試合が始まり、ボールが真上に高く飛ぶ。
魔力視を発動すると、ボールめがけて幾重もの魔法が発動されているのが見える。そのどれもが風系統だった。
「くおおおおっ!」
すると、後方からひときわ大量の魔力を消費する風系統の魔法がボールにかけられる。どうやら俺の後ろに構えている部長が発動したようだ。
「フォルゼリーナ、前へ!」
「は、はい!」
俺はその声を受けて、前方へ走り出す。
ちなみに、魔法をかけることができるのはボールと自分自身に対してのみ。相手を妨害するためにかけることはできない。というか、そもそも相手を妨害するのはルール違反だ。反則になってしまう。
ともかく、俺はリューカら相手チームの選手の間を潜り抜けて前へ進む。
すると、後ろからビョオッ、と強い風が吹いてきて、ボールが俺の前方に落ちようとしていた。
このまま地面に落下すると、相手のフィールド内なので、相手ボールでリスタートになってしまう。
エル、頼んだ!
『任せるっス』
次の瞬間、目の前のボールが不自然に浮き上がった。風系統の魔法により、ボールの下から上昇気流が発生し、滞空時間が伸びたのだ。
俺はその隙を逃さず、前に倒れこみながらボールの下に腕を差し込む。
そして、バレーのレシーブのごとく、ボールを腕でポーンと跳ね上げる。
このままでは、すぐに相手にボールを奪われてしまうだろう。しかし、この『ボールに触れる』ことこそ、私がボールのコントロールを得るために最も重要なことだった。
ボールは緩やかな放物線を描いて地面へと落ちていく。それを後押しするかのように、相手の魔法がボールに下向きの風を送る。
ボールはそのまま地面に落下していく……かに思えたが、その速度はどんどん遅くなっていき、やがてピタッと空中に静止した。次の瞬間、逆に上昇していき、上へ上へとどんどん加速していった。
「な、なんだ……⁉」
目の前の相手選手が驚きながらも、ボールに杖を向けて魔法を発動する。だが、それでもボールの勢いは止まらない。
時すでに遅し。すでにボールには私の浮遊魔法がかかっている。
浮遊魔法は強力な魔法だ。下方向に引っ張る風の流れには、よっぽどのことが無ければ負けることはない。
そんな浮遊魔法だが、発動するためには、対象に触れなければならない、という制約がある。風系統の魔法は触れなくても発動できるので、その点だけは風系統の魔法に劣っている。
逆に言えば、その制約さえ満たしてしまえば、少なくとも地面にボールが落とされる心配はないというわけだ。
だが、当然、浮遊魔法をかけるだけでは、得点にはつながらない。浮いているボールは横方向に簡単に動かされてしまう。
だから、私はもう一つ、魔法を発動する。
「『マニューバ』!」
エルが球を空気の層で包み、ルビがごく小規模の爆発を球の後ろで起こす。
普段は移動するために自分自身に対して発動する魔法だが、当然、他のものに対しても発動することができる。
その結果、球は他の風系統の魔法の影響を跳ね除け、上空三メートルほどを急加速する。
そして、誰にも止められないほどの勢いになった球は、バシュッ、と空気を切り裂く音を響かせながら、バーの下を通過していったのだった。
鐘の音が、俺たちに一点が入ったことを知らせる。
『先制したのはロイヤルムです! 強力な魔法で他の魔法の効果を寄せ付けず、一瞬で決めてしまいましたー!』
「やったな、フォルゼリーナ!」
「素晴らしいぞ!」
私はチームメイトとハイタッチを交わす。まずは一点。幸先の良いスタートだ。
『今のは、フォルゼリーナ選手の風系統と火系統の複合魔法でしょうか? すさまじい威力です!』
『ちなみに、彼女は三年生ながら、あの『虹の濫觴』に所属しているそうですね』
『なるほど、どうりで強力な魔法を操っているのですね! さあ、これで一対〇ですが、アシュタルムは追いつけるのでしょうか⁉』
『まだまだ試合はこれからです。あと五十分以上ありますからね』
エアリスフィアの試合時間はちょうど一時間だ。前半と後半の三十分ずつで、間に十五分のインターバルが挟まる。
現在は、試合開始からまだ二分弱ほどしか経っていない。一点だけリードしていても、全く安心できない。
フィールド上の全員が最初の配置に戻ると、鐘の音で試合が再開する。
今度は相手ボールだ。相手チームは、一旦ボールを後ろに下げる。
俺たちフォワードはポジションを上げて、相手コートに侵入し、ボールを追いかける。当然、相手コートでボールを奪取できればそれだけ有利になるからだ。
ただし、チームプレイにおいて、ボールを奪うのは簡単ではない。人数が少ないと相手側から奪えないし、逆に人数が多すぎても魔法同士が干渉して思ったようにボールが動かせない。
そのため、こちらは俺以外のフォワードがボール奪取を試みて、奪ったボールを俺に回してゴールイン、という作戦をとっていた。
そのため、俺はボールより少し高い位置で構えて待っていたのだが、ボールを取るのに苦戦しているようだった。
すると、リューカにボールが渡る。彼女はさっきの私と同じように、ボールを上に蹴り出した。
次の瞬間、ボールが急加速していく。俺は慌てて魔力視を発動すると、そのボールの動きを追っていく。
魔力光の色から判断するに、風系統の魔法ではないようだ。それに、もし風系統であれば、球の周りの空気に対して魔法が発動するのが見えるはずだが、今は球自体に魔法がかかっているように見える。
これがリューカの魔法なのだろうか? きっと、浮遊魔法と同じく、対象に触れることが発動条件の魔法なのだろう。
一応ボールを追いかけるも、それ以上にボールは加速していく。どうやら、我がチームの風系統の魔法による防御は、あまり意味がないようだ。
「ディフェンス!」
部長が焦ったように叫ぶ。すると、ロイヤルムの最後列のスリーバックが、杖を振り、一斉に魔法を発動させた。
「「「『ウォーターウォール!』」」」
そして、ボールの目の前に現れるのは水の壁。断面積は一メートル四方ほどと、大きくはないものの、それが三重になっている。
『おおーっと、ここでロイヤルム、水の壁でディフェンスだぁーっ! 果たして、防ぎきれるのでしょうか⁉』
当然、気体の空気よりも液体の水の方が抵抗は大きい。勢いを落として何とか防ぐ算段なのだろう。
しかし、現実は狙い通りにそううまくいくものではない。
ボン! と大きな音を立てて水の中に突っ込んだボールは、少しだけ勢いを緩めたものの、三重の水の壁もむなしく、突き抜けていった。
鐘が鳴らされ、アシュタルムに一点が入ったことが知らされる。
『決まったー! アシュタルムが得点! ロイヤルムに追いつきます!』
スタジアムが大歓声に包まれる。
『今のは四年生のリューカ選手の魔法ですね。チーム最年少ながら、助っ人として呼ばれている、相当な魔法の実力者です』
『先ほどロイヤルムは水系統の魔法を使用していましたが、珍しいですね』
『そうですね、ディフェンスでは風系統の魔法でボールの軌道を逸らすのが一般的ですが、ルール上は問題ありません。禁止されているのは、『地面から連続して続く地形・構造物を生成する魔法』ですから、今回のように空中に水の壁を作るのは全く問題ないわけです』
『なるほど~! さあ、これで試合は振り出しに戻りました! 次はロイヤルムのボールでスタートです!』
鐘の音と同時に、ボールが再び空中に放たれる。
試合は続く。