「う……」
「フォル! 良かった……!」
目を開けると、ドアップのシャルの顔。俺は、周りを見回して状況を把握する。
俺は馬車の中に寝かされていた。シャルが魔力切れで倒れた俺をキャッチしてくれた後、ここまで運んでくれたようだ。
俺は体を起こすが、魔力切れがまだ完全には治っていないのか、頭がクラっとした。座席からずり落ちそうになり、シャルが慌てて支えてくれる。
「大丈夫⁉︎ 急に動かない方がいいよ!」
俺は座り直して、座席の背もたれに体重を預けた。
「……それより、ゴブリンはどうなったの?」
それが一番気になっていることだ。気絶する前、見た感じでは、俺の魔法でほとんどのゴブリンは死んだようだったが……。
すると、向かいの席に座っていたバルトが口を開いた。
「全部斃したぞ」
「……わたしたちも、ハンターのひとも、みんなぶじ?」
「ああ。全員無事だ」
その答えに、俺はほっと胸を撫で下ろす。
どうやら、俺たちはこの難局を無事に乗り切れたようだった。
すると、バルトがふーっ、とため息をつきながら、目頭を抑えた。
「あのなぁ……フォル。馬車の中にいなさいと言っただろう……。勝手に出てはダメだ。ゴブリンにやられていたかもしれないんだぞ?」
「……ごめんなさい」
「……だが」
そのまま怒られるのかと思いきや、話は別の方向に展開する。
「フォルのおかげでゴブリンを斃せたのも事実だ。フォルのあの魔法がなければ、かなり厳しい戦いになっていただろうな……」
そして、バルトは俺の頭を撫でると、いつもの優しい表情に戻った。
「よくやった、フォル。お手柄だ」
「……ありがと」
嬉しいような、恥ずかしいような気持ちで、俺はモジモジしてしまう。
「それにしても、フォルの魔法、すごかったよー! あんな魔法、どこで覚えたの⁉︎」
「このほんにかいてあったから、やってみた」
「……もしかして、あの場で初めて発動したのか?」
「うん」
「規模からして……上級魔法だよな?」
「『バースト』っていう、ひけいとうのまほう」
「やっぱりフォルは才能あるよ! これからが楽しみだな〜」
「我が孫ながら、規格外すぎるな……まさかここまでとは」
シャルは目をキラキラさせて、一方のバルトはなんだか困ったような表情を浮かべていた。
もしかして、ちょっとやりすぎた……? で、でも、ああでもしないとあの状況は乗り切れなかっただろうし、仕方ないよね……!
「ところで、まだしゅっぱつしないの?」
「もうすぐ出発するぞ。ゴブリンの処理が終わったらな」
そう言って、バルトは窓の外に視線を送る。その視線の先を辿ると、川の近くで真っ黒な煙が上がっているのが見えた。
「あれは、なにしてるの?」
「ゴブリンの死体を集めて、焼いているんだ」
「どうして?」
「そりゃぁ、斃したゴブリンをそのまま放置するわけにはいかないからな。放置して死体が腐ったら、この道を通る人に迷惑だろう?」
バルトの言う通りだ。放置すると感染病の原因にもなりそうで、衛生的によくないだろう。
俺が知っているゲームやラノベの世界では、魔物を斃すと、死体が消えてアイテムやコインがドロップする。だが、この世界ではそんな都合の良いことは起きないようだった。
もうもうと上がる黒い煙を見ていると、ようやく、ゴブリンを殺したことへの実感が湧いてきた。バルトやシャル、護衛のハンターたちが斃したゴブリンの断末魔、そしてシャルを襲おうとしたゴブリンを、自らの手で殺したときの光景がフラッシュバックする。
しかし、意外なことに、思ったより罪悪感は湧かなかった。それはおそらく、ゴブリンたちが絶対悪であると、少なくとも俺はそう判断しているからだろう。
この旅に出るまでに、俺は絵本を読んで、『ゴブリンたちが悪役である』という設定に何度も触れてきた。今朝、宿では『ゴブリンたちが大集団で略奪している』という話を聞いたし、実際に俺たちに襲いかかってきた。
ひょっとすると、ゴブリンたちにも『よい』面があるのかもしれない。あるいは、俺の知らないなんらかの事情があるのかもしれない。
だが、少なくとも俺の目には、ゴブリンたちが完全な悪役に映った。俺たちが何もしなかったら、きっと奴らは俺たちを殺していただろう。
だから、あの場はああするしかなかったのだ。それに、もし俺たちが対処しなかったら、その後、別の被害者が生まれていたかもしれない。誰かがやらなければならなかったのだ。
そんなことを考えていると、いつの間にか黒い煙は空の彼方へ消え去っていた。
俺たちの馬車の横を、武器を持った数人のハンターたちが通り過ぎ、前方の馬車に乗る。どうやら、ゴブリンの死体の焼却は済んだようだ。
そして、馬車がゆっくりと動き出す。
こうして、魔物との初戦闘は、俺たちの勝利という形で幕を閉じ、旅が再開したのだった。
