刀オタク。
アニメオタク、漫画オタク、鉄道オタクなどと同じく、オタクの一種だ。刀が大好きなオタクである。
俺が前世で通っていた高校には、その刀オタクがいた。しかも、クラスメイトに。
人に流されるまま、受動的な生活をしていた俺は、新学期が始まってからすぐに、受動的な俺の性質をそいつに見抜かれた。
そして、そいつはオタクの本領をいかんなく発揮し、俺を家に連れ込み、様々な知識を俺に仕込んだ。
刀の種類や、刀の見分け方、刀の名前はもちろん、刀の歴史や刀の作り方までも仕込んできたのだ。
俺は流されるまま覚えたのだが、死んで転生しても、いまだに大部分を覚えている。
それほど、刀オタクは熱烈だったわけだ。
いや、もしかしたら、実は俺も、案外刀にはまっていたのかもしれない。
しかし、俺は刀の知識を仕込まれながら、こんなのどんなところで役立つんだ、と常に疑問に思っていた。
別に、日本は戦争がしょっちゅう起こるような、世紀末のような場所ではない。それに、もし戦いが起こったとしても、今の主流武器は、銃やミサイル、核爆弾などだ。刀で戦うなんて時代錯誤もいいところだろう。
そう思っていた頃が、俺にもあった。
まさか、この知識が生かされるときが来るとは、夢にも思っていなかった。
※
俺たちが住んでいるこの家の敷地内には、普段過ごしている母屋、魔法の練習をする庭の他にも、剣術の練習場がある。
屋根のついた、母屋よりずっと小さなその建物には、つい最近まで入ったことがなかった。
しかし、ここ数日、俺はその建物で、シャルのもとで身体強化魔法を使った剣術の練習をしていた。
約束通り、シャルは体づくりと並行して、剣術を教えてくれるようになった。
とはいえ、実際に剣を交えるような指導をし始めたわけではない。まずは剣の握り方、振り下ろし方、そのときの姿勢など、本当に基礎的なところからだった。
しかも、その間、ずっと身体強化魔法を発動しっぱなしにしないといけない。高い集中力を保たないとすぐに魔法が切れて、木剣を落としてしまう。それに、魔法の練習も別に行っていたため、実際に剣を握っていられる時間は、想像以上に少なかった。
しかし、それでも確実に俺はステップを踏んでいき、約三ヶ月が経過する頃には、実際にシャルと木剣を打ち合う訓練を始められた。
木剣を体の目の前に構えて、静かにゆっくり深呼吸。
冷たい空気が、俺の肺の中を満たして、出ていく。
そして、俺は勢いよく足を踏み出した。
そのまま、目の前のシャルに斬りかかる。
「イヤアアアアアァァァァァッッ‼」
そして、俺の木剣の刃が、シャルの体に届こうとした、その刹那。
シャルがいつの間にか、俺の剣を受け止めていた。
はっ⁉︎ はやっ⁉ 今の見えなかったよ⁉
俺は、反射的に剣を引いて思いっきり後ろに下がった。
そして、息を整える。
「だからー、それがダメなんだって」
「……あっ!」
そう言われて、俺は今更ながら思い出した。
今俺がシャルから教わっているのは、俺の姓を冠している流派、フローズウェイ流剣術だ。
その特徴は、押して押して攻めまくる、ということ。思想的には、薬丸自顕流とか、示現流が少し近いかもしれない。
しかし、俺は全くといっていいほど上達しなかった。
なぜならば。
「やっぱりさ、何かフォルの剣ってクセがあるんだよねー。少し引きながら振ってるよね? そんなことしないで、勢いよく押し切っちゃえばいいんだよ」
シャルからこの言葉を言われたのはもう何回目だろうか。
しかし、さんざん言われても、俺はいまだに直せずにいた。
「からだがかってにうごいちゃうんだもん」
「もう……。練習にならないよ〜」
シャルが呆れたように、言い飽きた感じでやれやれと言う。
そんなこと言ったって、動いてしまうのは仕方がない。
俺の魂の無意識の部分に刷り込まれてしまったから、直すのが難しいのだ。
間違いなく、あいつの特訓のせいだ。
あああ、くっそおー! ホントにいろいろやってくれたなぁ、マジで!
