あの後、俺たちは伯爵邸に戻ると、シャルをテクラスにおいて、ラドゥルフへ戻った。
遺跡のトイレで聞いた、フリードリヒの『ハルクは、確実におしまいだな』という言葉。奴ら兄弟が何かを企んでいることは明らかだ。
しかし、肝心の何をしようとしているのか、ということがわからない。彼らが直接、ハルクさんに対して危害を加えようとしているのかもしれないし、ハルクさんの立場を悪くさせるような、何か重大な情報を知っているだけなのかもしれない。
とにかく、よくないことが起ころうとしていることは確実だ。
そして、その内容を知るヒントは、彼ら自身が言っていた。『十日後の同じ時間に、またここで』と。つまり、その時に同じ場所に行けば、彼らがそれについて話しているところに出くわせる。
問題は、そのことを誰に、どのように伝えればよいか、ということだ。
もし他の人を経由すれば、その人数が多ければ多いだけ、奴らにバレる可能性が高くなる。
それに、大勢の前で話すのも、余計な詮索をされてしまい、話がむやみに広がってしまうかもしれない。
一番良いのは、狙われているハルクさん自身に、二人きりの状況で伝えることだ。
それが最も、俺が話を聞いていたこと、それをハルクさんに伝えたことが、フリードリヒらに漏れないだろう。
しかし、テクラス滞在中に、それは叶わなかった。あの話を聞いた後、彼と二人きりになるチャンスは無かったからだ。
結局、その日中に俺がとれた行動は、シャルと二人きりになった隙に、簡単に警告することだけだった。
しかも、『フリードリヒさんとディートリヒさんが、ハルクさんに何かしようとしているから気をつけて』としか言えなかった。当然、シャルには不思議そうな顔をしたが、俺の真剣な表情で察したのか、何も聞き返すことなく『わかった』と言ってくれた。
だが、これだけでは明らかに情報不足。もっと詳しく説明する必要があった。
「ねえママ」
「なに、フォル?」
「つぎにテクラスにいくのはいつ?」
「次はシャルの結婚式の時よ。だから、一ヶ月後ね」
翌日、ルーナに次にテクラスに行くタイミングを尋ねると、彼女はそう答えた。
それでは遅すぎる! 十日後……いや、九日後に行われるであろう密談に間に合わない。
俺は床にひっくり返って駄々を捏ねる。
「やだやだ〜! もっとはやくいきたい〜!」
「だめよ! わがまま言わないの!」
ピシャリと言われてしまった。シャルには効果覿面だったのに、ルーナには通用しなかった。ちぇっ、ダメか……。
「あのね、フォル。テクラスに行くのにも、お金がかかるのよ。私たちは市民の税金で暮らしているわ。あなたのわがままで、そんなホイホイ行けるようなところではないのよ」
「……どのくらいかかるの?」
「片道で、一万くらいかしら」
「いちまん……」
確か、俺の口座に入っているお金は四千弱だったはず。一人で勝手に行くには圧倒的に足りない。
バルトも忙しそうだし、頼んでもノーと言いそうだ。彼らを説得して、次の密談までにテクラスに行くのは無理そうだった。
「……どうしよ」
「もしかして、忘れ物でもしたのかしら?」
「ううん、ただ、シャルにいいわすれたことがあって」
「それなら、手紙を出したらどうかしら」
「てがみ!」
そうか、その手があったか!
俺は、早速シャルに手紙を書こうと準備する。
が、最も重要なことを把握していないことに気づいた。
「ねえママ」
「何かしら?」
「でがみをだしてから、いちばんはやくテクラスにとどくのは、どのくらいあと?」
「そうね……だいたい半月後くらいかしらね」
それじゃあ間に合わない! 手紙もダメそうだった。
ちくしょう、インターネットがあれば、瞬時に通信できるのに……。なんて時代に生まれてしまったんだ!
