「ねえフォル」
「どうしたの?」
「こんど、エアリスフィアのしあい、見に行かない?」
授業が再開してすぐの冬のある休日、食堂でジュリーと昼食を食べているとき、突然彼女がそんな提案をしてきた。
「エアリスフィア?」
「うん。お父さまのチームが出るんだけど……」
「ちょ、ちょっとまって」
よくわからないまま進みそうになったので、俺は慌てて話を遮る。
そして、まず最も重要そうな部分を尋ねた。
「『エアリスフィア』ってなに?」
どうやらスポーツの名前のようだが……。
「えっと、エアリスフィアっていうのは、スポーツだよ。まほうをつかって、ボールをあいてのゴールに入れるの」
「へぇ~」
チームスポーツのようだし、魔法アリのサッカーのようなものなのだろうか?
「それは人気なの?」
「うん。お父さまは、お友だちとよくれんしゅうしているみたいだよ」
初めて聞いたスポーツだが、王都の少なくない人に嗜まれているようだ。
今まで全く気にしたことがなかったが、この世界にだってスポーツくらいあるよな。もちろん、その中には人気なものもあるだろう。
ジュリーは魔法を使ったスポーツだと言っていたが、具体的にどのように魔法が関わってくるのだろう? 実際に見てみないとわからないが、試合の様子が派手であろうことは容易に推測できる。興味が出てきた。
「それ、行ってみたい」
「ほんと? いっしょに行こう!」
「うん!」
というわけで、俺はジュリーとエアリスフィアなるスポーツを観戦することになったのだった。
※
数日後の休日、俺とジュリーは学園から、ジュリーの家の馬車で、試合が行われる場所へ向かっていた。
第二城壁の外に出てしばらく進むと、住宅地の中に、石造りの巨大な建物が出現した。すぐ横の道にはたくさんの馬車が止まっていて、大勢の人でごった返していた。
「ここが会場?」
「うん」
俺たちは馬車を降りると、ゲートへ向かう。ジュリーが二人分のチケットをスタッフに見せ、俺たちは敷地の中に足を踏み入れた。
巨大な建物の中に入り、階段を上っていくと、不意に前方が開けた。
「おお……」
目の前に広がっている光景を見て、俺はようやく、この巨大な建物がスタジアムだと気づいた。
前方には階段状になっている席が横に連なっていて、席の合間にある通路から今も続々と人が入ってきている。そこから下に視線を落とすと広大な芝のフィールド。その上を数人の選手が歩いていた。
「こんなところがあったんだね」
「うん」
「わたしたちのせきはどこ?」
「こっち」
俺はジュリーについていき、階段を下っていく。どうやら俺たちの席は前の方にあるようだ。
「ここだよ」
そして、案内された席は最前列だった。スタジアムの最前列でスポーツ観戦なんて、前世からカウントしても初めてだ。
「とくとうせきじゃん!」
「出場せんしゅのかぞくのせきなんだって」
「いいの? ジュリーのかぞくじゃないのに、わたしもここにすわって」
「いいの」
適当だなぁ……。まあ、ジュリーがいいというのならいいのだろう。
俺はジュリーの隣に腰を下ろす。すると、すぐにジュリーが立ち上がった。
「お父さま!」
彼女は、目の前の柵に手をかけ身を乗り出して大きな声を出す。
その声に、ちょうど観客席の下にあるであろう通路からフィールドに出てきた男性が、こちらに振り返った。
「ジュリー」
そこにいたのは、ジュリーの父親のアルベルトさんだった。普段とは異なり、動きやすそうなラフな服装をしている。フィールド上の他の人も同じ格好をしているので、きっとチームのユニフォームなのだろう。手には魔導具の杖。
「来てくれたんだね。それに、フォルちゃんも」
「どうも、ごぶさたしております」
「はは、二人とも楽しんでいってくれ」
「お父さま、がんばってね」
「ああ。絶対勝つさ。では、僕はこれで」
そう言って、アルベルトさんは仲間のところへ歩いていってしまった。俺たちは席に座りなおす。
「今日はどことどこのチームのたいせんなの?」
「えーっと、ないむしょうチームと、ざいむしょうチーム」
中央省庁の名前が出てきて、俺は少し意外に思った。
「……もしかして、これってしょうちょうごとのチームの大会だったりする?」
「うん」
どうやらこれは、省庁別対抗戦の大会の一試合らしい。
確か、アルベルトさんは内務省の勤務だったよな……。ということは、赤いユニフォームの人たちが内務省で、金色のユニフォームの人たちが、相手の財務省チームということか。
こうしている間にも、人はどんどん入場してくる。ざわめきが徐々に大きくなっていくのを感じながら見ていると、見覚えのある人物が財務省チームにいるのが見えた。
どこかで見たことがあるような気がするが……思い出せない。うーん、誰だっけな……。
「そうか、パーティーのときの……」