俺が今行っているのは、相手に一撃を浴びせる動作の実践練習。
やり方は簡単。俺が木剣でシャルに打ちかかって、一撃を浴びせてすぐに間合いを取るだけだ。
シャルはこれでもフローズウェイ剣術の免許皆伝を持っている。
そのため、剣術初心者のきっと俺が本気でかかっても、全く歯が立たない。
だから、安心してシャルに本気の一撃を浴びせることができる。どうせ防がれるからね。
しかし、困ったことが一つだけあった。
この練習で一撃を浴びせたとき、俺はどうしても剣を引いてしまうのだ。
フローズウェイ流剣術は、押して押して押しまくる攻めの剣術。それに、俺が持っているのは両刃剣。
だから、本当ならここでは剣を引かずにさらに力を加えて、叩き斬ろうとするのが正解なのだ。
しかし、俺にとって剣の振り方を習うのは、これが初めてではない。
正確には、最初に習ったのはこの世界ではなく前世だし、振ったのは剣ではなく刀だが。
その時に刷り込まれたやり方を、体が勝手に実行してしまうのだ。
これまで何十回からやってきたが、もはや直しようがないのではないか、と俺は諦めかけていた。
もし、剣を習うのが初めてならば、まだ改善する余地はあっただろうが……。
そうこうしているうちに、俺の魔力に限界がきた。思わず、身体強化魔法を解除してしまう。
その瞬間、身体中にグンと凄まじい疲労感が押し寄せてきた。俺は、木剣を床に放り投げるようにして置く。
「うっ、まりょくぎれ……」
「そっか……。じゃあ、今日の練習は終わり。早く夕食にしよう」
「……ありがとうございました」
やっぱり、今日もだめだったか……。
俺は、木剣をシャルに渡すと、シャルの後を追ってダイニングへ向かうのだった。
※
翌日。
俺はこの癖をどうにか直すべく、魔力総量増加の訓練をしながら考えていた。
今は、浮遊魔法で地面から五十センチほど上をプカプカと浮遊している。
ついでに、俺の思考もぷかぷかしている。
本当に、どうしようもないんだよなー。
俺は空中で胡坐をかき、ゆっくり縦方向に回転しながら考える。
やっぱり、癖を直すには、むりやり意識し続けるほかないのかな……。
しかし、前世で教えられた剣術の特徴は、何もそれだけではない。きっとこれからの練習でも、フローズウェイ流剣術とバッティングしてくる部分がたくさんあるだろう。
その度に直すとなると……なんだかキリがないように思えてくる。
そこまで思考を進めると、いつの間にか俺は上下逆さまの格好になっていた。
空の青が下に見えるー。わー。
その時、俺は気づいてしまった。
別に、フローズウェイ流剣術にこだわらなくてもよくね?
だって、俺は既に前世で刀オタクに、日本の剣術を仕込まれているのだから。
俺の本来の目的は、魔法以外に戦う選択肢を持つこと。フローズウェイ流剣術ではなく、前世で身につけた剣術を磨くことでも、その目標を達成できる。
その考えに到達すると、停滞していた思考が一気に加速していく。
刀でやるなら、練習の時に木剣ではなく木刀を使う必要がある。木剣でも代用できないことはないだろうが、刃のつき方や構造などがあまりにも違いすぎる。なるべく木刀でやった方がいい。
しかし、俺の家には木刀と呼べるものはないだろう。なぜなら、この家が使っているのは、フローズウェイ流剣術なのだから。
もしそうなら、どこかから手にいれる必要があるだろう。
えーっと……、まず、木刀ってどんな特徴があったっけ。
確か、日本刀は少し湾曲しているんだよな。
刀身は結構固い。それでいて、少ししなっており、刃は片方だけについている。
木刀は日本刀を木で作ったバージョンなので、その特徴はだいたい一致している。
つまり、俺が手に入れるべきなのは、固くてよくしなり、少し湾曲して、刃が片方についているような木剣だ。
まずは、それが家にあるかシャルに聞くところからだ。
俺は、ちょうど一回転を終えたところで着地すると、魔法の練習を切り上げて、家へ走っていくのだった。