それからの道中では、ゴブリンはおろか、魔物にすら遭遇しなかった。
きっと、王都にどんどん近づくにつれ、街道の周りがどんどん発展してきているからだろう。
王国直轄州に入ったばかりの頃は、街道の周りには何もない丘が広がっていた。しかし、進むにつれて、牧場地帯や農地が増え、その中に建物が混じり始め、その建物がどんどん増えていった。道幅も、街を通過するごとにどんどん広くなっていった。
そして、出発から十五日目。俺たち一行は、他の馬車に前後を挟まれながら進んでいた。
「ついに見えてきたな」
バルトが窓の外を見て呟く。
その声で窓から前方を見ると、遠くに巨大な城壁が立ちはだかっているのが見えた。
「……あれは?」
「王都だよ! やっと見えてきたー!」
シャルが嬉しそうに伸びをする。
これまで見てきたどの都市よりも、城壁は高く、そして長かった。まるで地平線の向こうまで続いているようだ。
「お、おっきい……」
「そりゃ、王国最大の都市だからね! 人口も、ラドゥルフよりはるかに多いよ!」
いったいどのくらいの人がいるのだろうか……。おそらく数十万、いや、百万をも超えているかもしれない。
ここで、馬車のスピードが落ちる。それなりのスピードでスムーズに進んでいたのが、かなりのノロノロ走行になる。
検問か何かで詰まっているのかな?
馬車がゆっくり進んでいる間に、俺はシャルに尋ねる。
「シャル」
「どしたの、フォル?」
「おうとの、どこへいくの?」
王都といっても、目の前の景色からもわかるように巨大だ。王都に行くとは聞かされていたが、結局その中のどこに行くのだろうか?
「王都の第二城壁の内側にある、わたしたちの別邸だよ」
「だいにじょうへき? べってい?」
「あー、えっとね……まず王都の構造から話そうか」
そう言って、シャルは王都の地理について説明し始めた。
王都は四重の城壁に囲まれた真円状の城塞都市だった。城壁にはそれぞれ、内側から第一、第二、第三、第四と番号が振られている。
第一城壁に囲まれた、最も内側のスペースの真ん中には王族の住処である王城がある。そして、その周りには官公庁など、国の中枢を担う施設が集まっている。
その外側の、第一城壁と第二城壁の間には、貴族などが住む高級住宅街や、各種ギルドの本部、さらに教育施設などがある。
さらにその外側の、第二城壁と第三城壁の間には、商店街や工場、中流階級の住宅街が広がっている。
そして、最も外側にある第三城壁と第四城壁の間には、下流階級の住宅やあまり治安の良くない街が広がっているらしい。
どうやら王都は、城壁を境に綺麗に階層構造をなしているようだ。
そして、俺たちが目指すのは、第一城壁と第二城壁の間にある貴族街、その中にある俺たちの別荘だった。
「おうとにはいってから、べっていまでは、どのくらいかかるの?」
「うーん……結構かかるよ。人通りも多いし、王都は広いからね〜」
そうこうしている間に、俺たちは検問を通過した。馬車の中が暗くなり、城門の分厚さがよくわかる。そして、元の明るさを取り戻すと、馬車の外には別世界が広がっていた。
今まで滅多に見られなかった背の高い建物が、道の両脇に聳え立っている。背が高いといえども五階くらいなので、前世の基準に照らし合わせるとかなり低いのだが、この世界に生まれてから高い建物を見てこなかった俺にとっては、とても高く思えた。
それに、人通りも多い。活気が馬車の中にまで伝わってくる。
そんな人の姿をぼーっと外を眺めていると、俺はあることに気づいた。
「あれ……?」
大多数の普通の人に混じって、明らかに普通ではない姿の人間が混じっているのだ。尖った耳を持っていたり、背中から翼を生やしていたり、猫耳が生えていたり……。
