調査から四日後。俺は庭のベンチに座ると、抱えていたものを横に置く。
バラバラと座面に転がる魔水晶。両端が六角錐になっている、手のひら大の六角柱だ。いかにも『水晶』という形をしている。それが全部で五個、俺の目の前にはあった。
これは調査後に、お礼として貰った、俺が採掘して運搬した魔水晶の一部だ。今日までに、『ウォーターカッター』で綺麗な形に整えておいたのだ。
さて、今からいよいよ、魔力を貯める電池の製作に取り掛かるぞ!
製作開始が調査後すぐではなく、今日になってしまったのは、『ウォーターカッター』で魔水晶を削り出すのに時間がかかったからではない。
『もう、魔法陣についてはカンペキっスか?』
「いや、まだそこまでではないよ……でも、だいたいわかった」
そう言って、俺は浮遊魔法で浮かせていた本を膝の上に着地させる。
本の表紙には、『魔法陣入門』というタイトルがデカデカと書かれていた。
この四日間、俺は魔水晶の整形と並行して、バルトの書斎から魔法陣についての本を借りて、目を通していた。その理由はもちろん、これから行う魔水晶の加工に必要だからだ。
以前、エルがテクラスの往復のために、魔水晶を利用して魔力を補給する、という話をしてくれたとき、それを実現するには、『採った魔水晶をちょちょいと加工する必要はある』と言っていた。
その加工の一つが、魔水晶に魔法陣を刻み込む、という作業であった。
※
『魔水晶には、確かに魔力を溜める性質があるっス。ただ、そのままでは利用できないっス。そこを、もう少し厳密に説明したいと思うっス』
調査が終わった日の夜、エルは、魔水晶について説明してくれた。
『そもそも、魔水晶が魔力を溜めるっていう説明が不正確っスね。正確には、魔水晶の中の魔力濃度が、外よりも低ければ外から魔力を吸収し、逆なら魔力を放出するんスよ』
つまり、魔水晶は、周りの環境の魔力の濃度と、自分の中の魔力の濃度を一定にしようとする性質がある、ってことか。
『そういうことっス。んで、魔水晶が溜められる魔力量には上限があるっス。その上限は、魔水晶の大きさと、魔水晶がどのくらい魔力の濃い場所で生成されたかに依存するっス』
じゃあ、大きくて、魔力の濃い場所で生成された魔水晶ほど、溜められる魔力の量は多くなるってことだな。
……ということは、地底湖で生成された魔水晶って、とても性能がいいのでは?
地脈が近くを通っていて、精霊が住めるくらい魔力が濃い場所だし、魔水晶もとんでもなく大きかったし。
『そうっスね。むしろ、テクラスを往復する分の魔力を補うためには、そこの魔水晶から作ることが絶対条件っスね。他の場所の魔水晶では、溜められる魔力量が少なすぎるか、持っていけないほどデカくなるっスね』
だから、あの場所の魔水晶が必要だったわけか。
ところで、いくつか質問があるんだけど。
『何っスか?』
魔水晶にはいろんな色があったでしょ? 色によって、魔水晶の性能が変わるってことはない?
『ないっスね。色の違いは、溜められる魔力量には関係ないっス。そもそも、魔水晶の色は、水晶が魔力に当てられて魔水晶になるときに、取り込んだ魔力が帯びているほんのわずかな性質によって発現するっス。前に話した、ウチらの色の話と同じっスよ』
それなら良かった。
『基本的な知識はこれくらいっスね。ただ、さっきも言った通り、魔水晶をそのまま利用するわけにはいかないっス。なぜだかわかるっスか?』
つまり、そのままでは魔力を溜めるのには不十分だ、と。
せっかくだから、ちょっと考えてみよう。
『ヒントは、魔力の出し入れっスね』
エルのその言葉で、俺は魔水晶をそのまま利用することの問題点に気づいた。
『そう、魔力を込めた後、何もしなくても魔力が漏れることっス!』
魔水晶は魔力の濃度を中と外で一定にしようとする働きを持つ。そのため、せっかく魔水晶に魔力を最大限詰め込んでも、そのままでは魔力を自然放出してしまうのだ。電池でいう、自然放電みたいなものだ。
問題は、それをどうやって魔力を中に閉じ込め、任意のタイミングで出し入れするかだが……エルはもう、その解決法を知っているんだろう?
『そうっスね』
その方法とは……?
