半年後。季節はすっかり夏に移り変わった。時間が過ぎるのは早いもので、流行病で休校になったのが、もう何年も前のことのように思えた。
数日前に、学校は夏休みに入った。だが、私にはまだやるべきことが残っている。
アシュタル魔法学校との、エアリスフィアの交流戦だ。
この半年間、俺はロイヤルムでエアリスフィアをみっちり練習した。その結果、当初と比べてかなり上達した……と思う。
エアリスフィアは当初想像していたよりも奥が深いスポーツだった。魔法を使ってボールが地面につかないようにしながら、相手のゴールに押し込んだ回数が多い方が勝ち、というのがこのスポーツの基本的なルールである。
ここで重要になってくるのは、戦術と選手だ。
このスポーツは、魔法を使う。そして、魔法を使う以上、選手の魔法の才能がチームの強さを大きく左右する。
もし一人でも、他人には使えないような強力な魔法を使える人がいれば、それだけで勝率がグッと上がるのだ。そして、ロイヤルムの場合、浮遊魔法を使える私が、まさにそれに該当するらしい。
しかし、ただ強力な切り札がいるだけではアドバンテージは最大化できない。そこに有効な戦術を組み合わせることで、初めてそれは最大限機能するのだ。
ともかく、この半年間で、俺はエアリスフィアの基本から、浮遊魔法を活用する戦術まで磨き上げてきたのだった。
そんな私たちの対戦相手は、『アシュタル魔法大学校附属学校』……一般にアシュタル魔法学校とか、単に魔法学校と呼ばれる学校だ。
王立学園と同じく、六歳から入学できる十年生の学校だ。ただ、王立学園と大きく異なる点がいくつかある。
王立学園を含むほとんどの学校が教育省の管轄なのに対して、アシュタル魔法学校は魔法省が管轄している。日本で例えるなら、防衛大学校とか気象大学校みたいなイメージだ。
魔法省管轄の魔法学校とだけあり、設置学科は魔法科のみ。そして、卒業生はそのままアシュタル魔法大学校に進学できるのだという。もちろん、就職することもできるが、その場合は大半が魔法省関連の職に就くようだ。
そんなアシュタル魔法学校があるアシュタルは、王都から北に約四十キロ、テクラスへ向かう街道を進み、ラドゥルフ川を渡った向こう岸にある都市だ。
二校による交流戦の開催は持ち回りで行われる。今年の試合はアシュタル魔法学校で行われるため、現在私たちは船で川を渡り、現在は馬車に分乗してアシュタルへ向かっている最中なのだ。
ちなみに王都とアシュタルを結ぶ転移魔法陣もあるが、経費を抑えるため、今回は使わないらしい。
そうこうしているうちに、馬車の窓からついにアシュタルが見えた。
農地の向こう側の小高い丘にある、城壁に囲まれた都市。王都よりかは小さいものの、建物の高さや密集具合を見ると、ラドゥルフより規模は大きそうだ。
「もうすぐアシュタルに着くぞ!」
同乗していた部長が声を張り上げる。すると、疲れた表情をしている部員たちの顔が、少しだけ希望色に染まった。彼らはエアリスフィアの練習には慣れていても、馬車旅には慣れていないらしい。
まもなく、俺たちの馬車は城壁をくぐって、アシュタルの街に入った。
アシュタルに到着してから、すぐに試合……ということにはならず、到着当日は魔法学校の宿舎に案内されて、そのまま終了した。
二日目と三日目は、練習に充てられた。トレーニングをしたり、戦術の確認をしたりと、試合に向けての最後の調整が行われた。
そして、四日目、試合当日。
「それでは、ミーティングを始める」
試合会場である魔法学校内にあるスタジアムのロイヤルムの控え室。二十数人の部員とマネージャーが集まる中、試合前最後のミーティングが始まった。
「まずスタメンだが……」
部長は選手の名前を呼んでいく。
「……そして、フォルゼリーナ。以上十名だ」
スタメンの大半が十年生の屈強な男子生徒で、俺を含め女子生徒は三人だけだった。もちろん、最年少は俺だ。横一列に並んだら、俺だけ頭一つ分以上低いだろう。
