アシュタルムとのエアリスフィアの試合を終えて学園に戻ったのは、新年度の授業が始まる直前だった。
「ただいま~」
久しぶりに五〇九号室の玄関ドアを開けると、ドアのすぐ向こうにはレイ先輩とフローリー先輩がいた。二人とも、ちょうど出かけようとしていたところだった。
「おかえりなさい、フォルゼリーナ」
「フォルおかえり! ちょうどいいところに来たね!」
「先ぱいたちはどこに行こうとしていたんですか?」
「新入生だよ! 今日この部屋に新入生がやってくるんだよ!」
今年度、俺たちはそれぞれ四年生、七年生、十年生になる。寮では、三学年ずつ離れた人が同室になるため、今年度、この部屋には一年生がやってくることになっていた。
ついに後輩がやってくるのか……! この部屋での最年少ポジションを明け渡すときが来てしまった。後輩ができて嬉しい一方、先輩になるためこれまでのようには振るまえないことへの寂しさもある。
それにしても、時間が経つのは早いな……。この部屋に来たのはつい最近のことのように思っていたが、もう丸三年になるのか。節目ごとにいつも同じようなことを感じているような気がするが、きっと今後も同じような気持ちになる瞬間がいっぱい来るのだろう。
「それで、今から新入生を迎えに行くのですよ」
「フォルも行こう!」
「わかりました」
私は荷物を急いで自分の部屋に置くと、二人についていき、正門へ歩いていく。
「そういえばエアリスフィアの試合はどうだったのー?」
「ざんねんながら負けてしまいました」
「それは残念です」
「フォルは何得点決めたの?」
「えっと、六点です」
「すごーい! やっぱりエースだね!」
「でも、相手にもっとすごい人がいて……」
「フォルゼリーナより強い人がいたのですか?」
「はい」
「ぜんっぜん想像できないなぁ……」
ふと周りを見ると、三人組や二人組で寮から正門へ歩いている人たちが何組もいた。この人たちも、新入生を迎えに行くのだろう。
「そういえば、わたしが入学した時って、こういう新入生をむかえに行くイベントってなかったですよね?」
「え? あったよ?」
「でも、りょうに入る時、わたしは一人で荷物を部屋まで運びましたし、正門のまわりにむかえに来た先ぱいたちも見当たりませんでしたが……」
「それは、フォルゼリーナが入寮初日の早い時間に来てしまったからですよ。新入生のお迎えは、毎年入寮開始から二日目と三日目に行われますから、フォルゼリーナが体験していないのも当然でしょう」
「そうだったんですね」
私たちは正門に到着する。すでに、正門付近には大きな荷物を持った新入生やその親、迎えに来た生徒たちでごった返していた。場はかなり騒々しく、かなり大きめの声で話さないと聞こえづらい。
「この中からどうやって五〇九号室の子を見つけるんですか?」
「さあ……?」
レイ先輩はフローリー先輩を見る。だが、フローリー先輩も首を横に振った。
「なにぶん、わたくしたちも後輩を迎えに行くのは初めてですから。フォルゼリーナのときは、迎えに行く前に来てしまいましたし、その前はわたしがここに来たタイミングなので、経験が無いのです」
「同じく! あ~、カヤ先輩に聞ければなぁ~」
「……そもそも、五〇九号室の子は、この場にいるんですか?」
「それは確実です」
「守衛さんから連絡が来たからねー!」
「それなら、その人にどの子か聞くのがいいんじゃないですか?」
「なるほど、そうしましょうか」
早速、フローリー先輩が守衛の人に尋ねに行く。しばらくすると、その人が一人の女の子を連れてきた。
まず目に入ったのは金髪。フローリー先輩と俺の髪の色を足して二で割ったような色合いだ。
長い前髪から見え隠れするのは、とても綺麗な明るいエメラルドグリーンの瞳。
何より、一番の特徴は長髪の隙間から飛び出した、先端の尖った長い両耳だろう。
大きなリュックを背負ったその子は、人見知りなのか、下を向いてもじもじしていた。
「……あなたが、五〇九号室に入る子ですか?」
「……は、はい」
フローリー先輩が問いかけると、小さくなりながらも蚊の鳴くような声でその子は答えた。
すると、そこにレイ先輩が目を輝かせながらズイっと迫る。
「ねえねえ、もしかしてエルフだよね⁉ うわー初めて見た! ホントに耳長いんだねー!」
「え、あ、う……」
