コンコン。
「失礼します!」
シャルの結婚から半年が経ったある日、俺がリビングでくつろぎながら本を読んでいると、玄関のドアがノックされ、その向こうから声が聞こえた。
「フォル、ちょっと玄関まで行ってもらえる? たぶん手紙だと思うから」
「うん」
洗い物で手が離せないルーナに代わり、俺は本を閉じてテーブルの上に置くと、急いで玄関へ向かう。
俺がドアを開けると、そこにいたのは、門番をしている二人のうちの一人だった。
「ごくろうさま。どうしたの?」
「はっ、手紙が届きましたので、持って参りました!」
「ありがとう」
俺は、丁寧に差し出された手紙を労いながら受け取る。
「失礼します!」
門番はビシッと敬礼を決めると、振り返って警備に戻っていった。
俺は玄関のドアを閉めると、リビングに戻って、机の上に手紙を置く。
「てがみ……」
何の変哲もない、真っ白な封筒に入った手紙。
『ラドゥルフ州ラドゥルフ市麦街道
エル・フローズウェイ伯爵家の皆様』
と表には書かれている。
それにしても、この筆跡、どこかで見たことあるな……。
そう思いながら裏返すと、差出人の名前が書いてあった。
俺はそれを見て息をのむ。
「シャル……」
『テクラス州テクラス市砂漠街道
シャルゼリーナ・ヴァン・フロイエンベルク』
とそこには書かれていた。
いつもの癖で、ミドルネームを『エル』と書きかけたらしく、ヴァンの横にぐちゃっと黒で塗りつぶされた丸がある。
俺は心の中で苦笑しつつも、リビングのソファーに腰を下ろした。
「誰からの手紙だった?」
「シャルから」
「あら、そうなの? ママにも見せて」
ルーナは手を止めると、俺の隣に座る。
シャルが手紙を送ってくるのは初めてだ。というか、そもそもシャルが手紙を書いているところなんて見たことがない。
いったい何が書かれているのだろうか。
俺は少しワクワクしながら封を開けると、中の手紙を取り出し、ゆっくりと文章を読み始めた。
※
『親愛なる伯爵家の皆様へ
そちらでは春の兆しが見えていることでしょう。ですが、こちらはまだ日中は夏と変わらないほど暑く、夜は冬よりも寒いです。
皆さんは元気にしていますか。私は元気に過ごしています。
今は、お義父様からハルクへの、業務の引き継ぎが、少しずつですが進んでいます。頭が切れ、政治的な感覚も優れているので、きっと将来は良い為政者として、活躍してくれるでしょう。
そちらでも、パパからお姉ちゃんへの業務の引き継ぎが進んでいると思います。引き継ぎ自体はハルクよりも先に始めていたので、お姉ちゃんはハルクの先輩ですね。
ただ、お姉ちゃんは、フォルの世話もあるのでこちらよりはるかに大変だと思います。でも、フォルは賢い子だからそこまで心配しなくてもいいのかな、とも思っています。フォルは、私たちが思っているよりもずっと賢いです。だから、お世話しすぎる必要はないと思います。って、このことはお姉ちゃんが一番よくわかってますよね。
私のこっちでの日常生活は、とても面白さに満ちています。つい最近、これを書いている私にとっては一昨日ですが、ハルクの業務の一環である、テクラスの北にある軍の基地の視察についていきました。
そこにいた兵士の中に、私の剣術の腕を知っている人が何人かいて、ついでに、その場にいた兵士に軽く剣術の指導をしました。そうすると、瞬く間に上達していきました。やはり軍人とだけあって、体を動かすのが得意な上に、元となる体ができているからでしょうか。
その基地の司令官が強くなった兵士を見て、「軍隊に入って、うちの兵士に剣術を教えてくれないか」と私に頼んできました。その時は、ハルクがやんわりと断りましたが、暇があったらまた行って指導したいと思いました。
そういえばフォルの剣術指導はどうなりましたか? きっとパパがフォルの訓練してくれていると思います。ただ、訓練内容は私以上の鬼なので、耐えられるか少し心配ですが、フォルなら大丈夫でしょう。
フォルは見たこともない剣術を操る、特殊な剣士です。あとは体が完成さえすれば、魔法と剣術の二刀流で、きっと誰も見たことがないほどの強さになると思います。勿論、比喩抜きで。だから、今は愚直に体づくりを頑張って欲しいです。
少し早いですが、きっとフォルなら王立学園に無事に入学するだろうと思うので、人生の先輩として学校生活についてアドバイスをしておきます。
王立学園は、この国で最高の教育が受けられる学校です。その学校に入学するのは、とても素晴らしいことです。それほど、フォルの実力がついているということです。
だから、この機会を無駄にしないで、充実した学園生活を送ってほしいと思います。詳しい話は、きっと卒業生であるママが教えてくれるはずなので、今のうちにいろいろと聞いておくんだよ。
あと、魔法に熱中するのはいいんだけど、学校に入った後もきちんと毎日運動をするんだよ? せっかく鍛えたのにおじゃんになってしまうのは、本当にもったいないことだから。
それに、学校では信頼できる友達も作っておくこと。フォルには同年代の子供と接する機会が、ほとんどなかったと思います。だけど、これから先、生きていく上では友達というのはとても大切になります。だから、数が多くなくてもいいから、その人を信じられるような、そして自分を信じてもらえるような友達を作ってください。
フォルのコミュニケーション力がなら、きっと大丈夫! 頑張ってね!
そろそろ書くことがなくなってきたので、今回はこの辺にしたいと思います。多分、この手紙を出し終わった直後から、これも付け足すべきだったー! となる気がするけどね。
暇があったら返信をください。いつでも待ってます。
それではお元気で。
シャルゼリーナ・ヴァン・フロイエンベルク
追伸
私、妊娠しました。
このまま予定通りに行けば、今年の夏位に出産する予定です』
※
俺は三枚に渡って綴られた便箋を机の上に置くと、一息つく。
「何というか、シャルらしいわね」
「うん」
特に、最後に慌てて追記したような、妊娠の報告とかね。
「あとでジージにも見せましょうか」
「うん。ね、ママ。おへんじかきたい」
「そうね。ママもジージもいろいろ伝えたいことがあるから、一緒に書きましょう」
「うん!」