地底湖に同行?
「ちていこって、あのちていこ?」
「ああ。前にクエストで行った洞窟で、フォルが落下した先にあったという地底湖だ。精霊ともそこで出会ったんだよな?」
「うん」
「今度、その地底湖について調査することになったから、案内してほしいんだ」
なるほど。俺出なきゃいけないのは、そこに行ったことがあるのが俺だけだからか。
すると、ルーナがバルトに尋ねる。
「……魔物はいないわよね?」
「ああ。もう洞窟にクォーツアントはいない。それに、フォルの話では、元々地底湖にはいなかったんだろう?」
「うん」
「今回の調査では、俺やフォルに加えて、護衛として腕の立つハンターも何人か連れていく。もし仮に魔物と戦闘になった場合でも、彼らに対処してもらう予定だ。だから、安心してくれ、ルーナ」
「……わかったわ」
ルーナは渋々認めてくれたみたいだ。
「ちていこの、なにをちょうさするの?」
「そうだな……一番の目的は、地底湖の魔水晶についての調査だ」
「ますいしょう?」
「ああ。そうだ。前に、フォルが話してくれただろう。地底湖の壁面や天井からは、巨大な魔水晶が生えている、と」
「うん」
「もしそれが本当で、なおかつ採掘できるなら、この街は一気に発展できるかもしれない」
バルトは、例えば、と話を続ける。
「前にも話したように、魔水晶には魔力を溜める性質がある。それを利用して、魔道具を作ったり、魔法陣へ魔力を供給するのに使ったりしているわけだ」
「うん」
「そして、魔水晶が溜められる魔力量は、その魔水晶の大きさにおおむね比例する。つまり、大きな魔水晶が採掘できれば、今まではできなかった強大な魔法を発動するのに使えるかもしれない」
「へー」
「例えば、現在この街の転移魔法陣は、遠くても王都までしか転移できない。だが、もし大きい魔水晶が採掘できれば、テクラスまで転移できるようになるかもしれないぞ」
「おー」
そのために、まずは調査をしたい、ということなのか。
『フォル』
すると、頭の中にエルの声が響く。
『もしかしたら、テクラスまでの往復、できるかもしれないっス』
ほ、本当か⁉︎ 思わず声に出しそうになって、俺は慌てて口をぎゅっとつぐんだ。
いったい、どういうことだ?
『魔水晶を利用するんスよ! 魔水晶には魔力を溜め込む性質があるっス。それに、地底湖に生えている魔水晶は、地脈の近くにあって、濃い魔力を常時浴びているっスから、大きさの割に、溜め込める魔力量が他のと比べて多いっス』
なるほど、つまりその魔水晶を電池みたいに利用することで、テクラスを往復するための魔力量を確保するってことか!
『デンチが何かわからないっスけど、そういうことっス! ただ、実際に往還できるようにするには、採った魔水晶をちょちょいと加工する必要はあるっスけど……。とにかく、魔水晶をある程度の量、確保しないと始まらないっスね!』
止まっていた歯車が、一気に動き出したような感じがする。
だが、俺の中にはある一つの懸念が浮かび上がっていた。
地底湖は、巨大な魔水晶が生えている場所だ。しかし、同時に精霊たちの故郷でもある。
もし仮に、地底湖の水晶が採掘されることになって、環境が悪化したら……精霊たちは住めなくなってしまうのではないか?