ようやく思い出した。ウォルデマールの父親だ。名前は何だったっけか……それは忘れてしまったが、そういえば奴が、父親は財務副大臣だ! とかなんとか言っていたような気がする。
一般に、魔法の才能は遺伝する。ウォルデマールに魔法科に入るだけの魔法の才能があるのだから、その父親にも相応の魔法の才能があるのだろう。魔法を使うこのスポーツの省庁別チームの代表に選ばれてもなんら不思議ではない。
「どうしたの、フォル?」
「ううん、何でもない」
「あ、はじまる」
センターラインを挟んで、双方のチームが一列に並ぶ。そして、握手を交わした後、それぞれ自分の持ち場へ散らばっていった。
センターラインの中央に、審判がボールを持って立っている。次の瞬間、甲高い笛の音が鳴り響き、それを合図にその人はボールを真上に放り投げた。
試合が始まった。
「そういえば、エアリスフィアのルールって話したっけ?」
「ううん、ジュリーが、『見ながら話した方がわかりやすい』って言ったから」
「そうだっけ」
「そうだよ」
「じゃあ、せつめいするね」
フィールドでは、ボールを追って前線の数人の選手が上を見ながら、魔法を発動している。
「エアリスフィアは、あのボールを、まほうでじめんにおとさないようにあいてのゴールに入れるの。そしたら一点が入る。さいごに点が多かったチームがかち」
「もしじめんにおとしたら?」
「おとしたところからゴールが近い方のチームが、その場からさいかいするよ」
サッカーとバレーボールを組み合わせたかのようなスポーツだな。
ボールは相変わらず宙を舞っている。その周辺に緑色の魔力光がチラチラと瞬いていた。
「風けいとうしかはつどうしていないみたいだけど、ほかのけいとうはつかっちゃダメなの?」
「ううん、そんなことないよ。だけど、地けいとうはつかっちゃダメみたい。それと、ほかの人にむけてつかうのもね」
とすれば、風系統がルール上最も都合がよいから使っているのだろう。
「ボールが体にふれるのもダメなの?」
「もつのはダメだけど、キックとかパンチとかだったら、一回だけならだいじょうぶ」
あくまで、ボールは魔法で動かすのがメインのようだ。
と、ここで財務省チームが、内務省チームのフィールドの端までボールを押し込んだ。フィールドの短辺のラインの外へボールが出る。
ここで笛が鳴り、観客のボルテージが上がる。財務省チームの選手は喜びながら、自分のフィールドへ戻っていった。
「あー、きまっちゃった」
「今ので一点?」
「うん。はしっこの線の上にバーがあるでしょ?」
ジュリーの言う通り、フィールドの短辺のラインの上空三メートルほどの位置に、長いバーが横たわっていた。イメージとしては、ラグビーのゴールを横にうんと細長くして、フィールドの角から角まで伸ばしたようなかんじだ。
「あのバーの下から外に出せば一点だよ」
「上だったら?」
「ゼロ点。相手チームのボールではじまるよ」
大まかなルールはわかってきた。だんだん面白く感じてくる。
そんなことを考えていると、センターラインから、今度は内務省チームのボールで試合が再開する。
相変わらず激しい魔法の応酬が繰り広げられ、ボールは不規則な軌道を描いて空中を移動する。
と、次の瞬間、混戦のせいで予想外の作用がはたらいたのか、ボールが突然ものすごい勢いですっ飛び始めた。運が悪いことに、そのボールは一直線に俺たちめがけて飛んでくる。
「きゃぁっ……!」
ジュリーが咄嗟に頭を抱えて前傾姿勢を取る。
「『エアキャノン』っ!」
俺は、こちらに向かってくるボールのど真ん中をめがけて、強力な空気の流れを当てる。その結果、ボールは急速に球速を落として、目の前の通路にストンと落下した。
……あ、あぶね〜〜。
俺はボールを拾い上げる。野球とかサッカーとかもそうだが、球技の観戦の際には、こういう観客席へ飛んでくるボールに注意が必要だ。
「大丈夫かい、二人とも⁉」
すると、アルベルトさんが息を切らしてこちらに駆け寄ってきた。
「だいじょうぶです」
「よかった……フォルちゃん、娘を守ってくれてありがとう、感謝する」
「いえいえ」
俺はアルベルトさんにボールを渡す。アルベルトさんはボールを受け取ると戻っていき、まもなく試合は再開した。
ふぅ、と息を吐いて、俺は席に座りなおす。
「フォル、ありがとう」
「どういたしまして」
「やっぱりフォルはすごいよ」
「そんなことないよ」
「ううん、フォルくらいのはんしゃしんけいと、まほうのぎじゅつなら、エアリスフィアでもすぐにかつやくできそうなくらいだよ」
「そうかな~」
口ではそう言いながらも、エアリスフィアを観るだけじゃなくて、実際にやってみたい気持ちが、俺の中には芽生えつつあったのだった。
ちなみに、試合は結局、内務省チームが接戦を制して勝利した。