※
日が暮れる頃、俺たちは今日の目的地である街に入った。
ゴブリンに襲われたから遅れるかと思ったが、なんとか間に合ったようだ。
今朝出発した街よりも、規模は少し小さいように思える。しかし、王都に近づいている分、むしろ人の数は多くなっているように感じた。
「あー、腹ペコだよー……」
ギュルギュルギュル〜、とシャルの腹から間抜けな音が響く。
「おなかすいた……」
宿はまだか! ゴブリンと戦ったせいか、いつもよりもかなりお腹が空いていた。
すると、バルトが申し訳なさそうに言う。
「悪いが、宿の前に寄らなければいけないところがあるんだ。少し我慢してくれるか」
いったいなんの用事なんだ……。
「わたしもいかなきゃ、だめ?」
「ああ。むしろ、フォルに関わることだ」
どういうことだ? 俺に関わること……? 特に思い当たる節はない。
ちょうどその時、馬車が停まった。そして、バルトが馬車のドアを開けて降りる。
「二人とも来てくれ」
「うん」
「わかったー」
俺は馬車を降りると、目の前の建物を見上げた。
三階建ての、立派な石造りの建物だ。開け放たれた玄関からは、多くの人々が出入りしている。そのうちの大半が、剣や槍、盾、弓矢などで武装していた。
玄関の上には、デカい看板が掲げられている。俺はそこに書かれている文字を、口に出した。
「……『ハンターギルド』」
「行くぞ、フォル」
俺はバルトと手を繋いで、ギルドの中へ入っていった。
ギルドの建物の中に入ると、俺たちを大きなホールが出迎える。そこには無数の長テーブルと長椅子があり、多くのハンターが話に花を咲かせたり、酒を飲んだりしていた。
その脇を通り過ぎて、バルトはまっすぐカウンターへ向かった。
「お疲れさまです。どのようなご用でしょうか?」
受付嬢が応対を始める。とはいえ、俺の身長では姿は見えず、声しか聞こえないが。
「旅の途中でゴブリンの集団に遭遇し、討伐したため、その報告と、該当するクエストの照会をしたい」
そう言って、バルトは懐からカードを取り出し、カウンターに置いた。
「かしこまりました。少々お待ちください」
待っている間に、俺はバルトに尋ねた。
「ここによったのは、ゴブリンをたおしたのをいうため?」
「そうだ。この規模だったら討伐クエストも出ているだろう。もしクエストでなくても、街道であの規模のゴブリンに出くわしたことは、明らかに異常事態だから、ギルドに報告した方がいい」
確かに、それならなるべく早めに報告した方がいいだろう。もしクエストになっていたら、討伐したことを知らない人がそれを受けてしまって、無駄な手間をとらせてしまうかもしれない。
「お待たせいたしました。こちらのクエストでしょうか」
「……ああ、そのようだ」
「討伐証明部位などはお持ちでしょうか」
バルトが後ろへ視線を送る。振り返ると、そこには、俺たちの護衛の一人であるハンターの男性が、袋を持って控えていた。バルトの視線を受け、彼は一歩前へ進む。
「それでは、こちらへどうぞ」
その声と同時に、別の受付嬢が出てきて、彼を誘導していった。
「確認致しますので、少々お待ちください」
「その間に、やってもらいたいことがある」
すると、バルトが突然、俺の脇の下に手を通した。抵抗する間もなく、ヨイショという掛け声とともに、俺は持ち上げられた。
「え、え、え」
戸惑った声を出している間に、急にカウンターの上まで目線が上昇する。今まで見えなかった受付嬢が見えた。めっちゃ美人だった。突然のことに、彼女はちょっとビックリしたような表情を浮かべている。
「この子の、ギルドカードを作りたいんだが」
「……かしこまりました。五十セルでございます」
受付嬢はすぐに元のアルカイックスマイルに戻ると、慣れた手つきで書類を一枚取り出し、ペンを添えた。
「こちらにお名前と、生年月日をご記入ください」
バルトは手元から銅色の硬貨を五枚取り出し、カウンターの上に置いた。そして、俺を片手で抱え直すと、書類にスラスラと記入していく。書き終えたところで、受付嬢がそれらを回収した。
「フォルゼリーナ・エル・フローズウェイ様、王暦七百五十四年、花の月二十五日生まれ……でよろしいですね?」
「ああ」
受付嬢は、手元でコチコチと何かのボタンを押すような操作をする。そして、一枚のカードをカウンターの上に置いた。続いて、手元から細長い針を取り出すと、湿った綿で先端を拭いて、その隣に置く。
カードはわかるが、どうして針? なんだか嫌なよかーん……。
そして、その嫌な予感は、次の瞬間見事に的中した。
「それでは、フォルゼリーナ様の血液を一滴以上、カードに垂らしてください」
は⁉︎ 血液採取するの? カードを作るだけなのに?
