「では、何かあれば、お呼びくださいませ」
「ありがとう」
「失礼致します」
ルッツさんが去った後、客室に案内された俺は、ベッドに倒れ込む。
これから合格発表の日までの十数日間、この部屋で過ごすことになる。
窓の外には第一城壁、その向こうには王城の塔の先端が少しだけ見える。
部屋は申し分ない。よく掃除されているし、調度品などにより落ち着いた雰囲気が醸し出されている。快適に過ごせそうだ。
ああ……。入試まであと二日なのに、勉強する気力が湧かないな……。
俺はベッドで寝返りを打つ。こんなことをしている場合ではないのに。
そして、体の向きを変え、入ってきたドアの方に視線を向けたとき、俺はかすかに開いたドアの隙間からこちらを覗き込んでいる視線に気づいた。
「…………」
「…………」
数秒後、ドアがゆっくりと開き、視線の主が部屋に入ってきた。
俺と同じくらいの背丈で、髪色はアルベルトさんと同じ赤茶色。前髪を上げておでこを出し、カチューシャをしている、タレ目の女の子。さっき柱の陰で俺を見ていた女の子だ。間違いなく、彼が馬車の中で言っていた、王立学園魔法科を受ける一番下の娘だろう。
友達を作る絶好のチャンス! そのためには、第一印象が重要だ。さて、何と言って会話を始めるか……。
そのとき、俺はふと気づいた。
あれ? 友達ってどうやって作ればいいんだっけ……。
この世界に生まれてから友達と呼べる人は一人も作っていない。それに、前世も中高一貫の学校に通っていたから、最後に友達を作ったのは中学入学時。
つまり、もう十年以上も友達を作る機会に触れていないことになる。
ど、どうしよう……。
俺が困惑していると、向こうからまずアクションがあった。
「ね、あなた、なんのまほうがとくい?」
「え……とくいなまほう……?」
「そう」
突拍子もない質問に、俺は悩む。
俺の一番得意な魔法? 真剣に考えてみると、自分でも得意な魔法が何かわからないな……。
正直どれも同じくらいな気がするんだが……。
「……ふゆうまほう、かな?」
強いて言うなら、これが一番得意だろう。普段から使っているし、細かい調節が一番効く。その次が僅差で身体強化魔法だな。
すると、途端に女の子の目は輝きだす。
「ふゆうまほう! すごいね、みせて」
「あ、うん……」
俺は近くに置いてあった自分の荷物に触れると、魔法で浮かせる。
「おお〜〜」
女の子が歓声を上げる。
「ねね、わたしもうける?」
「できるよ」
俺は女の子の手を握ると、自分と彼女に浮遊魔法を発動。床上三十センチくらいまで浮上する。
「ふしぎなかんじ……」
初めて浮遊魔法を体験した人は口を揃えてそう言う。飛行機やヘリコプターどころか、ジェットコースターもエレベーターもないこの世界では、空を飛ぶどころか、重力とは逆向きにかかる力を体験する人すらほとんどいないからだ。
数十秒浮いたのち、俺と彼女は床に着陸する。
「ありがとう。わたしはジュリアナ・ドン・ガレリアス。あなたのおなまえは?」
「わたしはフォルゼリーナ・エル・フローズウェイだよ。よろしくね、ジュリアナちゃん」
「ジュリーってよんで。みんなそうよんでるから」
「わかった、わたしのこともフォルってよんで」
「うん。よろしく、フォル」
「こちらこそ、ジュリー」
ちょっと仲良くなれたのか……な? 今のところは順調そうだ。
「ジュリーは、おうりつがくえんのまほうかをうけるの?」
「うん。あさってうけるよ。フォルもおうりつがくえんをうけるんでしょ?」
「そうだよ。まほうかをうけるよてい」
「わたしとおなじだ!」
そこからは話が弾んだ。もちろん、その内容は魔法についてである。どちらかといえば、会話というよりも、魔法に関するジュリーの質問に俺が答える、という形になっていたが。
話していて俺は、自分の予感が間違っていなかった、と確信した。やはりジュリーは俺と同じ、魔法に魅せられた者の一人だった。
フリードリヒと話していたときと同じ気分になる。奴は悪者で、最終的には拘束されて連れて行かれてしまったが、目の前のジュリーは俺と同い年の子供。俺は、やっと真に共鳴できる相手を見つけたような気がした。
「ところでフォル」
「どうしたの?」
「フォルのなかにはいっているそれはなに?」
「なかにはいっている?」
ジュリーが突然何か変なことを言い始めた。俺の中に入っているものって何だ……?
