ジュリーと一緒にエアリスフィアの試合を観戦した翌日の放課後、俺はクリークの本部へ呼び出されていた。
一体何の用なのか全く想像できないまま、俺は建物に入ると階段を上り、本部の部屋をノックする。
「しつれいします」
「おう、来たか」
呼び出した張本人であるジェラルド先生は、すでに席に座っていた。俺はすっかり自分の定位置となった下座の席に座る。
「今日はいったい何のごようですか?」
「お前に頼みたいことがあってな」
「たのみたいこと?」
「ああ。『エアリスフィア』は知っているか?」
「……はい、もちろん!」
俺にとっては超タイムリーな話題だ。なんたって、昨日生でその試合を見てきたもんね!
「実はこの学校にもエアリスフィアのクリークがある。『ロイヤルム』というんだがな」
「そうなんですか」
「んで、ロイヤルムは年一回、王都の北にあるアシュタル魔法学校のチームと交流試合をしている。ウチのクリークは伝統的に毎年そこに一人助っ人を送ってきた。去年まではジョンがその役目をやってきたんだが……」
なるほど、話が見えてきたぞ。
「ジョン先ぱいがきょねんそつぎょうしてしまったから、今年はわたしに行ってほしい、ということですか?」
「そういうこった」
先生は頷いた。
「引き受けてくれるか?」
「やります」
俺は即答した。機会があればやってみたいと思っていたところだったので、この話は渡りに船だった。
だが、一つ疑問が残る。
「でも、なんでわたしなんですか? わたしよりもっと強い先ぱいもいますよね? エリック先ぱいとか、キャサリン先ぱいとか」
「確かに、お前よりあいつらの方が強いかもしれんが、エアリスフィアには、お前の方が向いていると思う」
「なんでですか?」
「エアリスフィアでは、ルール上地系統の魔法の大半が使用できない。だから、地系統が得意なエリックとは相性が悪い」
そういえば、ジュリーが地系統は使えないって言っていたな。
「それに、ルールとか戦略とかの兼ね合いで、六系統のうち、エアリスフィアに一番向いているのは風、というのが常識だ。まあ、なんとなくわかるだろ?」
「……なるほど」
確かに、昨日の試合でもほとんど全員が風系統の魔法を使っていた。
「だから、ジョン先ぱいがやっていたんですね」
彼は風系統の天才である。しかも、正確で丁寧な魔法の発動が持ち味だ。彼にエアリスフィアの助っ人はまさにピッタリだったわけだ。
「ああ。ジョンが卒業してしまった今、このクリークで風系統を一番うまく使いこなせるのは、お前だというわけだ」
それに、と先生は椅子にもたれながら続ける。
「浮遊魔法を使えるのも大きい。確認だが、浮遊魔法は自分自身だけではなく、他のものに対しても発動できるんだよな?」
「はい。いっしゅんでもふれられさえすれば、ですけど」
「ならいい。いいか、エアリスフィアは戦術も重要だが、プレイヤーの魔法の適性にも大きく依存する。浮遊魔法が使えるのは大きなアドバンテージだ。お前がいれば、きっと大幅に有利になるだろう」
「な、なるほど」
「ま、そういうことだから、明日からはエアリスフィアのクリークにも行ってくれ。話は通しておく。もしそっちの練習が忙しかったら、しばらくこっちは休んでも構わん」
「わかりました」
というわけで、俺はエアリスフィアのチームへ、助っ人に行くことになった。
※
王立学園のエアリスフィアのクリークの名前は、チーム名と同じ『ロイヤルム』だ。その活動拠点は、虹の濫觴の本部とは校舎を挟んで反対側、つまり校舎の南側にある大きな芝生の運動場だった。
翌日の放課後、俺は左手に虹色の腕輪をつけてそこへ向かう。
運動場は大きな柵で囲まれていて、この前入ったようなスタジアムほどの規模ではないが、観客席が設けられていた。きっと、この中で試合をすることも想定されているのだろう。
