さらに翌週。だんだん慣れてきた俺は、先の二回よりは少し遅めの、試合開始十分前にクリークに到着した。
まずは掲示板の確認から。二回戦も、ルール上誰もどの試合も観戦できないので、こうして掲示板の表で結果を知るほかないのだ。
二回戦の第一試合、つまり俺とダイモン先輩の試合結果は、俺の行に○。つまり、俺の勝利だ。
第二試合、ローガン先輩対リンネ先輩は、ローガン先輩の勝利。
第三試合、カンネ先輩対シャーロット先輩は、カンネ先輩の勝利。
第四試合、アーチェン先輩対キャサリン先輩は、アーチェン先輩の勝利。
第五試合、エリック先輩対ジョン先輩は、エリック先輩の勝利。
以上より、暫定順位は、俺、エリック先輩、カンネ先輩が二勝で一位タイ。アーチェン先輩、ジョン先輩、ローガン先輩、シャーロット先輩が一勝一敗で四位タイ。そして、キャサリン先輩、ダイモン先輩、リンネ先輩が二敗で八位タイとなっている。
この会員戦は、俺の実力が会員の中でどの辺にあるかを探る戦いでもある。
今のところ、前回の下位二人は撃破できたが、これから対戦相手はどんどん強くなっていく。いずれ、どこかのタイミングで勝てなくなるはずだ。
そのラインが後ろの方であることを願うばかりだ。
さて、俺の三回戦の対戦相手はシャーロット先輩。ミーティングの時に隣に座っていたメカクシお姉さんである。
あの独特な雰囲気の先輩は、いったいどのように戦うのだろうか。やはり戦闘スタイルも独特なのかなぁ……。
そんなことを考えながら練習場に入ると、そこにはすでに先生の姿があった。
「おはようございます、先生」
「おう、おはようフォルゼリーナ」
「……シャーロット先ぱいはまだですか?」
「まだだな。……まぁ、アイツは特性上朝が弱いから、もしかしたら遅刻してくるかもなぁ」
先生がそう言った瞬間、パタパタと通路を走る足音。直後、シャーロット先輩が姿を現した。
青みを帯びた銀髪をハーフアップにしている。そして、相変わらず黒い帯を目のところにつけて目隠しをしていた。走ってきたのか、少し息が上がっている様子だ。
「お、遅くなりましたわ……!」
「いいや、間に合っているぞ、シャーロット」
「でも、フォルゼリーナさんと先生を待たせてしまいましたわ……申し訳ございません」
なんだか物腰の柔らかい人だな。
すると、先輩は欠伸をする。やっぱり少し眠いようだ。
「やはり眠いのか?」
「ええ、本当に。今日はルームメイトの一年生の方が起こしてくださったのですわ。感謝してもしきれません」
もう午前十時なのだが……。夜型の人なのだろうか。それとも、前日に夜更かしをしてしまったとか。
すると、先輩がこちらを向いた。
「今回はよろしくお願いいたします、フォルゼリーナさん」
「こ、こちらこそよろしくおねがいします、先ぱい」
やっぱり俺のことが見えているのだろうか?
普段はサングラスをしている、とダイモン先輩がミーティングで言っていたし、光に弱いだけで目は見えているのだろう。
「じゃぁ、観客も今回はいないことだし、そろそろ始めようと思うが」
「ええ、構いませんわ」
「だいじょうぶです」
「よし、それでは両者とも位置につけ」
俺と先輩は数メートルの間を空け、練習場の中央で向かい合う。
そして、先生の声が響いた。
「それでは、第三回戦第一試合、シャーロット・ヴェラショヌヴァ対フォルゼリーナ・エル・フローズウェイを開始する!」
次の瞬間、ゴーン! と鐘の重低音が響き、試合が始まったのだった。
※
試合が始まると、俺は真っ先に魔力視と身体強化魔法を発動する。ここまではもはやテンプレとなりつつある。これがないと何もできないからな。
一方、先輩に動きはない。ただ妖艶な笑みを浮かべながら、そこに佇んでいるだけだ。どうやら身体強化魔法すら発動していないようで、魔力視を発動しても何も視えなかった。
本人の雰囲気も相まって、かなり不気味に感じる。いったい何を企んでいるんだ……?
まあいい。何も仕掛けてこないならば、こちらから仕掛けるまでだ!