『心配には及びませんよ、フォルゼリーナ様』
すると、俺の懸念にイアが答える。
『精霊が生息するのに必要な条件は、空間内に魔力が充分量満ちていること、それだけです。魔力の供給源の地脈に手をつけない限り、魔水晶をいくら採掘しようが、精霊たちには何の影響もありません』
そうなのか。それならいいんだけど……。
「というわけで、フォルに来てほしいのだが」
「……いついくの?」
「一応三日後を予定しているが」
「わかった、いく」
というわけで、俺はもう一度、地底湖を訪れることになったのだった。
※
三日後。俺はバルトと一緒に家を出発し、集合場所である役所の前へ向かう。
役所の建物は、西洋風の城のような見た目をしていた。いや、城というより、大きな館といった方が正しいかもしれない。前世で例えるなら、ドイツのノイシュバンシュタイン城みたいな感じだ。
そういえば、バルトの職場に行くのは初めてかもしれない。バルトだけではなく、ルーナもそこで働いているはずだ。
「お、もう全員集まっているみたいだな」
その入り口前にある広場に、五人がグループをなしていた。そのうちの二人は、バルトと同じような貴族風の装いで、残りの三人はガチガチに武装している。
すると、貴族風の人のうちの一人がこちらに気づいた。
「おお、バルト様!」
「その子が、フォルゼリーナ様ですか?」
「ああ、そうだ」
「おはつのおめにかかります、フォルゼリーナ・エル・フローズウェイともうします。よろしくおねがいします」
その後、俺たちは簡単に自己紹介をする。
俺の予想通り、武装している三人は護衛のハンターだった。残りの二人は、それぞれ魔法省の職員と、魔道士協会という、魔道士や魔導師の組織から派遣された専門家だった。どちらも爵位を持つ貴族だ。
俺たちは馬車に乗り、現場に向かう。
しばらくの後、馬車を降りると、目の前には久しぶりに見る洞窟があった。
前回と一つ違うのは、現場に労働者の姿がある、ということだ。
すると、ちょうど一人の労働者が手押し車を押して、洞窟から出てきた。
その荷台には、さまざまな色の魔水晶がゴロゴロと積まれていた。
なるほど、あんな感じで魔水晶を採掘しているのか……。
すると、現場の労働者らが俺たちに気づいた。そして、バルトの姿を見ると、一斉に作業をやめ、こちらに礼をする。
「俺たちのことは気にしなくていい。作業を続けてくれ」
「ハッ、承知いたしました!」
そう言って、作業に戻っていく労働者ら。しかし、その動きはどこかぎこちなかった。
「さて、それでは中に入っていこう。フォル、よろしくな」
「うん」
というわけで、俺たちは作業員に混じって、洞窟の中に入っていった。
しばらく進むと、開けた空間に出る。クエストでは、回復要員として待機した場所であり、クォーツアントと戦ったところであり、そして奴らに吹っ飛ばされたところである。
どうやら、普段は労働者の休憩所兼魔水晶の一時集積所として使われているようだった。
俺は左を向く。そこには柵があり、その向こうには無限とも思える深淵が広がっていた。
「このした」
俺がそう言うと、バルト以外が『マジかよ……』と言いたげな顔をする。
何人かは、柵の前まで行き、下を恐る恐るといった様子で覗き込む。
「何も見えねェ……」
「フォルゼリーナ様、本当にこの下に、地底湖があるのですか?」
「うん。ある」
「それにしても、どうやって降りましょうか……。流石にこの断崖絶壁では……」
「大丈夫だ。方法は考えてある……。フォル、頼んだぞ」
「うん」
俺は皆の方に向き直る。
「みなさん、てをつないで、えんをつくってください」
「円?」
「うん。こういうかんじで」
俺は右手でバルトと手を繋ぐ。それを見たメンバーは、少し疑問を抱いているような面持ちをしながらも、手を繋いで、輪っかを形成した。
「つぎにじめんにつくまで、ぜったいにてをはなさいでください」
「わ、わかりました……」
「では、いきます。『フロート』」
俺は、自分を含む手を繋いだ人間を対象に、浮遊魔法を発動する。次の瞬間、全員の足が地面から離れ、宙に浮いた。
「おおお……」
「これが、浮遊魔法か……」
「浮いている、浮いているぞ!」
「オレは今、すごい体験をしている……」
俺は魔法を調節して、柵の上端より高いところまで浮上すると、柵を越し、それからゆっくりと降下する。
