翌週。俺は少し憂鬱な気分でクリークに向かっていた。
先週の対戦からは五日が経過したのだが、やはり対人戦で負けたことは俺の中で相当ショックだったようで、あまり気分が晴れなかった。そのおかげで、ジュリーにも心配されてしまった。
俺は先週と同じ十分前にクリークに入ると、掲示板を眺める。
まずは俺の欄。シャーロット先輩の列と俺の行がぶつかるところには、×印が書かれていた。
わかっていたけどなぁ……。俺はため息をつく。
俺は顔を上げて、他の試合の結果も見る。
第二試合、カンネ先輩対リンネ先輩は、カンネ先輩の勝利。
第三試合、ローガン先輩対ダイモン先輩は、ローガン先輩の勝利。
第四試合、エリック先輩対キャサリン先輩は、エリック先輩の勝利。
第五試合、アーチェン先輩対ジョン先輩は、アーチェン先輩の勝利。
以上より、暫定順位は、エリック先輩とカンネ先輩が三勝で一位タイ。俺とアーチェン先輩、ローガン先輩、シャーロット先輩が二勝一敗で三位タイ。ジョン先輩が一勝二敗で単独七位。キャサリン先輩とダイモン先輩、そしてリンネ先輩が三敗で八位タイとなっていた。
今日から始まるのは四回戦。俺の相手はカンネ先輩だ。前回の会員戦では、シャーロット先輩よりも順位が一つ上だった先輩である。
基本的に、俺の相手は回数を重ねるごとにどんどん強くなっていく。つまり、カンネ先輩は前回俺が負けたシャーロット先輩よりも強い、ということだ。
しかも、今のところエリック先輩とともに全勝しているメンバーである。勝てるのかなぁ……。どうも不安になってしまう。
「ダメダメ!」
俺はパチンと自分の両頬を叩く。
なに弱気になっているんだ! 逆に考えろ!
この中でぶっちぎりの最年少なのに、勝てている方がおかしかったのだ! 経験も浅いし体も小さいし技能も拙いし、上級生と戦ったら負けるのが普通なのだ!
勝ち負けにこだわるんじゃない。先輩の胸を借りるつもりで、自分の精一杯をぶつけるんだ。そうやって試行錯誤をして、これから成長していけばいい。
……よし、行くか。
少し気分が晴れた俺は、ゆっくりと練習場へ歩いていく。
練習場に入ると、すでにそこにはカンネ先輩とジェラルド先生が待っていた。
「おはよう、フォルゼリーナちゃん」
「おはようございます、カンネ先ぱい」
「今日はよろしくね」
「こちらこそ、よろしくおねがいします」
俺たちは握手をする。なんだか親しみやすい先輩だ。
「今日は三人も観客がいるから、気合を入れなくちゃね」
ギャラリー席を見ると、そこには三人の生徒。リンネ先輩、ダイモン先輩、そしてシャーロット先輩だ。全員一ヶ所に固まって座っている。リンネ先輩はダイモン先輩と話していて、シャーロット先輩は今日はサングラスをかけていた。
俺たちが目を向けると、リンネ先輩が手を振りながらこちらに声をかける。
「カンネちゃ〜ん、フォルちゃ〜ん、頑張ってね〜!」
「頑張るよー!」
カンネ先輩がリンネ先輩に手を振りかえす。俺も手を振った。
すると、少し言いづらそうに先生が切り出す。
「そろそろ始めてもいいか?」
「はい!」
「わかりました」
俺たちは数メートル間を空けて対峙する。しばし静寂の時が流れる。
「それでは、第四回戦第一試合、カンネ・イール・ベルカナン対フォルゼリーナ・エル・フローズウェイを始める!」
次の瞬間、ゴーン! と鐘の重低音が響き、試合が始まったのだった。
※
「いくわよ!」
最初に動いたのは、先輩の方だった。
先輩は身体強化魔法を発動すると、俺を中心に周りながら、徐々にこちらに向かってくる。
俺も身体強化魔法と魔力視を発動すると、先輩に向けて『ファイヤーボンバー』を放つ。
しかし、距離があるのか、避けられてしまってなかなか当たらなかった。
先輩はまだこちらに攻撃を仕掛けてこない。確かリンネ先輩と双子で、得意な系統も同じだったような……。
ならば、戦闘スタイルもリンネ先輩と同じように、自分からは仕掛けずに当たったら回復、みたいな感じなのかもしれない。
