「え? 固くてよくしなって、少し曲がっていて、刃が片方にしかついていない木剣? そんなのうちにないよ」
「だよね」
早速シャルに聞いてみたが、予想通りの回答だった。
「まちにうってたりしない?」
「う〜ん……そんな変な木剣、売ってないんじゃない?」
「……そうなんだ」
「まあ、行ってみないとわからないけど」
じゃあ、木剣を売っているところに行かないと。
「シャル」
「ん?」
「おみせにいってさがしたいから、つれてって!」
「……まあ、いいけど」
「やったー!」
よし、シャルの承諾も貰えた! 久しぶりの外だからテンションあっがるぅー!
外に出るのは、どれくらいぶりだろう……。確か、旅行直後にバルトと一緒に銀行に行ったのが最後かな? 約一年ぶりに家の敷地から出る計算になる。
大切にされていると言えば聞こえはいいが、悪く言えば、ただの引きこもりだな……。
「それで、いったいフォルは何をしようとしているのかなあ……」
「ん?」
「だって、そんな剣はフローズウェイ流剣術では使わないよ? この流派でそんな剣を振るったら、すぐに折れちゃうと思うよ」
「だいじょうぶ、わたしがつかうのは、べつのりゅうはだもん!」
「えっ?」
「さ、そとにいこ!」
「う、うん……」
俺はシャルの手を引いて、外に出かけるべく玄関へと向かった。
※
空は、見事なまでの夏晴れ。気温はかなり高く、カラッとした風が吹いて暑い。
俺はシャルと一緒に、ラドゥルフの街中を歩いていく。
周りの景色は、最後に見た時とはほとんど変わっていない。本当に懐かしく感じられる。
俺たちが向かっているのは、シャルが木剣を買う時にお世話になっているという店だ。
シャルも、昔バルトに連れられて、その店に行ったのだという。
場所が変わっていなければ多分まだそこにあるはず、とのことだ。
……シャルの記憶を信用してもいいんだよね⁉︎
王都の屋敷に着いた初日のことを思い出すと、なんだかすごく不安になるのだが。もう、あんなのはごめんだ。
もしもの時は、浮遊魔法という切り札を切って、浮遊して上から帰ることにしよう。
俺たちはラドゥルフの街の西側にある、商店エリアへと入ると、大通りから外れて比較的細い道を進む。
それにしても入り組んでいるなぁ……。シャル無しに歩いて帰れる気がしない。
「着いたよ」
そして、シャルはこぢんまりとした建物の前で立ち止まる。
目の前には、木製の扉が一つ。
その横には『剣、鞘、練習用木剣そろえております』という乱雑な文字の書かれた看板。
「こんにちはー」
シャルは、ギギギ、と木製のドアを押して中に入った。俺はその後ろを追う。
中は少し薄暗く、一瞬周りがよく見えなかった。しかし、暗順応した直後、周りに大量の剣や盾が並べられているのがわかり、俺は少し圧倒されてしまった。
店内には、いろんな種類の武器が揃っている。その奥には、店員がカウンターに肘をついて、ぼーっと暇そうにしていた。
「らっしゃいやせー」
やる気のなさそうな声。あんまり繁盛していないのだろうか。
シャルは店内を移動すると、あるコーナーの前で立ち止まって、じっくり見る。そこには『練習用木剣』と書かれたプレートが壁に打ち付けられていて、大きさも色も意匠もバラバラな木剣が並べられていた。
「この中にありそう?」
「うーん」
俺は一つ一つの木剣をじっくり観察する。しかし、俺の想像していた木刀は、そこには存在しなかった。
「……ない」
「そっか。一応店の人にも聞いてみるね」
シャルは受付へ向かうと、店員に話しかける。
「あのーすみません、実は……」
シャルは、俺から聞いた木刀の特徴を列挙する。
しかし、店員の返事は。
「そのような木剣はないですねー」
「そうですか……どうも」
店を出ると、俺はシャルに尋ねられる。
「どうする?」
「うーん……」
無いなら諦めるしかないのかなぁ……。
「ほかにほうほうはないかな?」
「……木材から自分で作るとか?」
DIYというやつだな。しかし、問題が二つある。
「そんなもくざい、あるかな?」
「さぁ……。わたしは木材には詳しくないから、わからないな……。それを扱っている店に行けば、わかるかもしれないけど」
「じゃあいこう!」
とりあえず行動だ! 行ってみないと何も始まらない!