「王国出身なの⁉ それともエルフの里出身? 長生きってホント⁉ 風系統の魔法とか得意なの⁉」
「……」
「ちょ、ちょっとレイ先ぱい! そんな一気に聞かないでください! この子、こまってますよ」
「あ、ごめんごめん……」
「……とりあえず、名前だけ教えてくれる?」
「えっと……ラウィ、です」
「ラウィちゃん、はじめまして。フォルゼリーナ・エル・フローズウェイです。これからよろしくね。これからお部屋にあんないするけど、荷物はこれだけかな?」
すると、ラウィちゃんは首をブンブンと横に振って、正門の方を指さす。
そこには、大小さまざまなバッグが小さな山を形成していた。
「……多くない⁉」
「ど、どうやって運んできたんでしょうか……?」
「……ばしゃ、で」
「と、とにかく運んじゃいましょう。わたしがやります」
私は荷物の山に触れると、浮遊魔法を使って浮かせていく。
かつて巨大な魔水晶を丸ごと持ち上げたことさえあるのだ。個数は多いが、重さはそれには及ばない。
「……すごい」
「それじゃ行こっか、ラウィ!」
レイ先輩がラウィちゃんの手を引いて、俺たちは五〇九号室へ向かう。
周りからかなりの視線を感じたが、きっと、私の後ろに大量の荷物が浮いてついて回っているからだろう。
何とか寮の入り口を通り抜けて、階段を上っていく。
その途中、俺は荷物を落っことしそうになった。
「おおっ……と⁉」
「大丈夫ですか、フォルゼリーナ?」
後ろを歩いていたフローリー先輩に当たりそうになるが、何とか持ち直す。
浮遊魔法の出力が一時的に低下してしまったようだ。私は再度魔力を注入して、荷物を浮かせる。落としたら大事故につながりかねないからな……。
そして、無事に五〇九号室に到着。荷物は、かつてカヤ先輩が使っていた空き部屋へ。
私たちはリビングに集合すると、テーブルを囲んで座る。
「それでは、改めて自己紹介をしましょうか」
俺たちは、フローリー先輩から年齢順に自己紹介をする。
私の自己紹介の後に、ラウィちゃんの番になった。
「……わっちのなまえは、ラウィといいます。……いちねんせいで、けんきゅうかです。よろしくおねがいします」
「研究科……フローリー先輩と同じだね」
「何かあったらわたくしに気兼ねなく相談してくださいね」
「……ありがとうございます」
「で、ラウィはエルフなのー?」
レイ先輩がさっきから聞きたそうにしていた質問を投げかける。それに対して、ラウィは頷いた。
「はい、わっちはエルフです」
「おー! 本物だ! エルフの人と話すのは初めてだよ!」
「めずらしいんですか?」
「かなり珍しいよ! そもそも王国とは別に自分たちの国があるし、人口も少ないからねー。でも、魔法が得意で、王国内ではハンターとして活動している人が多い印象かな! フォルは見たことない?」
「ほとんど見たことないですね」
王都に初めて来た時に馬車の窓から見かけたっきりだ。
「エルフが長生きっていうのはホント?」
「はい、わちらはせんねんとか、ながいとせんごひゃくねんぐらいいきます」
「すごーい!」
エルフが長命というイメージは、前世の創作物にもよくあるものだったが、この世界にも当てはまるようだ。
今度はフローリー先輩が質問する。
「ラウィというのは本名なのですか? エルフには姓は無いのですか?」
「……あります。けど、にんげんさんにはいえない……のです」
「言っちゃいけない、ということ?」
「ううん……にんげんさんは、わっちのなまえを、よぶことができないです」
「どゆこと?」
「おそらく、わたくしたち人間には、ラウィの本名が発音不可能、という話でしょう。そういうことですか?」
「はい……わっちのほんみょうは$%#+?R}¥(&ー><*@)ですけど……」
……なるほど、確かに発音できなさそうだ。エルフと人間はそこまで見た目に差はないように見えるが、こういうところに違いがあるんだな。
しばらく雑談をした後、学園についてラウィちゃんに説明する。三年前、私がカヤ先輩からされた説明と同じような内容を三人で説明する。
「それでは、六時になったら食堂へ行きましょう」
最後にフローリー先輩がそう締めくくり、一旦解散となる。
「はー……」
俺は自分の部屋に戻ると、ベッドにダイビングする。
なんだかドッと疲れが押し寄せてきた。体が泥沼に呑み込まれたかのように重い。
私はそのまま目を閉じると、意識を手放してしまった。