俺は、二階のシャルの部屋に行くと、ドアを閉め、ほとんど帰ってこない持ち主のベッドにダイブする。
「どうしよ……」
フリードリヒらがことを起こすのは、早くとも九日後以降だ。しかし、情報があまりにも不足している。九日後の密談の内容を把握するのは必須だろう。
「フォルー、魔法の練習に行くわよー」
「……はーい」
もやもやした気分のまま、俺はベッドから降りると、階下へ向かったのだった。
※
バババババ、と爆音が野原に響き渡る。
その音源である俺は、上空三十メートルほどを、空気を切り裂いて飛行していた。
「フォルー! あまり遠くに行っちゃダメよー!」
「わかってるー!」
エルの風魔法で音声を捉えた俺は、眼下でこちらを見上げているルーナに向けて叫んだ。
もちろん、これは魔法の練習である。
『だいぶ慣れてきたっスね〜』
『いい感じいい感じ!』
火精霊、ルビの力を借りて、小規模の指向性のある爆発を連続して起こし、推進力を生み出す。
風精霊、エルの力を借りて、俺の周囲の風の流れをコントロールし、姿勢や進行方向を制御する。
飛び立つ際は、『フロート』である程度の高さまで浮きつつ、姿勢を整える。
これが、俺が開発した魔法、『マニューバ』。通称は飛行魔法、といったところだろうか。
エル、今の速度はどのくらい?
『毎時五十キロくらいっスね〜』
エルが教えてくれた速度は、厳密には正確ではない。なぜなら、あらかじめエルに教えていた時間の単位と距離の単位が、俺のなんとなくの感覚に依存しているからだ。それでも、だいたい合っているとは思う。
今は鳥くらいの速度だ。飛行機にはまだ全然及ばない。
まあ、ルーナに低速巡航に制限されているから、仕方がない。本気を出せば、もっともっと速く、それこそ飛行機と同じくらいの速度が出せるはずだ。
あーあ、『マニューバ』でテクラスと往復できたらな……。
『テクラスとは、どのくらい離れているっスか?』
家にあった地図には、王都まで約四百キロ、テクラスまで約六百キロって書いてあったな……。
『それだと、今のフォルの魔力量じゃあ全然足りないっスね。往路の途中で力尽きるっス』
マジか。俺の魔力量、今六千はあるんだけどなぁ……。
でも確かに、この魔法は魔力をゴリゴリ消費するし、高速巡航したらすぐに尽きてしまう気がする。
『どこかで魔力を補給できればいいのにねー?』
それがあったら、どんなにいいことか……。
最良の解決策は俺自身の魔力量を増やすことだが、あと九日で少なくとも二倍にしなければならない。そんなの無理だ。
もし仮に、休み休みで行くとしても、今度は時間の心配が出てくる。
現状、俺一人での外出は許可されていないので、俺が外出しているとバレないように、素早く往復する必要がある。
これもダメなのかなぁ……。
ため息をついて、俺は速度を落として着陸する。そして、ルーナのところへ歩いて行った。
「今日はもういいの?」
「うん」
「わかったわ。じゃあ帰りましょうか」
俺は魔法の練習を終えると、ルーナと家路につく。
「「ただいま」」
「おお、帰ったか」
玄関のドアを開け、中に入ると、リビングのソファにはバルトの姿。
「どうしたのお父さん、仕事は?」
「今日は早めに切り上げてきた。それよりも、フォルに頼みがある」
「たのみ?」
「うむ」
「ちょっとお父さん、まさかクエストじゃないでしょうね?」
すると、ルーナが目を釣り上げて、バルトに問いかける。
そういえば、俺にはルーナからクエストの受注を禁止されているんだった……。
しかし、バルトは首を横に振って否定する。
「いいや、今回はクエストではない。だが、絶対にフォルでないといけないことなんだ」
「それはなに?」
俺が問いかけると、バルトはその内容を口にした。
「フォルに、地底湖の調査に同行してほしいんだ」