「『ファイヤーボンバー』!」
俺は二重発動で『ファイヤーボンバー』を発射する。火球が先輩へ一直線で飛んでいく。
だが、次の瞬間。突然視界が真っ暗になった。
「え?」
火球だけが自身の周囲数十センチを照らす。しかし、それも数秒後に地面に着弾し、火炎を上げて消失した。当然、そこに先輩の姿はない。
辺りが真っ暗闇に包まれる。十数センチ先にある自分の手の先すら見えない。自分が立っているのかすらあやふやになっていく、全ての感覚を飲み込むような闇だった。
そして、一瞬のうちにさまざまな考えが俺の頭の中を駆け巡る。
これは……ルーナのお腹の中にいた頃を思い出すな。あの時もこんな感じだった。
いやいや、思い出に浸っている場合ではない。紛れもなくこれは先輩の攻撃。魔法だとすれば、おそらく、これを引き起こしたのは光系統の初級魔法『ダークネス』だ。
俺の魔力視の精度では、初級魔法を発動する際の魔力の流れは認識できない。しかも、身体強化魔法も発動していないから、魔力視では先輩が見えない。
これはやられた……!
だが、まだ意識を保っているし、足先の感覚もあるから、俺は負けてはいない。これからの選択次第では、勝つことだってできるはずだ。
とりあえず、俺も身体強化魔法の発動をやめるべきか? 現状、俺の姿が魔力視で一方的に見える状態になっているのは良くない。
でも、解除した状態で先輩に肉弾戦を挑まれたら、体格で劣る俺は先輩にあっという間に倒されてしまうだろう。それに、先輩が強力な魔法で攻撃してこないとも限らない。その時に、身体強化魔法を発動していないと大怪我の元になる。
結局、俺は身体強化魔法をそのままに、『ソナー』を発動して、周囲を探索する。
「!」
すると、先輩らしき人影を発見。俺は浮遊魔法で地面から浮くと、音を立てないようにスーッと移動する。
それに呼応して、先輩らしき人影もまた移動しだす。俺は追い詰めるために『ロックパイル』を発動した。
ドドド! という音とともに、前方に何かが射出される音。何も見えないが、きっと俺の目の前の地面から、岩の杭が先輩の方へ突き出しているはずだ。
やったか……⁉︎
そう思った次の瞬間、今度は視界が一気に真っ白になった。
「うわあぁっ……!」
あまりの眩しさに、俺は何も見えなくなる。何も見えない#000000の世界から#FFFFFFの世界へと、コンマ〇数秒の間に一気に転換する。暗い状態に慣れきっていた俺は、明順応が完了するまでの間、盲目状態になった。
光系統の初級魔法『ライト』だ。
そうか、先輩は目隠しをしているから、俺よりもダメージが少ない。だから、俺が動けるようになるまで、先輩にはいくばくかの猶予が生まれる……!
俺は慌てて、後ろ斜め上に浮遊魔法で退避しようとする。
だが、次の瞬間強い衝撃が俺を襲い、俺の体は床に叩きつけられた。
「あ゛っ……!」
先輩に倒されたのだと、俺はすぐに理解した。そして、身体強化魔法を発動して抵抗しようとするが、時すでに遅し。先輩の方も身体強化魔法を使っていて、俺をガッチリと押さえていた。
俺の右耳に、先輩の甘い吐息がかかる。
くそっ、なんとかして抜け出さないと……!
しかし、次の瞬間、俺の右首筋に針で刺されたような鋭い痛み。どうやら、先輩が俺の首筋に噛み付いてきたようだ。
オイオイオイ! そんな攻撃方法ありなのかよ! ともかく、この状態から脱……出……しなけ…………れ…………ば………………。
だが、思考の途中で体から急速に力が抜けていく。同時に意識が遠のいていき、俺はそのまま何もわからなくなった。
※
「う……」
目を開けると、俺を覗き込む誰かの顔。
青みがかった長い髪に、切れ長の薄灰色の瞳。俺の顔を見て、少し安心したような顔を浮かべた。
「気分はいかがですか、フォルぜリーナさん?」
「……シャーロット、先ぱい?」
「はい、そうですわ」
目の黒帯を外すと、こんな顔なのか……。一瞬誰だかわからなかったぞ……。
確か、さっきまで俺は先輩と試合をしていて、試合中に首筋を噛まれた後に気絶してしまったはず……。だが、どうやら現在、俺は先輩に膝枕をしてもらっているようだ。
どのくらい時間が経ったのかわからないが、これ以上膝枕をしてもらうのは悪い気がしたので、俺は体を起こす。しかし、まだ完全には回復していないようでふらついてしまった。
「無理をなさらないでください」
「あ、ありがとうございます……」
俺は先輩に抱きかかえられる。そのまま、俺は周囲を見回した。
練習場でもギャラリーでも本部の部屋でもない。ベッドが数床ある、小さな部屋だ。今この場にいるのは、俺と先輩の二人だけのようだ。
「ここは……?」
