ちょうど一週間後の朝九時半過ぎ。俺がクリークの建物に向かうと、すでに入り口のドアは開いていた。
建物に入ってまず確認したのは通路の右手にある掲示板。そこには、先週末行われた一回戦の結果が表に書き込まれていた。
自分の名前が書かれた行を見ると、リンネ先輩の名前が書かれた列と交差したマスに、俺の勝利を意味する○が書かれている。
結局、先週の試合は、消耗戦の末に、リンネ先輩が魔力切れになって戦闘不能になり、俺が勝った。
ちなみに、魔力切れで気絶したリンネ先輩は、ボロボロになりながらも超満足そうな顔をしていた。やっぱりドMだった。
ともあれ、一勝を飾ったことに変わりはない。出だしは好調だ。
○の下には時間が書かれている。おそらく、試合開始から決着までにかかった時間だろう。
一回戦の他の試合の結果は次の通りだ。
第二試合、カンネ先輩対ダイモン先輩はカンネ先輩の勝利。
第三試合、ローガン先輩対シャーロット先輩はシャーロット先輩の勝利。
第四試合、ジョン先輩対キャサリン先輩はジョン先輩の勝利。
第五試合、エリック先輩対アーチェン先輩はエリック先輩の勝利。
以上より、俺はカンネ先輩、シャーロット先輩、ジョン先輩、エリック先輩と並んで一勝で暫定一位タイ。残りの人は一敗で暫定六位タイとなっていた。
さて、今日から二回戦だ。俺の相手は……。
「お、フォルゼリーナ君じゃないですかー! もう来ていたんですね!」
「……ダイモン先ぱい」
その時、ちょうど入り口から現れたのは、二回戦第一試合で俺と対戦するダイモン先輩だった。
背中には大きなリュック。中にいっぱい物が入っているのか、大きく膨らんでいた。
「まずは一回戦での勝利、おめでとうございますー!」
「あ、ありがとうございます」
先輩は俺の手を取ると、ブンブンを振る。
「いやー、リンネ君に勝つとはなかなか大したものですね。彼女、厄介な相手だったでしょう?」
「ええ、はい……」
「では、練習場に向かいましょうか!」
俺たちは練習場に入る。すでにそこでは、ジェラルド先生が壁に寄りかかってのんびりとパイプをふかしていた。
「おぅ、来たか」
「おはようございますー、ジェラルド先生!」
「おはようございます、先生」
「まだ時間にはなっていないが、始めるか? 今日も観客はいないわけだが」
「そうですね! 僕は構いませんよー!」
「わたしもだいじょうぶです」
「そうか。じゃぁ、二人とも準備してくれ」
俺たちはある程度の距離を取って立つ。
すると、先輩はリュックを下ろすと中を漁り、アイテムを取り出した。
杖だ。しかし、一般的なものよりもやや大型で、ゴツい。
先輩は、それを二つ取り出して床の上に置くと、リュックを端に寄せる。
「ダイモン、一応言っておくが……」
「大丈夫ですって、先生! 外部からの魔力源の持ち込みは禁止、なんですよね? 確かめてみてください!」
先生は先輩の杖を手にとって検める。
「……問題はなさそうだな」
「それはよかった!」
そう言うと、先輩は両手で一つずつそれらを持った。
「準備完了です!」
「わたしもだいじょうぶです」
「フォルゼリーナ君!」
「なんですか、先ぱい?」
「正々堂々、全力を出していい試合にしましょう!」
「は、はい……」
圧倒的陽オーラ……! 目を純粋さで輝かせるダイモン先輩があまりにも眩しすぎた。
そして、先生が高らかに宣言する。
「それでは、第二回戦第一試合、ダイモン・バスケス・ティモスワール対フォルゼリーナ・エル・フローズウェイを開始する!」
次の瞬間、ゴーン! と鐘の重低音が響き、試合が始まったのだった。
※
最初に行動を起こしたのは、ダイモン先輩だった。
「『ランテール』、『ロンテール』、起動!」
すると、両方の杖の根本が光を放つ。どうやらそれぞれの杖の名前らしい。
普通の杖は魔力の流れを最適化する役割を持つ。そのため、わざわざ起動なんてしなくても、魔力を通して使いたい魔法を発動しようとすれば、勝手に補助をしてくれる。
逆に言えば、わざわざ起動する必要があるということは、それ以外の機能がついているということ。俺は警戒度をグッと高めた。
俺は何が起こっても対応できるように、身体強化魔法と魔力視を発動する。先輩に目を向けると、彼もまた身体強化魔法を発動していて、さらに魔力が両方の杖に注ぎ込まれているのが見えた。
「それではいきますよー!」
次の瞬間、先輩の右手の杖に一際多くの魔力が流れ出した。そして、赤と緑の光とともに、火の旋風が真っ直ぐ俺に向かって放たれた。
「『ロックウォール』!」
地系統中級魔法、『ロックウォール』。地面から岩の壁を発生させる魔法で、魔力消費量は二百。俺は自分の目の前に大きな岩壁を発生させて、先輩の攻撃を防ぐ。
だが、先輩はその壁を飛び越えて俺の上に現れる。
その右手の杖は、今度は青色と緑色の光を放っていた。
俺は後ろに飛び退きながら、浮遊魔法を発動する。
次の瞬間、俺がさっきまで立っていた場所に、氷の粒が大量に降り注いだ。地面に当たってバチバチと音を立てており、当たっていたらかなりのダメージを受けていただろう。
先輩がそのまま俺の方へ杖を向けてきたので、俺は急いで『マニューバ』を発動すると逃げ回る。俺の通ったところをなぞるように、氷の粒の弾幕が通過していく。
「『ファイヤーボンバー』!」
その間に、俺はファイヤーボンバーを先輩に向けて発射する。すると、先輩は自分自身で『ロックウォール』を発動すると、俺の魔法を防ぐ。
なるほど、杖に頼らずとも魔法は発動できるわな……。実質二刀流というわけだ。
しかし、不気味なのは先輩の左手の杖だ。右手の杖と同じような見た目をしているが、さっきから全く使っていない。もしかしたら、右手の杖とは何か別の機能があるのかもしれない。
ならば、使われる前に飽和攻撃だ!