「ベンチメンバーは残りの十人だ。何かあったらよろしく頼むぞ」
はい! と威勢の良い声が響く。
「そして、作戦だが基本的にはこれまで通り、フォルゼリーナを中心とした戦術でいく。不測の事態が起きたら、そのときは状況に合った作戦に変更する。というわけで、フォルゼリーナ、頼んだぞ」
「わかりました」
戦術の核は俺。その分責任は重大だ。このチームがどれだけ得点できるかは俺にかかっているといっても過言ではないだろう。
「さて、次に警戒すべき相手選手についてだ」
すると、マネージャー役のメンバーが黒板に相手チームの選手と名前を書いていく。
「そもそもの話、魔法学校は王立学園と同じくらいの魔法の実力がある学校だ。そのため、魔法の技能に関しては、当然ながら俺らと同等以上の実力者が揃っている。
そして、俺らが虹の濫觴からフォルゼリーナを助っ人として呼んだように、相手も同じ学校の生徒であれば、一人だけ助っ人を呼ぶことが許されている」
今年はコイツがそうだ、と部長は黒板の文字列を示した。
「リューカ・ブルパリア。現在四年生の女子生徒だ。四年生ながら呼ばれていることからわかるように、フォルゼリーナと同様、呼ぶに足るだけの特殊な魔法技能があると考えられる」
「彼女はいったいどんな魔法を使うんですか?」
「厄介なことに、それがわからないんだ。マネージャーがいろいろ探ってくれたんだが、彼女の魔法についてはほとんど情報がない。唯一わかっているのは、どうやら系統外魔法を操るらしい、ということだ」
「なるほど……」
ここで、俺は手を挙げて部長に質問する。
「その、リューカという人のポジションはどこなんですか?」
「君と同じフォワードだ。だから、君と同じく、攻撃に有利な魔法が得意なのだろう」
とすれば、浮遊魔法とか、それに類する魔法だろうか。
いずれにせよ、一体どんな魔法を見せてくれるのだろう? ワクワクするなぁ……!
「それでは、全力でやるぞ!」
「「「「「おう!」」」」」
気合いを十分に高めた後、私たちは控え室からフィールドへ移動する。
外に出ると、スタンド席にはかなりの生徒が集まっていた。そのほとんどが魔法学校の制服に身を包んでいて、王立学園の生徒はほとんど見かけられなかった。
すでに対戦相手の選手はフィールドに出揃っている。
そして、相手チームとセンターラインを挟んで一列になって向かい合う。
『それでは、第百一回、エアリスフィア交流戦を行います!』
どこからか聞こえてきた拡声の魔導具越しのアナウンスを合図に、俺たちは礼をする。
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
私たちも相手チームも、同じ順番でポジションごとに並んでいる。そのため、俺と向かい合っているのはフォワードの人だ。
そして、私の目の前に立っているのは女子生徒。黒髪黒目で、俺よりも少し背が高い。四年生なので、他の人たちと比べるとかなり幼い。
間違いない、この人が要注意人物のリューカ・ブルパリアだろう。
他の人たちが次々とチーム間で握手をするのを見て、俺も手を差し出す。
「今日はよろしくおねがいします」
「……よろしく」
私の差し出した手を、リューカは無表情に握ると、さっさと自分のポジションへと歩いて行ってしまった。
なんだかつれない人だなあ……。
そんなことを思いながら、俺もリューカの向かい側、センターラインを挟んだ一列目に構える。
『現在の戦績は、王立学園チームの『ロイヤルム』が四十四勝、対してアシュタル魔法学校チームの『アシュタルム』が四十七勝を飾っています! しかし、ロイヤルムは現在五連勝中! 果たして、アシュタルムはこの勢いを止められるか~⁉』
次の瞬間、カーンカーンカーンと高い鐘の音が三度鳴り、センターラインの真ん中に立った審判が勢いよくボールを真上に投げる。
年に一度のエアリスフィアの交流戦が、始まった。