「よし、はじめるか!」
庭の開けた場所に出た俺は、レグの白木を前に、木刀づくりの開始を宣言した。
昨日、俺は有り金をほとんど使ってレグの白木を購入し、浮遊魔法で運んで家に持ち帰った。
そして、自分の力でこの材木を木刀へ加工することにしたのだった。
今、俺は何にも道具を持っていない。
だが、道具なんて必要ない。
なぜならば! 俺には魔法があるからだ!
俺は、昨日これを持って帰ってから、本で加工に適した魔法を探した。
そして見つけたのが、この魔法。
「『ウォーターカッター』」
次の瞬間、チョップの形にした俺の右手の中指の先から、勢いよく水が吹き出た。
その水流は地面に当たると、芝を抉り、土を掘り返し、どんどん穴を大きくしていく。
水系統中級魔法『ウォーターカッター』。魔力消費量は百五十。水を勢いよく噴射して、物を切断する魔法だ。
この魔法は、魔力を注げば注ぐだけ、魔法の効果が正比例する。
つまり、発動できる最小の魔力消費量である百五十しか込めないと、せいぜい薄い紙を切ることくらいしかできない。しかし、もっと大量の魔力を注げば、金属でさえも切れるようになるのだ。
俺は今回、魔力をできるだけ節約するために、魔法の効果範囲を狭くして、威力を上げる方法をとった。こうすることで、より効率的に魔力を使うことができる。
「『フロート』」
俺は、まず浮遊魔法で木材を浮かせる。
そして、「『ウォーターカッター』」と唱えて、水の刃を創り出した。
二つ同時に魔法を発動する、二重発動(ダブルキャスト)ができるようになったのも、ここ最近の魔法の練習の成果だ。
まずは、大きい木材から小さなブロックを切り出す。大きい方はそのまま浮かして、小さい方を地面に下ろした。
長い木材から直接木刀を作るのはやりづらい。それに、もし加工に失敗したとき、全体がダメになってしまうことも避けなければならないのだ。
俺は木材をいくつかの小さいブロックに切断し終えると、それらを拾い集める。
次はこれに線を引いて、その通りに切って、それから磨いて……。
完成までかなり長い時間がかかりそうだったが、俺はそんなことを微塵も感じず、むしろ無性にワクワクして、木刀作りに没頭していくのだった。
※
「で、できた……」
約一ヶ月後。大量の木屑と木片が散らばる、俺の目の前の地面には、一振りの木刀があった。
思ったよりも、かなり時間がかかってしまった。当然、俺は木材加工なんてやったことのないトーシロ。作っていく過程で、致命的な失敗を何度もしてしまった。
なんとか完成したものの、結局、買った木材はほぼ丸ごと使い切ってしまった。本当に足りてよかった……。
だが、そんな試行錯誤を繰り返してできたものは、十二分に納得のいく、俺専用の木刀だった。
俺にぴったり合うよう、何度も手で握ってみて、ミリ単位の調節を繰り返しながら削り出した、世界で唯一無二の木刀。形を作った後は、余ったお金を全て使って買った、やすりやニスで仕上げた。文字通り俺の資金全てを注ぎ込んだ一品だ。
俺は身体強化魔法を発動すると、木刀を手に取って振ってみる。
「……いいかんじ」
全く問題ない。さっき完成したはずなのに、長年使い込んできたかのようだ。それくらい、俺の体に、この木刀は馴染んでいた。
これなら大丈夫そうだ。早速明日から使ってみるか!