『その方法とは……』
※
それが、魔水晶に魔法陣を刻み込み、魔力の流れを制御する、という方法だった。
そもそも、魔法陣とは何か。
それを説明するには、魔法の発動方法まで遡らなければならない。
魔法を発動するには、プロセスが必要だ。
詠唱によって発動するときは、まず魔力を引き出して、それから発動する魔法の種類、さらに威力など様々なパラメータを決定して、ようやく初めて魔法が実現される。
簡単に言えば、魔力→種類→程度→発動の四段階に分かれているのだ。
しかし、魔法陣の場合、魔力を込める以外の三つのプロセスが、全て陣内に設定されている。
そのため、詠唱よりも、魔力を込めるだけで、はるかに簡単に魔法を発動できるのだ。
魔力を込めるだけなので、たとえ発動したい魔法の系統に適性が無い人でも、魔力さえあれば、発動することができる。
そんな魔法陣は、幾何学的な図形の組み合わせで表される。
その図形のパターンそれぞれが意味を持ち、それを組み合わせることで、一つの魔法が形作られているのだ。
当然、その組み合わせ方には一定の法則が存在する。
つまり、魔法陣における図形の効果と、その構成の仕方さえ理解できれば、魔法の種類のみならず、魔法の威力、効果範囲、持続時間などをも自由に細かく設定できるのだ。
幸いにも、魔法陣についての専門書は家にあった。それこそが、膝の上にある『魔法陣入門』である。
本当なら、本をじっくり読み込んで、完全に理解したいところだが、残念ながら俺には時間がない。
そのため、魔法陣の基礎の部分と、今回の加工で必要になりそうな魔法陣をピックアップしただけに留まった。
今回、魔水晶に付与したいのは、任意のタイミングで魔力を出し入れできるような効果と、それ以外のタイミングでは、魔水晶の魔力を保持し続ける効果だ。
つまり、必要な魔法陣は以下の三つ。
・魔力を入れる魔法陣
・魔力を出す魔法陣
・魔水晶の中の魔力を漏らさない魔法陣
である。
これらの魔法陣はすぐに見つかった。どうやら、魔力を溜める魔法陣に広く利用されているらしく、専用のページにそれらを組み合わせた図形が掲載されていたのだ。
俺は、事前に挟んでおいた栞を目印に、そのページを開く。
さて、いよいよ作業開始だ。
まずは、水晶に魔法陣の形に溝を掘らなければならない。
問題は、どこにそれを作るか、ということだ。
一番簡単なのは、魔水晶の表面だ。
だが、使っているうちに魔法陣が剥げて、動かなくなってしまうのは避けたい。
というわけで、俺が考えたのは、魔水晶の中に、魔法陣を刻む方法だった。
普通に考えれば、魔水晶の中に魔法陣を刻むのは非常に困難だ。
しかし、俺には魔法という強力な道具と、精霊という強力な助っ人がいる!
レナ! 手伝って!
『妾の出番じゃな!』
俺は魔水晶の一つを、近くの平らな縁石の上に置き、右手を銃の形にする。
その指先を、あらかじめ印をつけておいた、魔水晶のちょうど中央にピタリと合わせた。
これで準備完了だ。それじゃあ、魔法を発動するぞ!
「『レーザー』!」
次の瞬間、細く赤い光が俺の指先から飛び出して、水晶を穿つ。
レナによって絶妙な威力に調節された細く鋭い光は、魔水晶の表面を撫でると、たちまちそれを蒸発させていく。
『レーザー』。光系統の魔法で、俺が最近開発した魔法だ。効果はズバリ、レーザーそのもの。前世だったら複雑な装置で作り出すようなものを、魔法で再現したのだ。
魔力消費量はそこまで多くはない。ただし、光を収束させるのがとても難しいのだ。現に、今、レナに補助をしてもらっている。
そのため、ランクをつけるなら上級魔法に相当するだろう。
『ウォーターカッター』ではなく、『レーザー』を使ったのは、ずばり、綺麗に無駄なく切断するためだ。
魔水晶を切断するときは、できるだけ切断面が綺麗になるようにしたい。そして、できるだけ多くの魔力を溜めるために、切断によって削られる部分も最小限にしたい。
その条件を満たすのが、『レーザー』だったわけだ。
ものの十数秒で、魔水晶の切断は終わる。欠片も出さずに、正確に二等分することができた。断面を研磨する必要もないくらい綺麗だ。
次はいよいよ、切断面に魔法陣を刻む工程だ。
一度刻んでしまったら、元に戻すことはできない。一回のミスも許されない。
さすがに一発で成功させる自信はあまりないので、まずは下書きをする。
俺はポケットから鉛筆を取り出すと、開いた本のページを見ながら、水晶に直接書いていく。
出入力の魔法陣、魔力を漏らさない魔法陣を、規則に従って魔力回路で繋ぎ、一つの大きな魔法陣を構成する。
なんだかこの作業、プログラミングとか、電子機器の回路制作とかに似ているような気がするな。
前世では幼い頃からロボット教室とかに通わされていたし、そういうのは得意な方だ。
「できた!」
下書きはすぐに完成した。さて、いよいよここから、本当にやり直しのきかない削り出しだ。緊張するなぁ……。
俺は一度大きく深呼吸すると、再び『レーザー』を起動する。
今度は、先ほどよりも威力をだいぶ弱めに設定し、適度な溝を掘っていく。レナの能力が無ければ、こんなことは絶対にできないだろう。
「ふぅ……できた……!」
数分後、俺は魔水晶の断面に、魔法陣を刻み終えた。
あとは、魔法陣の中に媒体を注ぎ込んで魔水晶を元通りに接着すれば、完成だ!