「保健室ですわ。クリークの建物の中にありますのよ」
「しあいは……」
「わたくしたちの試合は終わりましたわ。今は第二試合のカンネ先輩とリンネ先輩の試合が練習場で行われていますわ」
「そうですか……じゃあわたしは、まけたんですね」
「ええ……」
やはり、気絶してしまったので負けになってしまったらしい。
初の黒星である。どこかで俺が超えられないラインがあるとは思っていたが、予想以上にそれは早く来てしまったようだ。
覚悟はしていたものの、ものすごく悔しい。もしかしたらいけるかも、と心のどこかで思っていた数時間前の自分を思いっきりビンタしたい気分だ。
そして、やはり気になるのは、先輩の目の黒帯。そして、試合の最後に感じた痛みと気絶の仕組み。
もう試合は決着したので、今回の会員戦では今後先輩と戦うことはない。それならば、きっと教えてもらえるだろう。
今回の試合の反省をするためにも、個人的な興味を満たすためにも、先輩のことをもっと知りたい。
「先ぱい」
「どうしたのですか?」
「ききたいことがいくつかあるんですけど」
すると、先輩はにっこりと微笑んだ。
「いいですわよ。……おおかた、わたくしが試合中に使った魔法のことでしょう?」
「あ、はい」
どうやらお見通しだったようだ。
「……まず、先ぱいはわたしがきぜつするまえに、わたしのくびにかみつきましたよね?」
「ええ。そうですよ」
俺は自分の首筋に手を当てる。触っただけでは特に異常は感じられないが、俺は確かにあの時、先輩に噛み付かれた。それは先輩も認めている。
「そのときに、なんのまほうをつかったんですか?」
「……それについては、まずわたくし自身について話さなければなりませんわね」
どうやらかなり壮大な話のようだ。先輩は座り直す。
「吸血鬼、という種族を、フォルぜリーナさんはご存知ですか?」
「……きいたことはあります」
確かシャルが昔、亜人の一種にそんなのがいる、と言っていたような気がする。
「実はわたくしには、吸血鬼の血が混ざっているのですわ。とはいえ、その血ははるかに薄いもので、両親も祖父母も人間として暮らしているのですが……。わたくしは、いわゆる先祖返りをしてしまったのですわ」
「な、なるほど」
「吸血鬼の見た目はほとんど人間と変わりませんが、犬歯……いわゆる糸切り歯が長いという特徴を持っているのですわ。わたくしも、例に漏れず、少し長く尖っていますわよ」
そう言って先輩は口を開ける。確かに、先輩の犬歯は長く、鋭く尖っていた。
「他にも、吸血鬼にはいろいろな特徴がありますわね。例えば、強い光に弱いとか……」
「もしかして、黒いぬのを目にしているのも?」
「ええ。昼間に活動する時はどうも日光が眩しくて……サングラスやこれは必須ですわね」
俺の予想はどうやら当たっていたようだ。
「あとは、昼夜逆転になりがちですわね。わたくしにとっては朝方は宵のようなものですから、かなり眠いですわね」
「いまはだいじょうぶなんですか?」
「ええ。一度眠い時間帯を乗り越えると、不思議なことに逆に目が冴えてくるのですわ」
それって、いわゆる深夜テンションというやつじゃないか……? 昼夜逆転している吸血鬼にもあるんだな。
「とにかく、この他にもいろいろな特徴があるのですが、その中の一つに『催眠』というものがありますわ」
「さいみん?」
「ええ。対象の人に噛みついて自分の唾液を注入すると、その人を催眠状態にして多少操ることができるのですわ。今回はそれによって、フォルゼリーナさんの意識を強制的に奪ったのですわ」
なるほど。そういうことだったのか。
「まあ、これは魔法というよりかは、種族特性といった方が正しいかもしれませんわね。一応魔法に分類されていますけれども」
……もし俺が先輩の特性を知っていれば、いろんな対策ができただろう。もしかしたら勝てたかもしれない。
だが、それはただの負け惜しみにすぎない。
これから先、素性のわからない敵にぶつかることがあるかもしれない。もしその戦いが、絶対に負けられないようなものだったら、どうする?
相手の素性がわからないから、負けても仕方ないなんて、絶対に言えないだろう。
きっと、もっと上手い立ち回りがあったはずだ。今日の負けを糧にして、次に繋げていかなくてはならない。
「先ぱい」
「なんでしょうか?」
「ありがとうございました。……しょうじんします」
すると、先輩はふふっと微笑んで、俺の頭を撫でる。
「フォルゼリーナさんは、きっと強くなれますよ。次のフォルゼリーナさんの試合は観戦するつもりなので、頑張ってくださいね」
「はい!」
こうして、俺の三回戦は、黒星に終わったのだった。