えると、一般入試で魔法科に入ったルーナって、バケモンすぎないか……?
俺のママ、実は俺が考えていたよりすごい人だったのかも……。
「そうだ、フォルちゃんは確か、推薦を受けていたんだよね?」
「あ、はい」
王立学園魔法科の入試形式は二種類ある。
一つ目は一般入試。ルーナが入った方法だ。
そして二つ目は、推薦入試。今回俺が受験するのはこの方法だ。
王立学園の入試は二つに分かれている。
午前中に全学科共通の筆記試験、午後に各学科ごとの試験がある。魔法科の場合、午後の試験は魔法の実技試験だ。
一般入試の場合はこのどちらも受けなくてはならないが、推薦入試で魔法科を受ける場合、午後の実技試験が免除される。
ちなみに、魔法科の推薦入試を受けるには、魔導師一人以上、もしくは魔道士三人以上の推薦が必要だ。
俺の場合、推薦者のオルドー翁が魔導師なので、前者に該当する。
「え、フォル、すいせんなの?」
「うん」
ジュリーが途端に食いつく。
「だれから?」
「オルドーさん」
「オルドーって、あの『王国の賢者』かい?」
「そうです」
二人揃って驚きの表情を浮かべる。
俺は証拠を二人に見せようと、鞄の中を漁って推薦状を探す。
しかし。
「……あれ?」
「どうしたの、フォル?」
俺は脳天からスーッと血が引いていくのを感じた。
「…………ない」
「なにが?」
「すいせんじょう……」
「何っ?」
焦ったようにアルベルトさんが立ち上がる。
「急いで引きかえそう。今ならまだ間に合うはずだ」
「いや……たぶん、あのおうちにはないとおもいます」
「どうしてだい?」
「このかばん、ラドゥルフをしゅっぱつしてからはじめてあけたから……」
「ラドゥルフの実家に置いてきた、ということか……」
終わった……。完全に終わった……。
せっかく推薦状を出してもらったのに、ルーナに練習に付き合ってもらったのに、ドン・ガレリアス伯爵邸に泊めてもらったのに……。
たった一つのミスで、全部無駄になってしまった。
俺の目から自然に涙が溢れる。自分が情けなくて、たった一度のチャンスを不意にしたことが悔しくて。
しかし、涙が馬車の床に落ちるより先に、何かに気づいたかのようにアルベルトさんが俺に質問をしてきた。
「……いや、待てよ。フォルちゃん、受験票は持っているかい?」
「じゅけん、ひょう?」
俺は鞄の中を漁る。そして、そこから一枚の紙を引っ張り出した。
「これですか?」
「よかった。それがあれば、ひとまず受験はできるはずだ」
「……そうなんですか?」
「ああ。推薦入試は受験票と推薦状を持ってこないといけないが、一般入試は受験票さえあれば受験できる。どちらの方式も同じ受験票を使っているからね」
「よ、よかった……」
どうやら受験自体はできるらしい。二次試験まで受けなくてはいけないが、そんなの受験できないことに比べればどうってことない。
できれば推薦入試を受けたかったが……。
「すいせんじょうのさいはっこうは、できないのかな……」
「難しいだろう。推薦状は推薦者本人しか書くことができないし、そもそも発行するのにも時間がかかるだろう」
やっぱりそうだよなぁ……。でも、受けられるだけありがたいと思わなくては。
ここで、馬車が停車する。
「さあ、試験会場はこの先だ。行っておいで、二人とも」
「うん」
「ありがとうございました」
「最後まで諦めず、頑張るんだよ」
そう言って、アルベルトは馬車のドアを閉めると、早々に走り去ってしまった。
歩道にはたくさんの親子連れがゾロゾロと同じ方向へ歩いている。また、車道の脇にはズラーっと馬車が駐車されている。
世界が変わっても、受験風景というのは大して変わらないんだな。
「いこ、フォル」
「うん」
俺たちは人の流れに沿って歩き出す。
少し歩くと、すぐに王立学園の正門が見えてきた。係員の案内に従って、俺たちは受験会場である大きな建物の中に入る。
「すごいひと……」
「いっぱいいるね」
この建物は大学の講堂のようになっていて、広い部屋の中には長椅子と長机が交互に綺麗に並んでいた。千人、いや、二千人くらい入りそうである。
そして、その講堂の真ん中くらいまで、すでに席は埋まっていた。
王立学園の一次試験は、全学科共通の筆記試験。この場には魔法科のみならず、王立学園を受けるすべての人が集合していた。
俺たちはスタッフに誘導されて、隣同士の席に座る。隣同士といっても、カンニング防止のためか、一席空いているけど。
周りを見渡すと、ほとんどの子供は騒ぐことなく、静かに過ごしていた。
真面目に勉強している人もいれば、本を読んでいる人もいるし、筆記用具で遊んでいる人も、机に伏せている人もいる。
皆賢そうだ。テストも難しいのだろうか?
