約半月後。俺は身体強化魔法をかなり使えるようになった。
身体強化魔法を使いながら体の動きを確認した結果、基本的には魔力を注ぐ量に比例して、身体能力が向上していくことがわかった。
足に魔力を込めれば、一歩一歩のストライドが大幅に広がったり、自分の身長と同じくらいの跳躍ができるようになったりした。手に魔力を込めれば、握力が上がった。腕に魔力を込めれば、腕力が向上した。
ただし、俺の体がそれに耐えられるかは別の話だ。魔力を込め過ぎて、肉離れしかけたこともあったので、やりすぎは厳禁だ。
それでも、身体強化魔法の効果は絶大だった。すでに何分間か連続して発動することも、部位ごとに細かく区切って発動することもできる。これを使えば、木剣を持ち上げるのも、それを振り下ろすのもは余裕だろう。
そう確信した俺は、改めてシャルへお願いをすることにした。
「おねがい!」
「だーめ」
練習後、木剣を握らせてほしいと頼むと、シャルは考えるそぶりすら見せずに跳ね除けた。
「なんで!」
「だって、今のフォルじゃ、どうせ木剣をまともに扱えないでしょ?」
「そんなことない〜!」
ムキー! と俺は足をドンドンと地面に打ちつける。
絶対できるのに! できるレベルまで身体強化魔法を練習したのだから!
ならば仕方ない、奥の手だ。
「やーらーせーてぇぇええええー!」
「うるさっ……!」
俺は地面にひっくり返ると、手足をジタバタさせて駄々を捏ねる。
しかし、前回のように、これでシャルが簡単に折れてくれるとは、正直思っていなかった。
あれは、最初が最大の効果を発揮する。すでに一度見せてしまった以上、前回ほどの効果は見込めない。
シャルだって、ここでまた折れたら俺が味を占めて、都合が悪くなったら駄々を捏ねるようになってしまう、と思って、強気の姿勢を見せるかもしれない。
だが、今回は自分の体に絶対の自信があった。木剣を握らせてくれるまで、意地でも続けてやる!
俺は長期戦を覚悟したのだが、意外にもシャルはあっさりを折れた。
「あーもー! わかったから! 今回だけだからね! 次は無いよ!」
シャルは呆れたように言い放つと、家の中に一旦戻る。
そして、一分ほどすると、木剣を持って戻ってきた。
「じゃあ持ち上げてみて」
シャルは芝生の上に木剣を放ると、俺にそれを持つように指示する。
よし来た! シャルに、俺が木剣を扱えることを示す絶好のチャンス! これを逃せば、次は無いかもしれない。
バクバクする心臓の音を感じながら、どこか浮ついた気持ちで、俺は木剣の柄を両手で握る。
落ち着け……。何度も練習した通り、いつものようにやればいいんだ。
俺は、無言で身体強化魔法を発動する。そして、一息に木剣を持ち上げた。
「よっ」
あれだけ重かったはずの木剣は、まるで発泡スチロールを持ち上げているかのような感触に変わっていた。
握力と腕力が十分に強化されているため、回転しようとする力に負けずに、俺の腕は木剣をしっかり支えられている。腕も震えていない。
顔を上げると、シャルは俺の手元をいつになく真剣な眼差しで見つめていた。これほど真剣な表情を見るのは初めてかもしれない。いつものおちゃらけた感じではなく、何かを見極めようとしているような、そんな雰囲気を感じた。
「……フォル、剣を振ってみて」
「うん」
俺は、剣をゆっくりと振り上げる。やはり、俺の体重がそこまで重くないせいか、完全にはブレを抑えられていない。しかし、半月前とは違い、剣に振られることなく、しっかりと意図した通りの動作ができている。
俺は剣を真上に振り上げた状態で静止する。
「せいっ!」
そして一閃。真上から真下へ勢いよく振り下ろす。
体重を乗せた一撃が空気を切り裂く。そして、地面に先っちょがつく前に、剣を止める。
手首にかなりの負担がかかるが、許容範囲内。難なく停止させることができた。
ふぅ、と息を吐き、俺は楽な姿勢になる。
果たして、シャルの反応はどうだろうか?
そう思って、シャルの方を見ると、先ほどと表情を変えず、俺の方を見ていた。しかし、何かを考えているようで、彼女の視線は、視覚に意識を振り向けていないような印象を受けた。
しばらく静かな時間が流れる。
「……フォル、いったい何をしたの?」
やっとシャルが口にした言葉は、それだった。
そりゃそうだ。半月前まで剣もまともに振れなかったのに、急にこんな動作を見せられたら、何か裏があると思うわな。
俺はごまかすことなく、正直に答えることにした。
「しんたいきょうかまほうをつかった」
「身体強化魔法……ねぇ……」
シャルはまた無言になる。
も、もしかしてダメだったか……? シャルのことだから、魔法なんかでごまかさず、しっかりと自分の本来の力だけで剣術に臨むべし! とか言いそうだよなぁ〜。
ドキドキしていると、シャルは突然天を仰いだ。
「うーん、身体強化魔法かー! 先にそっちにいっちゃったかぁ〜。どうしようかなぁ……」
表情は見えないが、その声からは困惑が読み取れる。
今の言葉から推測すると、シャルはおりを見て俺に身体強化魔法を教えるつもりだったのだろう。そして、それを教えることを含んだカリキュラムを作り、今まではそれに沿って進めていた。しかし、予想外にも、俺が身体強化魔法を先に身につけてしまった、と。
もしそうならば、なんだか悪いことをしたなぁ……。身体強化魔法を身につけたのは、ただただ剣を早く握りたいがため。かなり不純な動機だ。
シャルの頭の中では、予定が崩れてしまい、教える順番や内容を練り直しているのかもしれない。
「よし、わかった」
すると、シャルがパンと手を叩いた。俺はその音に、思わずビクッとする。
いったい何を言われるのか……。
「フォルがもう身体強化魔法を身につけているなんて、予想外だったよ。本当なら、体ができて、剣の基礎動作をある程度教えてから、お姉ちゃんに頼んで指導してもらおうと思っていたんだ」
俺の予想は当たっていたようだ。カリキュラムをぶち壊してしまったようで、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「だけど、剣が振れるようにさえなれれば、基礎動作を教える段階に進んでも、一応問題はないはずなんだよね。それがたとえ、身体強化魔法の助けを借りていたとしても」
ということは……?
「まあ、早いことに越したことはないから、フォルがやりたいなら、剣技を教えてもいいかなって」
「やったー!」
「ただし!」
鋭い声で、シャルが俺の声に被せてくる。
「体づくりは継続して行うからね! 身体強化魔法頼みで剣術をするなんて、もってのほか。いずれは、魔法なしでも十分戦えるようにならなきゃいけないんだからね!」
そうだ。元々俺が剣術を身につけようと思ったのは、魔法が使えないときに身を守る術を身につけるため。シャルの言う通り、身体強化魔法ありきの剣術なんて、意味がない。本来、身体強化魔法は剣術において、プラスアルファの役割に過ぎないのだ。そこを履き違えてはいけない。
「わかった、フォル? だから、体づくりのときに身体強化魔法を使っちゃダメだからね」
「うん」
「……よし、じゃあ、明日から、早速実際に剣を振る練習をしていこうか」
「うん!」
こうして、条件付きではあるが、俺は剣を振る練習を始めることになったのだった。