「どういうこと?」
「うーんとね、フォルのからだのなかに、いくつかフォルじゃないものがみえるの。いち、に、さん、よん、ご……ろく? むっつかな?」
その言葉で俺はようやくジュリーが何を指しているのか理解した。
それと同時に、嘘だろ⁉︎ と信じられないような気持ちになる。
まだこのことはジュリーには言っていないし、それを示唆するようなことも言っていないのに……。どうしてわかったんだ?
とりあえず、隠す理由もごまかす理由もないから、正直に話すか。
「……じつはわたし、せいれいとけいやくしているんだ」
「せいれい?」
「うん」
俺は自分の内側に呼びかける。
皆、出てきてくれる?
『いいよー‼︎』
『わかりました』
『ほらリン、出るっスよ!』
『う〜〜ん……むにゃむにゃ……』
『妾の出番か⁉︎』
『お呼びでしゅか!』
俺の胸の中から次々と現れる六体の上級精霊。ポンポンと飛び出ると、そのまま空中を浮遊してぐるぐると俺の体の周りを回る。
「これがせいれいだよ」
「す、すごい……はじめてみた……」
「ジュリーがいってたのは、これのことだよね?」
「うん」
ジュリーは精霊に手を伸ばす。だが、精霊たちはサッとその手を避けていく。
「……」
「……そもそも、せいれいにはさわれないよ。わたしもむりだから」
そう言って、俺はルビに手を伸ばす。
しかし、その手はルビにまるで触れてないかのように、ルビの体を貫通する。
「ほらね」
「そうなんだ」
もういいかな。じゃあ皆戻っていいよー!
『戻るよー!』
『お疲れ様でした』
『ういっス。ほらリン、戻るっスよ!』
『ぷぇ〜〜』
『もう出番は終わったのか⁉︎』
『ああ、皆待ってくだりゃ〜い!』
精霊たちは賑やかに戻っていく。
ここで、俺は一番気になっていたことを尋ねた。
「なんで、わたしがせいれいとけいやくしていたって、わかったの?」
これまで、俺が自分から言い出したり、事前に知っている人が教えない限り、俺の中に精霊がいるとは誰も気づかなかった。魔道士であるフリードリヒですら気づかなかったのだ。
なのに、どうしてジュリーは精霊の存在に気づいたのだろうか?
「フォルのなかに、フォルとはちがうまりょくがみえたんだ」
「まりょく?」
「うん。わたしね、まりょくがみえるんだ」
マジで……?
俺はジュリーの目をじっと見つめる。
しかし、特におかしなところはない。
前世のファンタジー作品だったら、普通の人の目とは違う『魔眼』とやらがあって、目に特徴が現れそうなものだが。
「……はずかしい」
「あ、ごめん」
でも、教えてもいないのに魔力の塊である精霊の存在に気づいたということは、ジュリーの言っていることは本当なのだろう。
「まりょくはもともとみえていたの?」
「うん。きづいたらみえてたんだ」
魔力を見る能力……。そんな能力、少なくとも『魔法の使い方』シリーズでは紹介されていなかったと思う。
そういえば、王城のパーティーでも、オルドー翁が俺の魔力の流れを『見た』と言っていたな。
もしや、魔力を見る能力は、先天性の希少な能力なのだろうか?
ないものねだりとわかっていながらも、その能力を欲しいと思ってしまう。
魔力が見えるようになったら超便利だろうな……。羨ましい限りだ。
その後、ルッツさんが夕食の時間を告げに来るまで、俺たちは夢中でお喋りをしていたのだった。