その中では、同じユニフォームを着た複数の生徒が走りこんでいた。きっとこの人たちがロイヤルムのメンバーなのだろう。
俺は柵沿いに運動場を回って、入り口を発見した。しかし、そこには誰もいない。俺は声をかける。
「すみませーん」
返事はない。待っても誰もこなさそうなので、俺は中に足を踏み入れる。
少し歩くと、運動場の端のひさしのついたベンチが並んでいる場所に、たくさんの人が集まっているのが見えた。全員がさっき見かけたユニフォームを着ており、その大半がごっつい男子生徒である。
彼らに近づくと、すぐに俺に気づいたようで、そのうちの一人がこちらに向かってきて話しかけてくる。
「君、入部希望者かな?」
怪しむように俺のことをジロジロと見てくる。その後ろには、戸惑ったような表情を向けたり、なんだかちょっと馬鹿にしているような表情を向けたりする人たちがいた。
「あ、いや、えーっと……すけっとなんですけど」
「助っ人?」
ここで、目の前の人の視線が、俺の左腕に注がれる。次の瞬間、明らかに彼の表情が変わった。
「君はもしかして……ジョン先輩と同じ、虹の濫觴のメンバーかい?」
「はい。三年……」
「それはそれは! よく来てくれた。おーい、皆ー!」
名乗る間もなく、俺は腕を掴まれ、人が集まっている後ろのベンチのところへ連れていかれる。
皆の注目を集める中、俺を引っ張ってきた彼がデカい声で話し始める。
「皆! 虹の濫觴からの助っ人が来てくれたぞ!」
先ほどとは少し変わって、おお、と期待の含まれた声が上がる。しかし、大部分は『本当にコイツが?』と言いたげな表情をしていた。
「では、自己紹介をよろしく」
「は、はい。『虹の濫觴』所属の魔法科三年生、フォルゼリーナ・エル・フローズウェイです。よろしくおねがいします!」
「こちらこそよろしく。そして、ようこそロイヤルムへ! 皆拍手!」
パチパチパチと周囲から手を叩く音。そんな中、一人の生徒が割り込んだ。
「部長!」
「なんだい?」
「応援に来てくれたのはありがたいことですが、失礼ながら本当に戦力になるのでしょうか?」
「馬鹿を言うな! 彼女は六系統全てに適性があるんだぞ!」
部長と呼ばれた、俺を引っ張ってきた人がそう返すと、途端に場がざわめく。
「六系統ってマジか」
「全部使えるなんて前代未聞だぞ」
「にわかに信じられん」
さらに、と部長が付け加える。
「彼女は浮遊魔法をも使えるという」
「なにっ……それは本当ですか‼」
「マジか……⁉」
「本当ならとんでもないことだぞ⁉」
ざわめきが大きくなった。先生の言っていた、浮遊魔法が『大きなアドバンテージになる』というのはどうやら本当のようだ。
すると、部長は俺の方に向き直る。
「もし可能なら、浮遊魔法を見せてくれないか?」
「わかりました」
「そうだ、これを」
すると、部長は魔導具の杖を手渡そうとしてきた。
「あ、つえはいらないです」
「いいのか?」
「はい。わたし、まほうをはつどうするときは、つえをつかわないので」
「そ、そうか……」
そして、俺は浮遊魔法を無詠唱で自分自身に発動する。当然、俺の体はスーッと地面から浮き上がり、五十センチほどの場所で止まった。
「「「「「おお……」」」」」
「……もうだいじょうぶですか?」
「あ、ああ。ありがとう」
俺がストンと着地すると、部員たちは次々と話し出す。
「まさかマジで浮遊魔法を使えるとは……」
「これはとんでもないことだぞ」
「ゲームが根底からひっくり返るかもしれない」
「強力すぎる……!」
「皆、君が入ることには異論はないみたいだね」
はは、と笑いながら部長は言い、俺の方に手を差し出してくる。
「というわけで、これから半年間、よろしく頼む」
「はい!」
俺はその手を取り、ロイヤルムに加わったのだった。