コスプレだろうか? それにしては出来すぎているように見える……。それに、今日がお祭りの日であるようには見えない。
「ねえ、シャル」
「ん?」
「あそこのひと、みみながい」
「あ〜、エルフなのかな」
エルフ、という単語が出てきて、俺のテンションが上がる。
「エルフ? いま、エルフっていった?」
「ああ、うん。それがどうかしたの?」
「このせかいには、にんげんっぽいけど、べつのしゅるいのひとがいるの?」
「そうだよ。いわゆる『亜人』って呼ばれている人たちだね」
シャルはまず、俺が見ていたエルフを指差す。
「あれがエルフ。大陸南西部の森に主に住んでいて、超長生きなんだ。あと、風系統の魔法が得意だよ」
次に、その隣で喋っている、尻尾と羽が生えた人を指差す。
「あれがドラゴニアン。大陸北西部の山岳地帯に主に住んでいて、飛べるんだ。ここからじゃ見えないけど、額にツノも生えているよ。あと、火系統の魔法が得意だよ」
そして、頭頂部から猫耳の生えた人を指差す。
「あれが猫耳族。大陸南部の平原地帯に主に住んでいて、めちゃくちゃ身体能力が高いんだ。亜人は、他にもドワーフとか、リザードマンとか、吸血鬼とかいろいろいるよ」
「へ〜」
前世では架空のファンタジー世界の住人だった彼らが、この世界に存在していることに、俺はちょっと感動していた。
いつか仲良くなって、いろいろ話してみたいなぁ……。
しばらく馬車を走らせていると、再び城壁を通過する。今のが第三城壁か。
その内側に入ると、また違う景色が馬車の窓に映る。さっきよりも綺麗で、少し立派な建物が多くなったような気がする。道の両側には所狭しと建物が立っていて、店が口をこちらに向けていた。そして、道は溢れんばかりの買い物客でごった返している。歩行者を轢かないように、馬車のスピードもさっきより落ちた。
しばらく進むと、さらに城壁が見えてきた。第二城壁だ。ここを越えればついに俺たちの目的地に到着だ。
第二城壁の内側は、さらに建物が豪華になった。建物一つ一つの大きさは桁違いに大きくなり、道沿いにずらっと並んでいる。
道を歩いている人は、打って変わってかなり少ない。しかし、その姿はどれも気品のあるもので、一目で素養のある人であるとわかる。馬車の中に漂ってくる空気まで変わってしまったように感じた。
しばらく高級住宅街を進む。そして、とうとう馬車が道の脇に寄ってゆっくりと減速して、止まった。
「降りるぞ」
とバルトが客席のドアを開け放ち、俺とシャルがその後ろへ続く。
そして、馬車から降りた俺の目の前にあったのは──。
「なにこれ」
壁面が蔦に覆われた屋敷だった。
ラドゥルフの家よりもはるかに大きい。しかし、周りの家と比べると、荒れ放題で手入れがなされていないためか、相対的にボロく見える。
「うわ……」
その声に目を向けると、ちょうど馬車から降りてきたジンクさんがこの家を見つめていた。
「これ、本当に俺たちの家ですかね……?」
「……住所はあっているはずだ」
隣でバルトも呟きを漏らす。
「でも、メイドとか、清掃業者とか雇ったんですよね?」
「そのはずだが……。もしかしたら何かあったのかもしれない。後で問い合わせに行く」
何かトラブルが発生しているみたいだ。
これからどうすればいいんだろう……? 何をすればいいのかわからず、俺は周りを見渡す。
シャルは困った顔をして立ち尽くしている。また、護衛の人たちもザワザワしていた。
「とりあえず、荷物を中に入れましょう、バルトさん」
「ああ、そうだな。皆、荷物を持ってくれ!」
バルトがそう号令して、皆が馬車から持てるだけの荷物を持った。
俺も荷物を持って、バルトに続き、屋敷の敷地内に足を踏み入れていく。
蔦の這う屋敷を見上げながら、本当にこんな家に滞在できるのか、俺はかなり不安に思うのだった。