それからの試合では、手に汗握る一進一退の攻防が続いていた。
そして、前半の三十分が終了した時点で、六対五。俺たちが一点だけ上回っているものの、後半で逆転されても全くおかしくない。
十五分のインターバルの後、私たちはコートを入れ替えて再び対峙する。
俺は改めてリューカを見つめる。彼女は特に何の表情も浮かべることもなく、漆黒の瞳で俺を見つめ返していた。
インターバルの最中、控え室で後半の作戦を話し合った。
まず、全員の意見が一致したのは、アシュタルムで最も厄介なのはリューカである、ということだ。
実際、これまでのアシュタルムの得点である五点のうち四点が彼女の魔法によるものだ。こっちが『戦術フォルゼリーナ』ならば、差し詰め相手は『戦術リューカ』といった感じだろう。
そして、それに対する作戦は……。
『さあ、後半戦が始まりました! 現在は五対六と、アシュタルムが一点を追いかけています!』
鐘の音が三度鳴り、点数の低いアシュタルムボールからスタートする。
「フォルゼリーナ、行け!」
「はい!」
私は部長に指示された通り、ポジションを下げていく。そして、スリーバックの前、サッカーでいうアンカーの位置に構えた。
後半の作戦とは、相手ボールのときに、俺がアンカーの位置まで下がって守備をする、というものだった。
リューカの攻撃は強力で、水の壁でも防げないし、かといって風系統の魔法でゴールの外へ軌道を逸らせるようなものでもない。
そのため、系統外魔法が使える俺が、その対応に当たることになったのだ。
当然、私の負担はかなり大きくなる。攻撃時には最前列までいかなければならないし、守備時にはかなり深い位置まで下がらなければならない。
しかし、私にはそれをカバーできるほどの身体強化魔法と、それを継続して発動できる膨大な魔力量があった。
一方、残りのフォワードは、とにかくリューカにボールを触れさせないようにすることになっていた。
ボールに触れられたらほぼ確実に魔法をかけられてしまうが、逆に触れられなければ魔法はかけられない。そのついでにボールを奪取できたら、今度は一気に攻勢に転じることができる。
つまり、前半の攻撃的な殴り合いから、守備的なカウンター戦術へ切り替えたというわけだ。
「来るぞー!」
俺がポジションに到着して顔を上げた瞬間、前から声が飛んでくる。どうやらリューカがボールに触れ、魔法を発動したようだ。
浮いたボールが、前に構えている仲間の頭上を越え、こちらに向かってぐんぐん加速していく。このままでは入るのは必至。ここで、私の出番だ。
「ふんっ!」
私は身体強化魔法を発動すると、タイミングよく勢いよく地面を蹴る。そして、バレーボールのアンダーハンドパスの構えをすると、ボールをちょうど腕の中央に当てた。
その瞬間、俺の体全体にかかる強力な力。その発生源は当然ボールだ。
なんだこのボールは……。まるで、ボールそのものが極端に重くなっているような感じがする。絶対にここまで重くないはずなのに……。
予想とは全く違う感覚に、俺は驚く。そうこうしている間にも、ボールが俺を押す勢いは緩まることなくどんどん増していき、俺自身がボールに負けて後ろへ押されていく。
ここで、俺は身体強化魔法と、ボールを含めた自分自身に対して浮遊魔法を二重発動(ダブルキャスト)する。本来ならはじき返すのが最も良いのだが、どうやら達成できそうになさそうだ。そこで、何とかゴールに入る軌道から逸らす方針へと切り替える。
ボールの力に対抗するために、特に自分の腕に重点的に身体強化魔法をかける。そして、体ごと上に軌道をずらすことで、何とかゴールバーを越えさせる!
すると、すっかり遠くになってしまったリューカが、無表情のまま指をクイっと上げる。次の瞬間、急に球の勢いが増した。
「かはっ……」
その表示に腕をすり抜け、ボールが鳩尾付近にドスッと当たる。そして、そのままめり込んでいく。
やば……、息ができな……!
次の瞬間、背中にすさまじい衝撃。ゴールバーに直撃したのだ。
「いぃ……!」
ボールとゴールバーの板挟み。時間にして一秒未満だったと思う。だが、当の私にとっては、その何倍もの時間に感じられた。
そして、均衡状態は破られる。ゴールバーを軸に、俺の体が下方向にグルっと回転し、ボールは無情にもゴールバーの下をヒューンとくぐりぬけた。
一方、私はなんとか着陸する。だが、想像以上に体へのダメージは大きいようで、すぐには立てなかった。
「フォルゼリーナ、大丈夫か‼」
「う……す……みま……」
鳩尾を強く圧迫されたからか、まともにしゃべれない。気持ち悪いし、クラクラする。
「タイム! 担架を!」
得点を知らせる鐘の音が鳴る中、俺は負傷交代となってしまったのだった。
※
五回の鐘の音が鳴り響き、観衆が沸き立つ。
『試合終了です! 十三対十で、アシュタルムが六回ぶりに勝利しました!』
フィールドで喜ぶアシュタルムの選手たち、一方で寝転がったりその場にしゃがみ込むロイヤルムの選手たち。
そんな光景を、俺はベンチで横になったまま眺めていた。
私が負傷交代した後、攻撃力が大幅に落ちてしまったせいか、ロイヤルムは守勢に回る時間がかなり多くなった。それに、せっかくゴールのチャンスを迎えても、ゴール近くでボールを叩き落されて相手ボールになる、という、前半には無かった展開がしばしば見られた。
「これでアシュタルムはロイヤルムに対して四十八勝まで伸ばしました!』
『ロイヤルムの勢いを止めた格好になりましたね』
『それでは、ヒーローインタビューに移りましょう! まずは、圧倒的な得点力を誇った、四年生のリューカ選手です!』
すると、実況席からアシュタル魔法学校の生徒が下りてきて、小走りでリューカに近づいていく。
「リューカ選手、今回の試合、大活躍でしたね!」
そう言って拡声の魔導具を手渡すが、リューカは黙ってうなずくのみだ。
「特に、攻撃では圧倒していましたが、いったいどんな魔法を使ったのでしょうか⁉」
それは俺も知りたいところだ。思わず体を起こして一言一句聞き逃さないように集中する。
「…………」
リューカはしばらく迷うそぶりを見せる。そして、拡声の魔導具に口を近づけて一言。
「……秘密」
私は思わず脱力してしまった。インタビュアーも困惑するが、すぐに切り替えたようだ。
「そ、そうでしたか! 今後のご活躍も楽しみです! ありがとうございましたー! 続いては、主将へのインタビューです! ……」
私は再び横になる。リューカの使っていた魔法は、本当に何なんだろう……。
そんなことを考えながら、顔を横に向けると、なんとリューカがこちらにまっすぐ歩いてきていた。それに対して、私たちのベンチは殺気立つ。
しかし、そんな空気を意に介さず、リューカは俺のすぐそばまで歩いてきた。そして、しゃがんで俺と目線を合わせる。
「……」
ジーっと見つめるだけで何もしゃべろうとしないので、思わずこちらから声をかける。
「……な、なんですか?」
「あなた、名前なんだっけ」
「フォルゼリーナですが……」
「フォルゼリーナ……覚えておく。あなたは強い」
それだけ言い残すと、リューカは去っていった。
「一体彼女は何がしたかったんだ……?」
「さあ……わたしにもわかりません」
最後に奇妙な出来事が起こったものの、エアリスフィアの対抗戦は終わったのだった。