俺が混乱していると、バルトは針を手に取って俺の右手を掴んだ。そして、親指をまっすぐ伸ばす。
「ちょっとじっとしててな」
そう言ってバルトは、その針を俺の親指に躊躇なく突き刺した。
「ひいいいいいい! いやあああああああ!」
しかし、逃げ出そうとする俺をバルトはがっしりホールドすると、追い打ちをかけるかのように、針を刺したところの周りをギューッと圧迫する。
あああああ! 痛い! 痛いって! 俺の目から涙がこぼれ落ちる。
俺は注射がとても苦手だ。だから、この世界に注射なんて存在しないだろう、と思って安心していたのに……。まさか同じようなことをするとは思わないじゃん……。
「よく頑張ったな、フォル」
そんな声が聞こえてきて、やっとバルトの力が緩んだ。
一方、俺の血が垂れた瞬間、カードは光を放つ。数秒後、何事もなかったかのように光は収まり、ただのカードに戻った。
「カードの作成が完了いたしました。こちらが、フォルゼリーナ様のギルドカードでございます」
カウンターの上にカードが差し出される。これが俺のギルドカード……。
それにしても、どうして俺のギルドカードを作ったのだろう? 別に俺はハンターになる気など、今のところはさらさらないのだが……。
「では、この子の魔力測定を頼む」
「かしこまりました。百セルでございます」
バルトは間髪入れず、今度は銀色の硬貨をカウンターの上に置く。受付嬢はそれと俺のギルドカードを回収すると、代わりに箱のようなものをカウンターに置く。
なるほど、このためにギルドカードを作ったのか。
魔力測定ということは、きっと俺の魔力量を測ってくれるのだろう。今までは、魔力切れを起こすまでに発動した魔法の魔力消費量の合計でしか、自分の魔力量を把握できなかった。だが、この機械ならきっと、より正確な値を出してくれるだろう。
「では、こちらに右手を開いて置いてください」
受付嬢が箱の上面を示す。
ただ、一つ心配なのは、また痛い目に遭わないだろうか、ということだ。さっきみたいに自分の血が必要とか、さすがにそういうことはないよね……?
そんな俺の気持ちを察したのか、受付嬢はにっこりと微笑む。
「大丈夫ですよ。痛くありません」
本当に大丈夫なんだな? 俺は受付嬢の言葉を信じて、恐る恐る箱の上面に右の手のひらを置く。
「しばらく、そのまま離さないでくださいね」
次の瞬間、箱の上面が光る。さっき光ったカードと同じ類の光だ。魔法なのだろうか?
数秒後、光が収まった。受付嬢が手元を見て、紙に数値を書き出す。一瞬驚いたような表情が見えたのは気のせいだろうか?
あー、ドキドキする……。どのくらいの数値なんだろう……。
「こちらが結果です」
そして、カウンターの上に紙が出される。そこに書いてあった数値は。
「魔力量、二千七百五十二……⁉︎」
バルトがビックリしたような声を上げる。その声が聞こえたのか、周りが騒つく。
『アイスランス』と『バースト』の魔力消費量は二千七百。それを使って魔力切れを起こしたため、俺は自分の魔力量がそのくらいだと予想していた。そのため、この結果にはそこまで驚きはない。
しかし、バルトや他の人からすると、この結果はとんでもないもののようだった。きっと、同年代の平均に比べれば多い方なのだろう。
「はぁ……やはりな……」
「系統適性検査はいかがなさいますか?」
「結構だ」
バルトは結果の紙と、俺のギルドカードを回収した。
すると、別の受付嬢が俺たちの応対をしている受付嬢に話しかけてくる。先ほどゴブリンの討伐証明部位を持ったハンターを連れて行った人だ。横を見ると、空になった袋を抱えたハンターの男性が戻ってきていた。どうやら確認は終わったようだ。
「お待たせいたしました。討伐証明が完了いたしました。このクエストの達成を承認いたします」
そして、クエストの紙にポンポンとハンコを押す。
「報酬ですが……ゴブリン一体につき五百セル、討伐数が百十八体ですので、五万九千セルです」
どのくらいの金額なのかはわからないが、かなり高そうだ。その証拠に、ギルド内での騒めきが大きくなっている。
「お支払いはいかがなさいますか?」
「……小切手で頼む」
「かしこまりました。少々お待ちください」
受付嬢はその場でしばらく作業をすると、小切手を差し出した。
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
バルトは素早く小切手や書類などをしまうと、俺を地面に下ろす。
そして、ギルドを後にした俺たちは、馬車に乗って今度こそ本日の宿に向かうのだった。