手を繋いで輪を作ったのは、浮遊魔法の対象を、『自分と手を繋いでいる人たち』という一つの『もの』にするためだ。それぞれをバラバラに浮かすとなると、人数が増えるごとにコントロールがどんどん難しくなってしまうが、この方法ならば、人数に対してさほど負担がかからないのだ。
「ひぃ……」
「なるべく、下は見ない方がいいかもな」
「ど、どれくらいで着くのですか……?」
「わかんない。でも、そんなにかからないとおもう」
そんなことを言っていると、不意に圧迫感がなくなった。
裂け目のような狭い穴が、急にグッと広がったのだ。
周りには、ぼんやりと光を放つ魔水晶。さっき見たものの数十倍もの大きさがある。
足元にはその光に照らされた青い湖。地底湖だ。
そして、その上には、たくさんの色とりどりの小さな光がふよふよと漂っていた。
精霊たちと出会ったおよそ一年前と、何も変わっていない光景が、そこには広がっていたのだった。
「すげぇ……」
「ラドゥルフの地下に、こんな場所があるとは……」
「こんなに大きな魔水晶、初めて見ましたぞ!」
「この光たちが、精霊なのか?」
「うん。かきゅうせいれい」
俺たちは地底湖の上を滑るように移動すると、湖畔の開けた場所に着陸する。
「フォル、ここが以前言っていた地底湖で間違いないんだな?」
「うん」
「わかった。それでは、調査を始めよう」
バルトの号令で、それぞれが調査を始める。
職員と専門家は、何か話しながら大きな瓶に水を汲んだり、近くの土壌を採取したりしていた。
一方、ハンターたちは、武器を手に持って周囲を警戒している。
主に、クォーツアントが出ないか見張っているのだろう。
「わたしは、なにをすればいいの?」
「特にやることはないが……、本などは持ってこなかったのか?」
「うん。じゃまだとおもって」
持ってきたものといえば、万が一魔物と戦闘になったときに使う、いつもの刀だけだ。
どうやら、俺にはこの場所への案内・輸送役以外の役割がないようだ。
すると、俺の中の精霊たちが声を上げる。
『ここは、私たちの故郷でしょうか……?』
『フォル! 外に出ていい?』
「ね、ジージ。せいれいたちをそとにだしていい?」
「ああ、いいぞ。戻る時間になるまでは自由にしてもらって構わない」
「わかった」
ということで、精霊たち! 外に出ていいよ!
『わーい!』
『ありがとうございます!』
『おお、帰ってきたっスね〜!』
『ふるさとだ〜〜』
『全然変わらないのぅ』
『待って〜みんにゃ〜!』
俺の胸元からポンポンと飛び出す六色の一際大きな光球。
彼らは地底湖の上を、縦横無尽に移動する。
ここは、元々彼らが暮らせるほど十分な魔力が満ちている。そのため、俺から離れて、俺からの魔力の供給が途切れても自由に活動できるのだ。
「バルト様!」
「どうした?」
すると、職員の人がバルトに声をかけた。暇な俺は、バルトにひっついていく。
「こちらの魔水晶なのですが……」
彼が手をついていたのは、岸辺に生えていた巨大な黄色の魔水晶。天井に向かってまっすぐに伸びているそれは、彼の身長よりも高い。最低でも二メートルはある。
「想像以上にすごい魔水晶です。この洞窟には何回か調査しに来ていますが、ここまで大きい魔水晶は初めて見ました」
「それに、魔力の密度もおそらく高い。おそらく、この空間の魔力の濃度が相当高いせいでしょうな。精霊たちもいるくらいでありますから」
「なるほど。つまり、もし採掘できれば、莫大な利益が見込める、と」
「ええ、それは確実でしょう」
「ただ、採掘するのには多少の困難がつくでしょうな。ここまで往復する手段、そして魔水晶を採掘する道具も用意せねばなりません」
「多少の時間とコストはかかるが、解決可能だろう。ここまでの往復には、浮遊魔法を使える魔法使いを雇うか、昇降機を設置すればよい。魔水晶を採掘する道具には魔道具を使用すればいいだろう」
バルトは満足そうに魔水晶を見上げる。
「欲をいえば、一つくらいこの魔水晶を持って帰りたいところだが……」
「それは流石に不可能でしょうな……。何せ大きすぎますし、手持ちの道具では、破片になってしまいます」
「ハンター諸君! これをそのまま採掘することはできるか?」
「それは流石に無理っスよ……」
「デカすぎますって」
「そうか……」
残りの一人も無言で首を横に振った。
俺としても、ぜひこの魔水晶を持って帰りたいところだ。というか、持って帰らないと困る! テクラスへ往復するためには、絶対に必要だってエルが言ってたからな!