ルビ、イア、エル、リン、よろしく!
『はーい!』
『承知いたしました』
『ういっス!』
『は〜〜い』
『ちょ、妾は⁉︎』
『ボクの出番は⁉︎』
レナには『インビジブル』を俺にかけてほしい。
『了解なのじゃ!』
シンは……そもそも聖系統が攻撃向きじゃないと思うんだけど……。
『そんなことないでりゅ! 『パラライズ』は攻撃向きの聖系統でりゅよ!』
あ、そうなの? それだったら先輩にそれをかけてほしいんだけど……。
『ここからじゃ、遠すぎて無理でしゅ……』
やっぱりダメじゃん!
『ごめんなしゃいぃぃぃ……』
じゃ、じゃあ俺が怪我したら回復してもらおうかな。
『わ、わかりましてゃ、頑張りましゅ』
俺は地面に降りると、自分は身体強化魔法を発動したまま、フィールドを縦横無尽に駆け回る。
魔力をガンガン消費するのであまりやりたくはないのだが、飽和攻撃の威力は絶大だ。
精霊たちによる様々な系統の魔法が俺の周りで発動し、色とりどりの魔力の残滓を残しながら、絶え間なく先輩の方へ飛んでいく。
「おおおおっ! これはすごい攻撃だー!」
対して先輩は他人事のような、まるで実況席に座っているかのようにコメントをする。全然焦っていないみたいだけど……。さすがにこれには対処しきれないんじゃないか?
しかし、意外にも先輩は善戦していた。
自分の周りに『エアウォール』を張って、風系統の攻撃をシャットアウト。さらに杖で『ロックウォール』を小刻みに発動して、避けきれない火系統、水系統、地系統の攻撃を防いでいる。
それに、俺の方を見続けているあたり、『インビジブル』はあまり意味をなしていないようだ。きっと魔力視を発動しているからだろう。
やはり、一筋縄とはいかないか。
「すごいですねー! 四重発動(クアドロプルキャスト)……いや、五重発動(クインティプルキャスト)、もしかしたら六重発動(セクスタプルキャスト)までいっているかもしれませんね、これは!」
先輩は攻撃を防ぎながらそんなことを口にする。
どうやらまだ精霊の存在には気づいていないようだ。まだ俺の体の中にいてもらっているからだろうか。
すると、先輩の左手の杖の先の水晶のような部分が点滅し始めた。先輩はそれをチラ見すると、テンションを上げる。
「よし、準備完了! いけ、『ロンテール』!」
次の瞬間、先輩は俺に向けて左手の杖を向けた。
直後、先輩がその手を離す。通常ならそのまま地面に落下するところだが、ロンテールはふわりと宙に浮いた。
俺は魔力視を使って注視する。すると、微かに杖から魔力が漏れ出ているのが見えた。
風系統の魔法ではないようだし……浮遊魔法か?
また、先輩はロンテールに魔力を注ぎ込んでいない。つまり、ロンテールは自分自身の魔力を使って宙に浮いているのだ。
だが、試合前に説明があったように、外部からの魔力源の持ち込みは禁止されている。それは先輩もわかっていたし、先生が確認していた。
とすると、先輩はさっきまでずっと、ロンテールに魔力を充填していたのか。どうりでそれを使っていなかったわけだ。
すると、不意にロンテールが動き出した。そして、その先端を俺の方に向けると、微かに赤い光を発する。
刹那、『ファイヤーボンバー』が俺に向かって飛んできた。
「うわっ!」
俺はたまらずルビとエルに攻撃を中断させ、『マニューバ』を発動して上空へ素早く逃げる。
イア、リン、レナにも攻撃を中止させる。いくら攻撃をしても、今の先輩には避けられたり防がれたりするし、そもそも魔力の使いすぎだ。もう三分の一くらいしか残っていないし、温存しておかないと。
俺は飛びながらロンテールから逃げる。しかし、ロンテールは自動で追尾してきて、『ファイヤーボンバー』を俺に発射し続けてくる。
自動追尾機能つきなのかよこの杖! めちゃくちゃ高性能じゃないか!