当然、魔法陣を刻むだけでは、魔法は発動できない。魔法陣の形に魔力が流れて魔法が発動するので、魔力を運ぶ媒質で魔法陣を描く必要がある。
その媒質は、魔力を通しやすい物質ほど、魔力ロスが少なくなって、より少ない魔力で魔法が発動でき効率が良い。
理論上は、魔法陣を魔力を通しづらいもので描いても、魔法を発動できることにはできるが、超大量の魔力が必要になる。
世間で使用されるもののうち、最も適した物質は、幻想金属の一種『魔銀』ミスリルだが、これは産出量が少なく、希少なのでそのまま使われることは少ない。一般には、ミスリルを少量溶かした物質がよく用いられている。
だが、今回使用する媒質はミスリルでも、それを溶かしたものでもない。
俺はポケットから小瓶を取り出した。その中には半分くらいまで液体が入っている。
今回使用するのは〜〜、こちら! 『地底湖の水』〜!
最初はこんなものが媒質になるのかと思ったが、エル曰く、十分に媒質としての機能を持つと。それも、ただの水ではなく、あの地底湖の水であることに、意味があるのだと。
地底湖のすぐそばには、魔力が大量に流れている地脈がある。どうやら、その魔力が漏れて、地底湖の底から湧き上がっているらしい。その結果、地底湖の水は、魔力を大量に含んでいるそうだ。
一般に、魔力を含む物質は、魔力を通しやすいという性質を持つ。地底湖の水も例外ではなく、普通の水に比べれば何倍も魔力を通しやすく、それは魔法陣の媒質に利用しても不足ないほどなのだ。
ちなみに、この水は、職員の人に分けてもらったものだ。そこまで量はないが、溝に垂らして魔法陣を構成するには十分だ。
俺は魔法陣が刻まれている魔水晶の面に、小瓶の水を慎重に降りかける。
『手伝います』
イアの協力で、削った部分に水を綺麗に入れることができた。
よし、あとはこれを元通りにくっつけるだけ。
というわけで、リン! よろしく!
『りょうか〜〜い』
俺は水をこぼさないように、魔法陣を刻んだ面を上に、魔水晶を水平に持つと、もう一方の魔水晶の平らな面をぴたりと重ね合わせる。
『いっくよ~~、えい』
リンのやる気がなさそうな声とともに魔法が発動した……のかな?
俺はそれを確かめるために、水晶の上半分を持つ。
水晶の下半分は、普通引力に従って落ちるはずだが、落ちない。
よし、成功だ! リンの魔法により、水晶の上面と下面がくっついたのだ。
マジで寸分の狂いもなく綺麗にくっついているな……。もともと二つに分かれてなどいなかったかのようだ。角度を変えると、魔水晶の真ん中にうっすらと魔法陣が浮かび上った。
「ふぅ……できた!」
全ての工程が終了した。これで、この魔水晶にキャパの限界まで魔力を溜められて、それを自由に出し入れできるはず! いわば、魔力電池だ。
これを使えば、テクラスとの往還で、魔力が足りないということもないはずだ。
だが、本当にそうなっているのかはまだわからない。
もちろん、作った本人としてはかなりの自信があるのだが、一応後でテストをしよう。
それでも、この魔力電池の製作が、さまざまな面で俺にとっての大きな一歩となったのは間違いない。
密談まで、あと五日。俺の計画は、着々と進行しつつあった。