翌々日、改めてシャルとハルクさんの結婚式を仕切り直した後、俺たちはハルクさんから事の顛末の説明を受けた。
最初の結婚式の前日に聞いた通り、元々フリードリヒはハルクさんに対してあまりよく思っていなかったらしい。
奴がハルクさんに抱いていた感情を表す言葉で、最も近いものは、嫉妬だ、とハルクさん自身は評していた。
つまり、フリードリヒは、ハルクさんよりも自分の方が能力が上なのに、どうして地位が低いのか、むしろ自分の方が次期当主に相応しい、と思っていたようだ。
実際、ハルクさんがいなくなれば、ヴァン・フロイエンベルク伯爵家は直系の後継ぎがいなくなり、当主の継承順位的に、次期当主はフリードリヒになる。
ハルクさんはそんなフリードリヒの気持ちには気づいていたものの、直接危害が加えられるということは無かったため、放っておいたのだという。
しかし、状況は変わった。ひょんなことから、フリードリヒが、ディートリヒを巻き込んで、隣国のメディラム共和国と内通していることを知ったのだ。
アークドゥルフ王国とメディラム共和国の関係はあまりよくない。それはバルトも言っていた。おそらく、こちらにとってあちらは仮想敵国なのだろう。
フリードリヒにとっては、邪魔なハルクさんを蹴落としたい。メディラム共和国にとっては、自分たちと繋がっているフリードリヒが次期当主になってくれれば都合がいい。両者の利害が一致したのだろう、とハルクさんは推測していた。
だが、ハルクさんはすぐに彼らを捕えることはしなかった。フリードリヒは頭が切れる。半端に捕まえようとすれば、逃げられてしまうだろう。
そう考えたハルクさんは、彼らが逃げられないようにしてから、確実に捕まえようとしたのだった。
そんなときに入ってきたのが、シャル経由で伝えられた俺からの話だった。
つまり、遺跡で聞いた、あの密談の内容だ。
この情報は、ハルクさんにとって重要なものだった。何しろ、場所と時間がわかったのだから。
同時期に、テクラス州国境付近で、メディラム共和国軍が大勢集結しているという情報が入ってきた。
それには、まだフリードリヒらの企みを知らない州長官のギルベルトさんが、大量の軍を派遣することで対処した。
だが、ハルクさんは、この軍事行動にフリードリヒが絡んでいると直感していた。きっと、軍を街の外に追い出すことで、なるべく自由に動けるようにしたいのだ、と。
そこで、ハルクさんは王都まで転移魔法陣で移動し、事情を説明した上で宮廷魔導師団の出動を要請した。
あとは、俺たちが体験した通り。宮廷魔導師団は国境を超えてきたメディラム共和国軍を一瞬で処理した後、フリードリヒらと繋がっているという証言を得た上で、こちらに戻ってきて奴らを拘束したのだ、と。
ハルクさん曰く、外患誘致罪で死刑に処されるか、死ぬまで牢獄から出てこられないだろう、とのことだ。
ここで、一つシャルがハルクさんに質問をした。
「どうして、指輪が偽物だとわかったの?」
軍隊うんぬんの話はあくまで陽動。本命は、ハルクさんがシャルに渡そうとした指輪爆弾で、二人もろとも爆殺する作戦だった。
その指輪は、式が始まる前のどこかのタイミングで、いつの間にかすり替えられていた。だが、偽物とはいえとても精巧にできていて、ハルクさんがシャルに渡す直前まで、誰も指輪はフェイクだと見分けられなかった。
その理由を、ハルクさんはこう語った。
「光の反射で、指輪の中に魔法陣があるのが見えた」
それで嫌な予感がして、咄嗟に投げたのだという。それでも、あの時を振り返れば、驚異的な反射神経だったと俺は思った。
ちなみに、わざわざシャルを巻き込もうとしたのは、万が一、シャルに次期当主の座を取られることがないようにするためではないか、とハルクさんは言っていた。
ともかく、フリードリヒ兄弟の悪事は阻止され、無事にハルクさんとシャルは結婚し、夫婦となったのだった。
※
六日目、テクラスに滞在する最後の日の夕方。伯爵邸の前の大通りに出た俺、ルーナ、バルトを、シャルとハルクさんの二人が見送りに来てくれた。
「ハルク君、娘を頼んだぞ」
「妹をよろしくね」
「シャルをよろしく」
「お任せください。絶対に、幸せにします」
すると、シャルは俺を見て、ニヤリと笑った。
「フォル〜、わたしがいなくて寂しいでしょ?」
「そんなことないもん。だっていちねんまえからぜんぜんいえにいなかったじゃん」
「ぐっ……確かに」
「フォルは、シャルの部屋を譲ってもらえるからいいのよねー」
「ねー」
「ぐぬぬ」
嘘である。
確かに部屋を譲ってもらえるのは嬉しいが、本当はとても寂しい。
でも、絶対に会えないわけではない。バルトやルーナにお願いすればここに来られるし、やろうと思えば『マニューバ』で三十分足らずで来れる。
「パパ、フォルの訓練、よろしくね」
「わかった」
俺の剣術の訓練……もとい、体づくりの監督は、バルトに引き継がれることになっていた。
「そういえば、フォルはあのことを言わなくていいの? 次、いつ会えるかわからないわよ」
「あ、うん」
「あのこと?」
不思議がるシャルに向けて、俺は一歩踏み出すと、宣言する。
「わたし、きゅうていまどうしだんに、はいりたい」
最初の結婚式の時に颯爽と登場し、颯爽と去っていった宮廷魔導師団。ハルクさんの説明後、俺はルーナにそれについて詳しく教えてもらった。
宮廷魔導師団とは、国王直属の魔法使いの軍団のことだ。
団員の実力はとても高く、魔法を極めたことを示す魔導師の称号を持っていることが、入団『試験に参加』するための最低条件だ。そのため、入団するのが最も困難な組織の一つとして、世間には認知されている。
その分、実力は折り紙付きで、どんなに困難なミッションでもコンプリートしていくのだという。それに、一般の軍の指揮系統から外れているため、柔軟に行動できる。そのため、幾度となく国の危機の現場に現れては、それを打破してきた実績があった。
そんな宮廷魔導師団に憧れて、魔法を極める者も少なくないという。
そして、今回の事件をきっかけに、俺もその一員となってしまったのだ。
「え、フォルってば憧れちゃった?」
「うん! かっこよかった……」
あんなふうに颯爽とピンチに駆けつけて、国を救うその姿に、厨二心をくすぐられる。
これから、得意な魔法をさらに伸ばしていけば、もしかしたら入団できるかもしれない。そんな淡い期待を抱いてしまったのだ。
「そっか。フォルならできると思うよ。頑張ってね」
「うん!」
シャルはにっこりと笑った。
王立学園への入学、そして宮廷魔導師団への入団。
今回の俺の人生の目標が、どんどん決まりつつある。
前世と違うのは、いずれも自分の意思で決めたということ。俺の心には、何の引っかかりもない。
「では、行こうか。二人とも、暇ができたら遊びにおいで」
「うす! お気をつけて!」
「気をつけてね〜!」
俺たちは馬車に乗り込むと、手を振る二人を後方に置いていく。
「……さて、まずは王立学園に入学するために、お勉強しないとね。もう来年だから」
「おっと、剣術の練習も忘れるなよ? 体づくりは、継続して行うことが大事だからな」
「うん!」
シャルのいないラドゥルフに帰っても、やることはいっぱいだ。新しく目標ができたことだし、より精進しないと!
転移施設へ向かう馬車の中で、俺は新たな気持ちで、そう決意するのだった。