これは厄介だぞ……。実質二人を相手にしているようなものだし、そのうち片方は二重発動ができるようなものだ。
とりあえず、まずは処理が簡単そうなロンテールをどうにかしないと……。
そう思っていると、俺の背中にバチバチと何か硬いものが勢いよく当たる感覚。
「いたたたた!」
「僕の存在も忘れないでくださいよー!」
俺は背中側に火系統中級魔法の『ファイヤーウォール』を発動する。つまり、炎の壁だ。めちゃくちゃ熱いのが難点だが、地系統の魔法が発動できないときの、水系統の魔法を防ぐ代替手段になる。現に、氷の粒は炎の壁で全て蒸発し、俺へダメージを与えることはなかった。
『回復しましゅよ!』
すると、俺の体からシンが飛び出して、『ヒール』をかけてくれる。そして、回復後はすぐに俺の体の中に引っ込んだ。
その一瞬、俺はロンテールの挙動に違和感を覚える。
シン! もう一度出てきてくれ!
『な、なんにょ用ですか……?』
俺からちょっと離れたところに行ってくれる? 魔力のパスが途切れない程度でいいから。
『わ、わかりぃました』
シンが離れていく。その間、俺は微かに左右にぐらつくロンテールの挙動を注視して、確信した。
ロンテールは、どうやら俺と精霊たちを区別できていないようだ。
その理由はおそらく、精霊たちを中に含めた状態の俺を、ロンテールにターゲットとして認識させてしまったからだろう。
それなら、次の実験だ。
精霊たち! ちょっと出てきて〜!
『はーい! どしたのー?』
『どうかされましたか?』
『何スか?』
『なに〜〜ZZZ……』
『何か用かの?』
俺は精霊たちに魔力を分け与える。俺の残りの魔力は五百を切ってしまったが、おかげで精霊たちは全体で二千くらいもつことになった。
すると、ロンテールの先が精霊たちの方へ向き始めた。どうやら魔力の多い方を本体として認識しているらしい。
そこで、俺はある作戦を思いついた。
精霊たちには実体がないため、魔法をいくら放とうが貫通してしまう。それを利用すれば……!
俺は精霊たちに指示を出して、移動してもらう。
すると、ロンテールは精霊たちの方へ照準を向け始めた。そして、精霊たちの向こう側にいるのは、もう一つの杖『ランテール』を持った先輩。
次の瞬間、ロンテールが精霊たちに『ファイヤーボンバー』を放つ。しかし、『ファイヤーボンバー』で発生した火球は実体なき精霊たちを素通りし……。
「ど、どうして僕の方にー⁉︎」
先輩が発動した『ロックウォール』に着弾した。
ロンテールは精霊の後ろに構える先輩の方へ、魔法を撃ち続ける。俺は、地面に着陸すると、別の方向から『スプラッシュ』を放った。
先輩はランテールと自分自身の魔法で、攻撃を防ぐのに精いっぱいな様子だ。それでも、この不可思議な現象のカラクリには気づいたようで。
「も、もしかして、フォルゼリーナ君は、精霊と契約しているんですか⁉︎」
「はい」
「だからあんなに多重発動ができていたんですか……! 戻れ、『ロンテール』!」
先輩はロンテールを手元に収めようとする。
しかし、ロンテールが先輩の手元に届くより先に、他の精霊たちとは分かれて後ろから忍び寄っていたシンが、魔法を発動した。
『いきましゅよ!』
「のわ……あ……!」
次の瞬間、先輩が膝から崩れ落ちた。そのまま地面に倒れて、びくびくと痙攣する。キャッチャーを失ったロンテールは、倒れた先輩の上を通り過ぎて、後ろの地面に重そうな音を立てて落下した。
よくやったシン!
五体の精霊でロンテールの照準と先輩の注意を引き付け、それと俺の攻撃に対処している間にシンだけが先輩に近づき『パラライズ』を発動する。三方面作戦だった。
俺は精霊たちを呼び戻すと、倒れた先輩に馬乗りになって、先輩の手首を捻って杖を離させる。そして、そのまま腕を上に持ち上げた。
「いいいいい!」
先輩が声にならない声で叫ぶ。だが、身体強化魔法を発動した俺には全く抵抗できていない様子だった。
「降参! 降参します!」
それから数秒後、先生の声が響き渡る。
「そこまで! ダイモンの降参により、勝者、フォルゼリーナ!」
こうして、俺はダイモン先輩との試合に勝利し、二連勝を飾ったのだった。