「全部持ったわね?」
「うん」
「忘れ物はない?」
「だいじょうぶ」
俺はルーナと、小学校に入学したての小学生と母親みたいなトークを繰り広げていた。
シャルからの手紙が届いてから約半年、王暦七百六十年、熱の月。俺は六歳になった。
そして今月、ついに王立学園魔法科の入学試験に臨む。
ここアークドゥルフ王国では、年度の始まりが晴の月、つまり前世の欧米と同じ九月始まりとなっている。
そのため、入試はその前の月である熱の月、つまり八月に行われるのだ。
「ママがいなくても大丈夫?」
「うん」
入試は王都にある王立学園で行われる。俺は王都に受験の二日前から合格発表の日まで滞在する予定になっていた。
そこに、ルーナやバルトの付き添いはない。年度末ということもあり、二人とも手が離せないのだ。
そのため、今回の受験にあたって、俺は王都在住のバルトの知人の家に泊めてもらうことになっていた。
「じゃあ、行くわよ」
ルーナが、俺の着替えやら何やらが入った荷物を持ち上げる。俺は、本や筆記用具、ノートなどが入った自分のリュックを背負って、玄関へ向かう。
「もう行くのか」
すると、リビングにいたバルトが顔を出した。
「ええ、見送りに行ってくるわ」
「ああ、そうだ、少し待ってくれ」
そう言うと、バルトは一瞬家の奥に戻ると、一枚の手紙を携えて戻ってきた。
「てがみ?」
「ああ、そうだ。フォル、向こうで会ったら渡してくれないか」
「うん」
「よろしくな。手紙を渡すときにも、バルトがよろしくと言っていた、と伝えてくれ」
「わかった」
俺は手紙を受け取ると、リュックの脇のポケットに突っ込んだ。
「フォル、受かって帰ってくるのを待ってるぞ」
「うん! いってきます!」
俺は元気よく返事をすると、ルーナと一緒に外に出た。
門から大通りに出て、真っ直ぐ転移施設へ向かう。
魔法の練習のときにいつも通る道も、これから十数日間はお別れだ。
少し寂しく感じるが、絶対に受かってこの道を戻ってくるんだ、と決意する。
転移施設へ到着すると、受付でルーナが王都までの料金を払う。
そして、あまり待つことなく、俺の名前が呼ばれた。
俺はルーナが持っていた荷物を、浮遊魔法をかけて浮かせる。
「じゃあ、いってくる」
「ええ。全力を出すのよ。フォルなら絶対に受かるから!」
「うん」
俺はルーナに手を振ると、職員についていき、転移部屋へ向かった。
※
「ついた……」
何度体験しても不思議な感じがする転移を終え、俺は身体強化魔法でルーナの持っていた荷物を抱え、転移部屋から待合室へ向かう。
ラドゥルフとは違い、王都の転移施設はかなりの人でごった返していた。さすが王国の首都を名乗るだけある。きっとここからいろんな場所へといろんな人が転移していくのだろう。
俺は待合室に着くと、周りを見渡す。
さて、俺のミッションは、この人混みの中から、バルトの知人を探すことだ。
俺が到着する時刻に、待合室にいることになっているはずだが……。
俺は、事前にバルトから聞いていた見た目の情報を手がかりに、目的の人物を探す。
結論から言うと、その人物は思いの外早く見つかった。というより、俺が気づくよりも先に向こうが俺に気づいたようで、向こうから近づいてきたのだ。
三十代から四十代くらいの男性だ。赤茶色の髪に、同じ色の髭を蓄えているおじさまである。
「君が、フォルちゃんかい? バルトさんのお孫さんの」
「はい。フォルゼリーナ・エル・フローズウェイともうします」
「そうか、それはよかった。僕はアルベルト・ドン・ガレリアス。ドン・ガレリアス伯爵家の当主だ。バルトさんから、君のことをよろしくと頼まれている」
「アルベルトさん……よろしくおねがいします」
「こちらこそよろしく。じゃあ早速、家へ案内しよう。馬車を用意しているんだ」
アルベルトさんは俺の荷物を持つと、俺を連れて建物の外に出る。そして、停まっていた馬車に乗り込んだ。
俺が乗り込むと、ドアが閉まって馬車が走り出す。