でも、確かに専門家の人の言うことももっともだ。デカすぎて、そのままの形を保ったまま採掘するのは困難だろう。
……俺の魔法で何とかならないかな?
おーい、リン!
『ど〜〜したの〜〜』
ちょっと相談があるんだけど。
この魔水晶、形を崩さずそのまま持って帰れないかな?
『ん〜〜、根本の岩を壊せばいけるかも〜〜』
それ、できる?
『やってみる〜〜』
「ねえジージ」
「どうした、フォル」
「わたしがやってみてもいい?」
「いくらフォルゼリーナ様でも、それは流石に……」
「そうですぞ、この魔水晶、とても人力で採掘できるものではありませぬ」
「いや、やらせるだけやらせてみよう。フォル、よろしくたのむ」
「うん、それと」
「何だ?」
「もし、このますいしょうがさいくつできたら、すこしわけてほしい」
バルトが二人に確認すると、双方とも頷いた。
「じゃあ、はなれてて」
俺を含め、魔水晶から十分な距離をとる。
リン、お願い。
『りょ〜〜かい〜〜』
黄色の光球、地の上級精霊であるリンが、俺と魔水晶の間を浮遊する。
次の瞬間、魔水晶の根本の岩がボロボロと風化し始める。そして、細かい砂になって、サーっと湖へと流れ出した。
しばらくその光景を見つめていると、徐々に魔水晶が傾いていくのがわかった。
『倒れるから、浮遊魔法で、支えてね〜〜』
リンの声に、俺はハッと気づき、慌てて水晶に駆け寄る。そして、倒れる方とは反対側に抱きついた。
「『フロート』!」
ゆっくりと湖へ倒れていく魔水晶。俺は全力で自分と魔水晶に浮遊魔法をかける。
その結果、水面に接触する寸前に魔水晶の倒れる動きが止まった。
あ、あぶねー。セーフ。
それから、根本の方を高く浮き上がらせることで、魔水晶の全体を横倒しのまま、水平に宙に浮かせた。
そのまま湖畔の陸地の上まで移動すると、軟着陸。
「できた……」
「す、すごいですぞ、フォルゼリーナ様……」
「まさか本当に採掘してしまうとは……」
「お手柄だ、フォル」
本当にすごいのは俺じゃなくて、地精霊のリンだ。
そのリンは、というと。
『つかれた〜〜フォルに戻る〜〜』
そう言って、早々に俺の体の中へ戻ってしまった。
「二人とも、もう調査は十分か?」
「ええ」
「あとはこれを持って帰れば、完了ですな」
「そうか。フォル、これを地上まで持っていくことはできるか?」
「うん。できる」
「よし。では、帰ろう」
俺は精霊たちを体の中に戻し、他の皆を集めると、横倒しの魔水晶の上にまたがり、しっかりしがみつくように指示する。
そして、全員が乗ってしっかり掴まったのを確認すると、全体に浮遊魔法をかけ、俺たちは地底湖を後にしたのだった。