いや、六歳の子供に出す試験だし、そんな難しくないとは思うが……。
ちょっと自信が無くなってきた……。
「だいじょうぶ、フォル」
「え?」
「いっしょに、がんばろう」
それを察したかのように、ジュリーが俺の手を握ってくれる。
そのおかげで、自信が少し回復した。
「あー、あー」
次の瞬間、前の方から大きな声が聞こえて、俺たちは前を向く。
壇上には、拡声の魔道具を手にした男性が一人立っていた。
「それでは、只今より、王立学園第三百四十八期第一次入学試験を始めます」
注意事項などが説明された後、俺たちの手元に問題用紙が配布される。
この世界で初めて受ける試験。前世で何度も味わった、試験前独特の感覚が蘇ってくる。
勉強したことすべてを、これにぶつける! 絶対に後悔がないよう、全力で、だ!
「それでは、試験を始めてください!」
※
筆記試験が終わった後、休憩時間に入った。
筆記用具を筆箱にしまっていると、ジュリーが話しかけてくる。
「しけん、どうだった?」
「まあまあかな」
俺は、息を吐くようにジュリーに嘘をついた。
実際は、テストは驚くほど簡単だった。
感覚としては、小学校低学年にも満たないレベルだ。難しい問題でも、ちょっと考えればわかるようなものしかない。あまりにも簡単すぎて、早々に全部解き切ってしまい、やることがなくなって暇だった。
この試験は六歳の子供を対象としている。前世でいう、小学校受験のようなものだ。こんなの、十八歳までに前世の日本で習う内容をマスターした俺にとっては、あまりにも簡単。むしろ、全問楽々正解できて当然である。
というか、そもそもこれらの問題は、俺みたいな前世の記憶を引き継いだ転生者がいることを想定して作られていないんだよなぁ……。実際におかしいのは試験ではなく、俺の方なのだ。
「それでは、魔法科を受ける人! こっちにきてください!」
すると、休憩時間が終わったようで、スタッフが大声で俺たちの志望学科を受ける人に集合をかけた。
「いこう」
「うん」
俺たちが荷物を持って立ち上がると同時に、周辺の子も立ち上がる。
これ全部魔法科志望ってマジ……? この場にいる人の半分くらいが魔法科志望ってこと……?
ますます二次試験は気が抜けないな……。
俺たちは一旦外に連れ出されると、そこからさらに推薦入試を受ける人が集められる。
くっそ……本来ならあの集団の中にいるはずだったんだけどなぁ……。
別の場所へ連れて行かれる二十人ほどの推薦組の集団を見て、俺は思わず歯噛みした。
それから受験票のチェックを経て、俺たちは校庭のような広い場所に出る。ところどころにテントが設営されていた。
どうやらここが魔法科の二次試験の会場のようだ。
「それでは、魔法科の二次試験を始めます!」
数百人の受験者の子供を前にして、女の人が拡声の魔道具を通して説明を始めた。
「まず、魔力量の測定です! あっちのテントで魔力量を測ります! その後に次の試験を行います! それでは、五列になって、ついてきてください!」
俺たちはテントへ誘導される。
おそらく、単純に魔力量の多寡が評価に直結するのだろう。そうであれば、俺は圧倒的に有利だ!
現在の俺の魔力量は七千ちょっと。王都に来る直前にハンターギルドで測ってもらったので間違いない。この場に六歳にして七千以上もの魔力量を持っている奴なんて、他にいないだろう。
実際、先に測っている人たちの方から聞こえる魔力量は、どれも百程度だ。多くても二百から三百くらいで、千を超える数は聞こえてこない。
列に並んで待つこと数分。ついに俺の番がやってきた。
「よろしくおねがいします」
「フォルゼリーナ・エル・フローズウェイさんですね。それでは、こちらに手を置いてください」
目の前には、魔力量を測る魔道具が置いてあった。
ハンターギルドに置いてあるものと比べて、ずいぶんこぢんまりとしている。試験用に臨時で使うものだから、簡易的なものなのだろう。
俺は自信満々に、装置の板の上に手を置く。試験官がスイッチを押すと、板が光った。
あー、試験官が驚く顔が思い浮かんで、ニヤニヤが止まらねえぜ……。
『ええっ、七千っ……⁉︎』とか言って、それを聞いた周りの生徒が騒ぎ出して……。ぐふふ。
「手を離していいですよ」
「あ、はい」
そして、試験官は受験票を返しながら、俺に告げた。
「あなたの魔力量は、『十二』です」