「もくざいのみせ、シャルはしってる?」
「うん。知ってるよ。近くにあるから行こうか」
「うん!」
俺たちは路地から出ると、大通りを歩いていく。
「ねえシャル」
「ん?」
「もくざいのみせ、かこうもしてくれるかな?」
「うーん、まあ頼めばやってくれるんじゃない?」
もう一つの問題は、木材の加工をしてくれるかどうかだ。もし目的に見合った木材を手に入れられたとして、それを俺が想像した通りの木刀に仕上げられるかどうか。
一番良いのは専門家にやってもらうことだが……。俺が作ろうとしているのは、この辺には存在しないものみたいだし、もしかしたら自分で加工する必要があるかもしれない。
「着いたよ」
目の前にあるのは、天井の高い建物。開放された大きな出入り口からは、四、五メートルはあろうかと思われる木材が、ずらっと立てられているのが見える。品揃えも立派みたいだし、ここならもしかしたらお目当ての材料があるかもしれない。
俺たちは、早速店に入って、木材の海をかき分けながら、どんどん店の奥のへ進んでいく。
そして、一番奥へ到着したところで店員を発見。シャルが事情を説明する。
「……それで、そういう木材はありますか?」
「うーん……。そうですね……」
店員も、かなり困惑している。やっぱり、木刀を作るのは無理なのか……。
「多分、うちにあるものの中だったらアレが一番ピッタリかな……」
「アレ?」
「こっちへどうぞ」
俺たちは店員についていく。
彼が一直線に向かったのは、他の木材が置いてある場所とは少し違ったところだった。
今まで俺が見てきたこの店の木材は、無造作に壁に立てかけられていた。
しかし、この場所に置かれているものは、床に横たえられている。しかも、一本一本にカバーがかけられていた。VIP待遇である。
俺たちが見る中、店員はそのうちの一つを指さした。
「これは『レグの白木』と言って、おそらく条件に最も合う木材だと思います」
「『レグの白木』?」
「『レグの白木』っていうのは、この街から南西に歩いて十日くらいの場所にある、レグという村の周辺に生えている木です。レグの村は南方にあるラドゥルフ山脈の北麓にあり、そこに生えている木は他には生えていない、希少なものなんです」
「へえ~」
同じ州内にそんな場所があるんだ。トリビアを得てしまった。
レグの木の見た目は白樫に似ている。確か、木刀の材料にも白樫ってよく使われていたはずだ。それなら、この木でも木刀を作れるかもしれない。
それに大きさも申し分ない。横の長さは五メートルくらいだ。厚さも木刀を作り出すには十分ある。何個かスペアも作れそうだ。
さて、気になるのはそのお値段だ。
「ねだんはいくらですか?」
「二万五千セルになります」
「に、二万五千⁉」
シャルが素っ頓狂な声を上げる。二万五千と言ったら……二十五万円! 木材の相場がどれくらいなのか知らないが、かなり高額だ。
「そ、そんなにするんだ……」
「この『レグの白木』はレグ周辺でしか取れないんです。それに大きさ的に、転移魔法陣では運べないんです。もし王都で同じものを買おうとしたら、輸送費の分、もっとお値段が張りますよ」
「……これよりおおきさがちっちゃいものってありますか?」
「うーん、うちにはないですね……」
「『レグの白木』以外で、さっきの条件に合う木は他にありますか?」
「……僕の知っている限りではないですね」
「そうですか……」
どうやらこの木材を買うしかなさそうだ。
「ところで、このおみせは、もくざいのかこうはしてくれますか?」
「一応やっていますが、小さく切ったり大まかに形を整える程度ですね。ウチはどちらかといえば、木材で製品を作る職人の方向けの店なので。もし細かい加工や組み立て作業が必要なら、そちらに依頼してください」
となれば、この店で木材を木刀に加工してもらうことは難しそうだ。しかし、木材本体は俺の口座に入っているお金で買える。
でも、もし加工を他人に頼んだとして、俺の思い通りの木刀ができるとは限らないんだよな……。
それに、さっき訪ねた武器の専門家である武具店の人が知らないということは、この国には、おそらく木刀という概念がないのだろう。
ならば、自分でなんとか加工した方が、より満足度の高いものができるんじゃないか?
幸い、俺には魔法という便利なツールがある。『中級編』や『上級編』を調べれば、木材加工に適した魔法も見つけられるはずだ。
「フォル……もしかしてこの木材、買うつもり?」
「うん」
「……お金はどうするの?」
「だいじょうぶ。ある」
それに、この店には、レグの白木はこの一本しかないみたいだ。希少な木だってさっき店員も言っていたし、これを逃せば、次はないかもしれない。
俺は店員に言った。
「これください」
「まいどあり」
というわけで、俺は思い切って、レグの白木を買ったのだった。