そう心に決めて、俺は庭に散らばった木屑の片付けを始めるのだった。
※
数日後、俺は、剣術の練習が始まる前に練習場に入ると、今日も木刀を扱う練習を始める。
ふぅ、と息を吐き、木刀を中段に構える。
頭の中が自然と切り替わる、懐かしい感覚。
世界を越えても俺の中に残る感覚に逆らうことなく、俺は木刀を降り下ろす。
初めは直線的な素振りをしていたのだが、次第に足運びを意識した、力のこもった素振りへと変わる。
気がつくと、かつて前世で行っていた型稽古を、体が勝手になぞっていた。
縦斬り、横斬り、切り上げから切り下げに繋げる。切り払いの途中で軌道を変化させ、水平に一回転。遠心力そのままに、もう一回転して切り下げる。
何も考えなくても自然と体が動く。前世で散々叩き込まれた流れが呼び起こされる。
頭の中から雑念が取り払われていき、思考がクリアになる。
俺の動きは、時間とともに速く、鋭く研ぎ澄まされていく。木刀が俺の体に馴染み、まるで体の一部かのようにさえ思えてくる。
そして、ついに俺は大技の発動に踏み切る。
七之宮(しちのみや)流中伝・藍玉七光閃(らんぎょくしちこうせん)。
脳内でそう呟いた次の瞬間、七つの剣閃が迸る。
もし、正面に人がいたなら、その人は両手両足が根元から断ち切られ、頭部を斬られ、胴体がクロス型に裂かれていただろう。
木刀を動かし切ると、俺は動きを止めた。
「ふぅ」
一息ついて、そのままゆっくりと構えを解く。
あー、いい汗かいたー。
俺は腕で額の汗を拭うと、木刀を降ろして、お尻からドスンと座る。
刀を振る久しぶりの感覚。正直言ってまだ違和感は残っているが、大体の感覚は呼び戻せた。
このままいけば、近いうちに完全に感覚を取り戻すことも可能だろう。
確かな感触を振り返っていると、不意に手を叩く音が聞こえた。
そこには、いつの間にかそこにはシャルの姿があった。
全く気づかなかった。もう剣術の練習の時間になっていたのか。
一方、熱烈に拍手をしているシャルの表情は、真剣そのものだった。
そして、ぽつりと一言。
「凄い」
俺はその言葉がお世辞でも何でもなく、シャルの本心だと直感的にわかった。
シャルは、フローズウェイ流の剣術を極めたと言っても過言ではない、剣の使い手だ。
そのシャルが、『凄い』と言った、ということは、それほど俺の剣術ができていたのだろう。
俺はただ、アイツの教え通りに体を動かしただけだ。つまり、この流派はトンデモでもではなく、アイツの言っていた通り、マジで実用的な流派だったんだな……。
そして、シャルは改まったように俺に向き合うと、こう言った。
「フォル、手合わせ願おう」
「えっ?」
余りにも突然だったので、俺はマヌケな声を出してしまう。
手合わせ……? 戦うってこと……?
「でも、まだけんじゅつは、ならっているところだけど……」
「フローズウェイ流剣術じゃなくて、今フォルが使ったやつ。それで戦ってほしい」
「……」
「身体強化魔法を使っていいから、手加減なしで、わたしと戦ってほしいんだ」
「……わかった」
ただならぬシャルの雰囲気に押されて、俺は手合わせを承諾したのだった。
※
俺とシャルは相対する。
互いに木剣・木刀を構えて、相手をしっかりと見据える。
シャルは本気ではないかもしれないが、俺は本気で戦うつもりだ。
この七之宮流剣術が、そして今の俺がどのくらいシャルに通用するか、しっかりと見極めるためだ。
シャルには負ける可能性は大きいが、もしかしたら、ワンチャン、勝てるかもしれない。
俺は身体強化魔法を発動して、大幅に身体能力を高める。
次の瞬間、俺はシャルに打ちかかった。
「うおおおおぉぉぉ‼」
思いっきりシャウトしながら、俺は地面を蹴り、シャルに肉薄する。
そして、上段に構えた刀を振るう。
七之宮流剣術中伝、藍玉七光閃。
さっきの練習で動きを確認した技だ。
しかし、どうやらシャルはそれを見ていたらしく、慌てることなく俺の七連撃を見事なまでに捌いて見せた。木剣が木刀を滑るように受け流していく。
俺は一旦下がると、次なる技を繰り出す。
きっと中伝ほどの技ではあっさりとシャルに対処されるだろう。
そのため、俺はより高難易度の技である、奥伝を浴びせることにした。
「せいッ!」
俺はシャルに六連撃を浴びせる。
七之宮流奥伝、桜吹雪。
