賑やかな和太鼓の音、特徴的な鉦(かね)の音、そして威勢のいい掛け声とともに動く巨大な山車。
人混みの間から、微かに見える国道では、圧巻の光景が広がっていた。
この祭りのメインイベントである山車巡行が始まった。
今でこそイベントの一つに組み込まれているが、山車が巡る祭り自体は、およそ三百年ほど前から存在するという。
色とりどりの、派手に彫刻された巨大な山車が、何台も目の前の大通りを通り過ぎていく。
山車の動く姿を目当てに見に来ている観光客は多い。ここまで多くの山車が出てくる祭りは、日本全国を探してもそうそうないからだ。
そのせいか、山車の動く方向へと、人の流れがあちらこちらへと不規則に揺れ動いていた。
「あっ……!」
次の瞬間、人の強い圧に押されて、俺はみなとと繋いでいた手を離してしまう。そして、そのまま流され、あっという間にみなとを見失ってしまった。
俺は咄嗟に身を縮めると、人と人との間の微かな空間を縫うように移動して、歩道の端まで退避する。
歩道の中央は流れが速いが、歩道の端っこは流れが遅い。川の流れと同じだ。俺は道の端っこまで移動すると、うまい具合に脇道に入った。
「ふぅ……」
結果として、元の場所からはあまり流されずに済んだ。俺は急いで脇道から元の道を覗くと、みなとの姿を探す。
しかし、当然ながらみなとの姿はまったく見えなかった。見渡す限り人、人、人。見つけようがない。人の流れに流されてしまったのか。
俺はスマホを取り出すと、みなとと連絡を取ろうと試みる。
だが、不運は重なるものだ。
「……あれ? ……おかしいな」
スマホの電源をつけようとするが、何度試しても画面は明転しない。
もしかして……電池切れか⁉︎ なんてタイミングなんだ……。もう少し時と場合を考えてくれよぉ……。
モバイルバッテリーは持ってきていない。充電ケーブルも、だ。
俺という、巨大なバッテリーがあるのにもかかわらず、専用のケーブルがないと充電ができないのがもどかしい。今こそ巨大なモバイルバッテリーとしての役割を果たすべきなのに……。
「どうしよう……」
携帯での連絡手段は断たれた。となれば、人力でなんとかして見つけるしかない、のだろうか。
いや、ここで動かずに待つべきかもしれない。もしかしたら、運よく人の流れから脱出できた後にこちらに戻ってくるかもしれない。しかし、みなとが戻って来る保証はない。
迷ってい間にも時間は過ぎていく。
俺は決心した。
「探しにいくか……!」
俺は立ち上がると、大通りに出て、先ほど自分が流されかけた方向へと歩き始める。
周りをキョロキョロと見回すが、みなとの姿は見当たらない。
「みなとー!」
定期的に声をあげるが、彼女から返事はない。かなり遠くへと行ってしまったようだ。
しばらく見つけられないまま歩いていると、混雑ゾーンを抜けたようで、人の数はかなり少なくなった。
俺のちょうど目の前には、数十分前に立ち寄った焼きそば屋の屋台があった。焼きそばは無事に売り切れたようで、『完売御礼』の札がかかっている。その下で、越智が一休みをしていた。
「越智!」
「あ、ほまれさん。どうしたんですか?」
「実は、さっきみなととはぐれちゃって……」
「ええっ、大変じゃないですか! 大丈夫なんですか?」
「それはわからない……スマホの電源が切れちゃって、連絡が取れないんだ。越智はみなとの姿は見てない?」
「残念ながら見ていないです……スマホは……あれ?」
越智は後ろを向くと、店の中をゴソゴソと探す。数十秒経って、彼女の申し訳なさそうな声。
「すみません、今ちょっと見つからなくて……」
「いや、いいよ。ありがとう」
さて、どうしようか……。越智も見ていないと言うし、スマホで連絡することもできないみたいだ。
俺はその場から離れて、この状況を打開する策をなんとか捻り出そうとする。
すると、ここであるものが目に入る。普段気にしないようなものだが、俺はそれを見て閃いた。
「そうか、公衆電話!」
交差点の端、歩道橋の下にひっそりと佇んでいたのは小さなボックス。その中には古びた緑色の電話。連絡を取る手段はスマホだけに限らない。公衆電話がまだ残っているではないか! 普段はあっても気にしないのだが、この時ばかりはこの存在に気がついた自分に最大限の賛辞を送りたい。
俺は急いで公衆電話ボックスに向かうと、誰かに入られる前に急いで中に入って扉を閉める。
そして、ポケットから財布を取り出すと、小銭入れを漁った。
「げ……」
だが、またしてもそこで俺は絶望的な気分になる。小銭入れの中には十円玉が一枚。あとは五円玉や一円玉など、公衆電話には入らない小銭しかなかった。公衆電話は、十円玉と百円玉しか使えないのだ。お札はなおさらだ。あいにくテレホンカードも持っていない。
現代の生活の弊害か、それとも時代に取り残された結果か……。俺はため息をついた。
「それに、そもそもみなとの携帯電話の番号、知らないじゃん……」
メッセージアプリで連絡を取っているから、彼女自身のスマホの電話番号を俺は知らない。どうすればいいんだ……。
でも、どうにかしないといけない。こんなところで立ち止まっている場合ではないのだ。
「みやびにかけるか……」
俺は受話器を取ると、十円玉を一枚投入。自宅の電話番号を素早く押すと、そのまま待機する。
祈るような気持ちで、みやびが電話に出るのを待つ。時間がとてつもなく長く感じる。
もう出ないか、と思った瞬間、電話が繋がった。
『もしm』
「もしもし、みやび? 今公衆電話からかけているから時間がないんだ。よく聞いてほしい」
電話に出たのがみやびだと確認する間もなく、早口で話し始めた。
「今みなととはぐれちゃって、スマホの電池も切れて通話できないんだ。だからどうにかしてみなとと連絡が取れるようにしてほしい! みなとの場所がわかるだけでもいいから!」
『え、あ、うん、わかっt』
ツーツーと電話が切れたのを知らせる音。俺は受話器を元の場所に戻した。
やれることはやった、と思う。
たぶんみやびは俺の言ったことを理解しただろう。問題なのは、みなとの場所がわかるようにする方法を、みやびが持っているのか、ということだ。みやびならなんとかしてくれるだろう、と甘い期待を抱いて電話をしたのだが、彼女は全知全能の神ではない。もしかしたらできないかもしれないのだ。
俺は電話ボックスから出る。次の瞬間、俺の頭の中に、突然情報がストンと入ってきた。
「なんだ……⁉」
突然閃いたような、久しく忘れていた重要なものを思い出したかのような、そんな感覚に襲われる。
すぐに俺は思い至る。これは、みやびの仕業であると。さっきの電話を受けて、みやびが対処してくれたのだ、と。
俺がわかるようになったのは、みなとの位置情報だ。正確には、みなとのスマホの位置情報だが、スマホを落としていなければ、その情報が示すとおりの場所に彼女がいるはずだ。
それにしても、かなり不思議な感覚だ。あっちの方のこれくらいの距離にいる、というとても感覚的で抽象的な情報なのだが、なぜか絶対的な確信が持てる。
「行かなきゃ……!」
俺は、みやびに感謝しつつ、彼女のいる方向へと急いで走り始めるのだった。