それならば、やはり俺の膨大な魔力量を活かした消耗戦に持ち込むのが吉だ。
そのためには、魔力量当たりの与ダメージ量が大きい身体強化魔法で戦うのが良いだろう。
とりあえず、まずはカンネ先輩が、ダメージをくらったら『ヒール』で回復する、という仮説を検証しなければならない。
俺は『ファイヤーボンバー』を調整して、先輩の動きを制限し、誘導していく。
そして、特定ポイントに誘き寄せたところに全方向から『ファイヤーボンバー』。これで逃げられまい。
「わたしもやられたやつだ〜!」
「ほう、これはすごいですねー! ハメ方が美しいです!」
観客席の先輩方の前の壁で、『ファイヤーボンバー』が炸裂。カンネ先輩の姿が見えなくなった。
もしダウンしたのなら、身体強化魔法が解除されるから魔力視には何も映らなくなる。
しかし、もうもうと上がる土埃の中の先輩の反応は、まだ消えていなかった。
「ふっふっふ、効かないわよ! 私もリンネと同じように『ヒール』で回復できるからね!」
やっぱりか。説立証だ。
俺は『ファイヤーボンバー』の乱れ打ちをやめると、身体強化魔法に魔力を注ぎ込んで、肉弾戦を挑む。
「おりゃあああ!」
俺はダッシュで先輩に向かうと、拳を振り上げる。
だが、先輩は華麗に避けると逆に肘鉄をお見舞いしようとしてきた。
俺はそれを間一髪で避け、お返しに無詠唱で『スプラッシュ』を顔面にお見舞い。
「わぷっ!」
そうして、先輩が怯んでいる隙に、俺は拳を先輩のお腹にお見舞いした。
「ごへっ!」
後ろに吹っ飛んでいく先輩。ゴロゴロと地面を転がるも、すぐに『ヒール』で自己回復したようで、紫色の魔力光が体からちらつく。
しかし、俺はその隙を逃さない。
ダッシュで先輩に追い付くと、俺は馬乗りになる。そして、背中をポカポカと殴り始めた。
殴る度に、紫色の光が瞬いて、先輩は回復していく。先輩の魔力が尽きるまで、あとどれくらい続ければよいのだろうか。そろそろ俺の手が痛くなってきた。
「ふんっ!」
「うわっ」
次の瞬間、先輩は体をひねって仰向けになる。
身体強化魔法で力は増強できても、質量までは増強できない。俺は先輩に上に乗っかられそうになって、慌ててそこから脱出しようとした。
「もらった!」
だが、先輩は俺の腕をガシッと掴んだ。その刹那。
「いッ⁉」
全身が痺れた。ビクビクと痙攣して思うように体が動かない。
この感覚……前にも味わったことがある! 聖系統中級魔法『パラライズ』だ!
先輩は体を起こすと、今度は俺に覆い被さろうとしてくる。そうされるとかなり苦しい。
俺は無詠唱で『フロート』を発動し、体を浮かせると一瞬でそこから移動する。
先輩の、俺に覆い被さろうとする試みは失敗し、床にうつ伏せに倒れ込んだ。
「ま、待てー!」
待つもんか! 俺はそのまま浮上する。俺を掴んでいた先輩の手も離れ、俺は単独でそのままスイーっと宙に浮き、天井近くで静止した。
それから魔法で体勢を調整し、俺は練習場を見下ろす格好になる。
ギャラリーにはこちらを見上げる三人の先輩。練習場には審判の先生と、リンネ先輩がいた。
「こらー! 降りてきなさーい!」
誰が降りるもんか! 麻痺させられて体が動かなくても、こっちは自由に移動できるんだよーだ!
幸いにも、リンネ先輩は遠距離攻撃できるような魔法を発動できないようだった。そのため、ただ見上げるだけで攻撃してくる素振りは全然無かった。
舞台は整った。多少ダメージ効率は落ちるが、俺には精霊たちというとっておきの手がある。これで一方的に攻撃できる。
あとは、どちらの魔力が先に尽きるか。またしても消耗戦だ!
精霊たち、準備はオーケー?
『はーい!』
『かしこまりました』
『わかってるっスよ!』
『やるよ~~』
『妾の力、見せてくれるわ!』
『ボクも頑張りましゅ~』
では、攻撃開始!
そして、俺の号令で、精霊たちが一斉に先輩に攻撃を始めたのだった。