これが真剣で相手が非武装の人間なら、そいつは体の中心からいくつかの肉片に裂けてしまうことだろう。
しかし、これもシャルは、神憑った反応速度で俺の連撃を防ぐ。
今度はシャルの方が一旦距離を取る。彼女は目を細め、木剣を構え直した。
お遊びでも何でもなく、本気の真剣勝負だ、という態度が伝わってくる。
俺は下がらずに、木刀を流れるように動かし、次の技へとつなぐ。
上から下へと左右に分岐しながら切り裂く八連撃。
七之宮流奥伝、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)。
しかし、これもシャルに防がれる。
だが、今回はかなりぎりぎりのようだ。それだけ、俺の技がシャルに迫っているということなのだろう。
そして、シャルが初めて反撃に転じる。
流れから木剣を中段に構え、そして木剣を横に薙ぎ払う。
シャルの力はとても強い。身体強化魔法で体を強化していても、まともに受ければことごとく吹き飛ばされてしまうだろう。
だから、俺は技術で立ち向かう。
「……っ!」
七之宮流奥伝、迅雷。
相手の力をそのまま自分の刀に乗せて、反撃するカウンター技。
シャルは、木剣を振り切った格好のままだ。
木剣で防ぐのは絶望的だろう。
そう思っていたのだが、シャルは俺の木刀を回避した。
驚異的な反射速度と身体能力で、床に伏せたのだ。
うっそだろ……。流石に一撃は入ると思っていたんだが……。
俺が驚いていると、シャルは体勢を瞬時に立て直し、流れるように俺との間合いを詰めた。
ヤバい……! 俺は反射的に木刀で、シャルの木剣の軌道を塞ぐ。
激突。
ギリギリ間に合ったが、全力の身体強化魔法にもかかわらず、俺の木刀は、シャルの木剣に微妙に押し込まれつつあった。
このまま鍔迫り合いに持ち込まれたら終わりだ、と俺は悟る。
体格と身体能力の差で競り負ける。
俺の予想通り、シャルは一気に体重をかけてきた。
「うおおおおおおおお!」
俺は、残り少ない魔力を全て身体能力強化につぎ込む。
もう後先なんか考えない。このワンプレーですべての勝負を決める!
一気に力がみなぎっていく感覚。
今まで押されていたのが、逆転する。
俺は歯を食いしばりながら、シャルの木剣を押し返す。
木刀と同じように、全身がギシギシとうなる。
俺はその痛みに必死に耐えながら、歯を食いしばる。
くそっ、ここで負けてたまるか!
俺は瞬間的に魔力を全開放して、木剣を払う。
シャルがその勢いに驚いたような表情を浮かべ、俺の力に負けて後ろに下がる。
そして、彼女は一瞬だけ体勢を崩す。
勝負を決めるならここだ。今この瞬間の身体なら、シャルに肉薄して、木刀をシャルの首筋に当てることは可能だ。
俺はそうしようと、一歩を踏み込んだ。
しかしながら、それが限界だった。
グッと全身から力が抜けるような感覚。俺は、踏み込んだ足から崩れ落ちそうになる。
身体強化魔法が解除される……! 魔力を使いすぎたのだ。
息切れがして、腕にずしりとした重みが来る。
ああ、身体強化魔法を使わない俺はこんなに弱っちいんだ。
全身から力が抜けていくのを感じる。
でも……、俺はここで勝つんだろ!
シャルに勝って、俺と七之宮流剣術の強さを証明してやるんだ!
俺は気を奮い立たせて、最後の魔力を振り絞り、無理やり身体強化魔法を発動させる。
再び、力がみなぎっていく感覚。
ここさえ乗り切ってしまえば、あと一歩で勝利に手が届く!
しかし、そんな俺の希望は、儚く散る。
先程の一瞬の停滞が、致命的なまでに状況をひっくり返したのだ。
俺の動きが鈍くなったその一瞬で、シャルが驚くべき速さで体勢を立て直した。
そして、俺に向かって振りかぶった。
爛々と光っている、本気の眼。
俺はその眼を見て、本能的に勝てないと感じた。
そして、シャルの一撃。
ギリギリで木刀に当てることはできたが、その一撃は、今まで食らった中で、最も重かった。
とてもとても重かった。
その結果、威力を相殺することができず、俺は木刀ごと思いっきり後ろに吹き飛ばされた。
視界の端で、手から木刀が離れるのが見える。いよいよ魔力切れとなり、身体強化魔法が解除され、もはや木刀を持つことすら不可能になった。
俺の、負けだ。
そして、床に体が打ちつけられると同時に、俺の意識は暗闇の中に閉ざされた。