「アルベルトさんのおうちは、どこにあるんですか?」
「すぐ近くだ。第一城壁のすぐ外側にあるから、そんなに時間はかからないはずだ」
馬車の窓からは、初代国王の像と、その向こうにある白亜の王城が見えた。
三年前と何も変わっていない光景に、俺は懐かしさを覚えていた。
ここで、俺はバルトから手紙を預かっていることを思い出した。
すぐにリュックのポケットから手紙を取り出し、アルベルトさんに渡す。
「アルベルトさん、これ……」
「おお、手紙かい?」
「はい。おじいさまが、アルベルトさんによろしく、と」
「そうかそうか、ありがとう。あとで読むことにするよ」
アルベルトさんは俺から手紙を受け取ると、懐にしまった。
「あの……アルベルトさんは、おじいさまとはどういうかんけいなんですか?」
「ああ、バルトさんは以前、内務省に勤めていたんだが、そのときに僕の上司をしていたんだ。もう十年くらい前か、あの頃はお世話になったものだよ」
なるほど、バルトの元部下ということか。
というかバルトは官僚だったのかよ。ラドゥルフに来る前は、かなり地位が高かったようだ。
「そういえば君は、王立学園を受験するのだったね。どの学科を受けるんだい?」
「まほうかです」
「そうか、魔法科か。ウチの娘と同じだな……」
「むすめさんが?」
「ああ。僕には三人子供がいるのだが、一番下の子がちょうど君と同い年の女の子で、同じ王立学園の魔法科を受ける予定なんだ。もしよかったら、仲良くしてやってくれ」
「ぜひ」
今まで俺は、同年代の子供とほとんど関わりがなかった。日常的に関わる人の中ではシャルが一番年が近かったが、それでも約十五歳差と一回り以上離れている。
強いて言うならばラサマサの親戚のルークは同い年だが、三歳の頃に約一ヶ月だけ一緒にいただけ。しかもほとんど話したことはない。
しかし、ドン・ガレリアス家には、俺と同い年の女子がいる。しかも、志望校のみならず志望学科も同じ。同志の予感がビンビンするぞ……!
いったい、どんな子なんだろう? きっと、伯爵邸に着いたらお目にかかれるはず。ぜひ、仲良くなりたいところだ。
「そうか。そうだったな……」
「どうしたんですか?」
「いや、そういえば君は『爆殺幼女』と呼ばれていることを思い出してな……。それを踏まえれば、魔法科を受けるのも当然というものだな」
「あはは……」
俺がゴブリンを『バースト』で爆殺してから、もう三年も経つというのに、いまだにその二つ名は忘れ去られていないようだ。前世のことわざに、『人の噂も七十五日』というものがあったが、千日以上経っても残っているあたり、もはや定着してしまっていると言えるだろう。
ここで、馬車が停車する。
「さあ、着いたよ」
アルベルトさんに続いて降りると、目の前には巨大な豪邸があった。綺麗な外見を保っているあたり、俺の家とは違って、きっと中央貴族として常住しているのだろう。
「「「「「おかえりなさいませ、ご主人様」」」」」
ドン・ガレリアス伯爵邸に入ると、豪華なホールがお出迎え。そして、ずらっと並んだメイドや執事が一斉に挨拶をする。その光景に、俺は少し気圧されてしまった。
「客人を連れてきた。ルッツ、部屋に案内してやってくれ」
「かしこまりました。御客人、こちらへ」
ルッツと呼ばれた執事の一人が俺の荷物を持つと、案内を始める。
そのとき、俺は視界の端に柱の陰から見守る一人の女の子を捉えた。
俺と同じくらいの背丈で、髪色はアルベルトさんと同じ赤茶色。前髪を上げておでこを出し、カチューシャをしている。タレ目の女の子だ。
あの子がさっき言っていた末っ子なのかな……?
「御客人、どうされましたか?」
「……いや、なんでもない」
「では、お部屋へご案内いたします」
まだこの家への滞在は始まったばかり。きっと後でいくらでも接触できるだろう。今は部屋へ案内してもらう方が先だ。
俺は後ろ髪を引かれながらもルッツさんに着いていくのだった。