翌日、午後五時。人波に乗って改札口から出て駅の外に出た俺は、近くの柱に背中を預けて立っているみなとを見つけた。
集合時間はちょうど今のはずだが、やはり彼女は先に到着していた。俺は早足で彼女のもとへ駆け寄る。
「みなとー!」
声をかけると同時に、みなともこちらを視認したようだった。そして、少し驚いたような顔をする。
「ほまれ……どうしたのよ、その格好?」
「どうした、って……浴衣だよ」
「それは知っているわよ」
そうじゃなくて、とみなとは続ける。
「ほまれが浴衣を着てくるとは思わなかったわ」
「みやびに着るのを手伝ってもらったんだ。……もしかしてなんか変なところでもあった?」
「いえ、よく似合っているわよ」
「ありがとう。みなとも似合っているよ」
「……ありがとう」
かくいうみなとも、俺と同じく浴衣姿。彼女の浴衣姿を見るのは初めてだ。女子にしては背が高い方なので、とてもスタイリッシュに見える。かんざしを挿して普段とは違う髪型にしているのだが、それも可愛い。
「じゃ、じゃあ行きましょうか」
「そうだね」
俺たちは、駅から祭りの会場である国道へと歩き始めた。
この祭りは、俺たちが住んでいる市で、毎年夏に三日間にわたって行われる。地域一帯から人が集まり、来場者数は延べ八十万人を超える一大イベントである。今日はその三日目で、この後には山車(だし)が街道を巡行する祭りのクライマックスであるも待ち構えている。そのせいか、会場である国道に入ると、すでに多くの人が行き交っていて、ものすごく混雑していた。
「混んでるね」
「そうね」
俺はみなとの手を掴んだ。彼女とはぐれないように。みなとも、俺の手を握り返す。絶対に離れないように。
人の流れに乗って歩いていくと、すぐに屋台の出店ゾーンに突入した。
屋台にはいろんな種類があった。スーパーボールすくい、金魚すくい、輪投げなどのゲームから、りんご飴、焼きそばなどの食べ物、そして地元の特産品を売っている店まで、様々な店が入り乱れてカオスな状態になっていた。食べ物の匂いも充満している。
すると、みなとがフラフラと屋台の方へと歩き出した。その手に引っ張られるようにして、俺も人の流れから外れていく。
「ちょっ、みなと、どうしたの?」
「……お腹が空いたわ」
次の瞬間、みなとのお腹が小さくなったのを、俺の高性能な耳は聞き逃さなかった。
相変わらずの食いしん坊っぷりだ。みなとの食欲が爆発しそうな予感がする。
みなとは焼きそばの屋台の前で足を止めた。どうやらこれが食べたいらしい。
確かにソースの匂いとジューと麵の焼ける音がこちらに流れてきて、食欲がそそられる。それは俺たちに限らないようで、多くの人が焼きそばの屋台の前に並び、列をなしていた。
並ぶこと十分。やっと俺たちの番が回って来た。
「すみません、焼きそばメガ盛り一つ」
「はいよー! メガイチ!」
「了解です」
すると屋台の正面で焼きそばを焼いているおっちゃんの後ろから、何やら聞き慣れた声がした。
気になって店の後ろの方を覗くと、ちょうどこちらに振り返った彼女と目が合う。
「……ほまれさん! 来ていたんですか」
「偶然だね、越智」
そこにいたのは、俺のクラスメイトの越智だった。頭にはバンダナを巻いて、前にはエプロンをしている。
「あら、いおり。どうしたの、こんなところで?」
「見てのとおり、焼きそばの屋台の手伝いです。父の友人がやっているところで、ヘルプに入っているんです」
「そうだったんだ」
まさかここで知っている人に会うとは思っていなかった。確か、越智はこの辺に住んでいるんだよな……。地元民ならば、確かに出店する側として参加してもおかしくはない。
「お二人はこれからお祭りを回るんですか?」
「そうよ」
「ふふ、仲良く夏祭りデートですね」
「……そうね」
その瞬間、みなとの顔が恥ずかしさからか少し赤くなる。その様子を見て、越智が少し愉快そうに笑った。
「はい、焼きそばメガ盛りお待ち!」
すると、ちょうど焼きそばが完成したようだった。みなとは代金を払うと、プラスチックのデカい容器にに山盛りに盛られた焼きそばを受け取る。
「ありがとうございます」
「こ、これ、祭りで出す量じゃないだろ……」
麺が今にもこぼれそうだ。
だが、そこは『大食い美少女JKチャレンジャー』の二つ名を持つみなとである。麺がこぼれる前に中身を次から次へと口の中に運んでいき、あっという間に焼きそばの体積は容器の半分にまで減ってしまった。
「さすが、『大食い美少女JKチャレンジャー』ですね」
「その名前で呼ばないで」
越智がボソッと呟いたその言葉に、みなとは再び顔を赤くして恥ずかしそうに顔を背けた。
「何はともあれ、お祭り、楽しんでくださいね」
「ありがとう、越智」
「……ありがとう、いおり」
俺たちは混雑する焼きそばの屋台から離れた。
しばらくして、みなとが食べ終わった頃、再び彼女は足を止めた。
少し遅れてそれに気づいた俺も足を止めて、彼女の視線の先を辿る。
「……綿飴、か」
「……」
結局、彼女は特大サイズの綿飴を買った。そして、幸せそうに食べている。
その顔を見ると、俺までもなんだか幸せな気分になる。きっと彼女から幸せ電波が発信されているのだろう。
そしてそれを食べ終わると、彼女はまたすぐに次の標的を見つけた。
りんご飴。その次はたこ焼き。その次はチョコバナナ。
俺はものを食べられないが、たくさん食べているみなとを見るだけでお腹いっぱいになってしまった。
チョコバナナを食べ終わると、さすがにみなとの胃が満たされたのか、彼女は食べ物を売っている屋台を見てもスルーするようになった。
「せっかくだから、何かお祭りっぽいことでもしたいわね」
「そうだね……じゃあ、アレとかどう?」
ちょうどいいところにあった、と思って俺が指差したのは、一つの屋台。暖簾には『射的』と書かれている。
「いいわね、やってみようかしら」
「じゃあ行こっか」
俺たちは射的の列に並ぶ。しばらくすると、俺たちの順番が回ってきた。
ルールは簡単。棚に並べられた商品に、射的銃の弾を当てて、棚から落としたらその商品をゲットできる。これだけだ。
商品のラインナップは豊富だ。小さな子供向けの百円もしなさそうな玩具から、数百円の箱に入ったお菓子、そして数万円相当の大人気据え置き型ゲームまであった。
料金は五百円で弾は六発。少ない弾数で値段が高い商品を落とすことができればリターンがデカいが、そういう商品はたいてい重いので、落とそうとすると何発も使う羽目になる。
まずはみなとの挑戦だ。彼女は銃を構えると、狙いを定めて引き金を引く。
パンッ、と乾いた音。一発目はどこにも当たらなかった。外れだ。
みなとは無言で弾を詰めると、次々と撃っていく。しかし、半分くらいは外れてしまった。もう半分は当たったものの、商品が少し動いただけで、棚から落ちることはなかった。
結局、みなとは一つも商品を取れずに終わってしまった。
「うぅ……悔しいわね」
「……じゃあ俺が挑戦するよ」
悔しそうに唇を噛むみなとを見て、俺はこのままでは終われない、と思った。
みなとの無念を晴らすべく、今度は俺の挑戦だ。
俺は五百円を払うと、射的銃と六つの弾を受け取る。そして、最初の一つを詰めた俺は、狙いを定めると、ある機能を起動した。
次の瞬間、俺の意識に何かが割り込んでくるような感覚。視界には様々な数値とバーが表示される。
俺は、真正面にあるお菓子の箱に狙いを定める。その瞬間、ピピピと赤い枠が出てきてその箱に焦点が合った。そして、照準が表示されると、俺の腕が勝手に動いて微調整を繰り返す。
動きが止まる。準備万端だ。俺はそのままの姿勢で引き金を引いた。
パンッ、と乾いた音。放たれたコルク弾はまっすぐ進むと、箱の正面上部中央に当たる。そして、箱に与えられた撃力は、保たれていた力の均衡をモーメントの作用により崩し……。
「お」
バフンと下に敷かれていたクッションに箱が着地した。
「よっし……!」
これで商品一つゲットだ!
「姉ちゃん、筋がいいな」
「……どうも」
正確には、俺ではなく、俺に搭載されているAIの筋がいい、というべきだろう。
さっき俺が起動したのは、AIのアシストだ。以前、AIに体のすべてを委ねて過ごしたことがあったが、このように部分的に起動して、動作の補助を担当させることだってできるのだ。
自分でもかなりのチートだとは思う。しかし、今は絶対に商品を取りたい。だから、利用できるものは利用する。
俺は弾を詰めると、狙った商品を一発で次々と落としていく。すべて、AIが計算した結果、一発で落とせるギリギリのサイズ、推定重量の商品だ。一つ一つ、確実に。弾を込める音、弾が放たれる音、そして商品が落ちる音が繰り返される。
弾を使いきった時、クッションの上には六つのお菓子の箱が転がっていた。
「ふぅ……」
「ね、姉ちゃんすげーな……はい、これ、商品」
「ありがとうございます」
俺は商品を受け取った。両手でギリギリ抱えきれるくらいの量だ。ちょっと調子に乗ってたくさん取りすぎてしまったかもしれない……。
「スゴいわね、ほまれ!」
「ありがとう」
「ゲーセンに行った時もそうだったけど、やっぱり射撃に関しては天才的よ」
「照れるなぁ~」
そして、俺は勝ち取ったお菓子のうち、半分をみなとに差し出した。
「はい、これ」
「……え?」
「あげるよ、半分」
「……受け取れないわよ、これは全部ほまれが勝ち取ったものじゃない」
「いや、いいよ。俺はどうせ食べられないし、こんなにお菓子があってもみやびだけじゃきっと食べきれないからさ。受け取ってもらえると助かる」
「……ほまれがそう言うなら、受け取っておくわ。ありがとう」
みなとは、そう言って俺の手から三箱、お菓子を受け取った。
遠くから、太鼓が鳴る音が聞こえてくる。それに伴って、その音の方に向かう人の流れかでき始めていた。
時刻は午後六時。時間が来たみたいだ。
「そろそろ山車が出てくる時間みたいだね。行こう」
「ええ、そうね」
俺たちは、人の波に乗って、山車の方へと移動し始めるのだった。