合宿が始まってから三日が経った。日程も折り返しを迎え、皆がここでの生活に慣れ始める頃だ。
今日も、日中は昨日や一昨日と同じくバスケの練習をする。だが、今日はそれだけではない。
練習が終わり、日が傾き始めた時間帯。俺たちは建物の中ではなく、敷地内の広い屋外スペースにいた。
「よーし、焼くぞ!」
俺はそう宣言して、金網の上に肉を載せる。
ジュー、と肉の焼ける高い音が響き、白い煙が肉から出る。いい感じだ。
これまで夕食は建物内の食堂で済ませていた。だが、今日は違う。今日の夕食は屋外BBQなのだ。
合宿中の四泊五日、飯を食って練習してを繰り返すだけでは飽きてしまう。そこにちょっとした変化を入れるために、合宿の日程の折り返しである今日にBBQが計画されたのだと思う。
幸いなことに、今日は一日中晴れ。したがって、屋外BBQはこうして問題なく開催されたのだった。
俺の周りにはいくつかBBQコンロが設置されており、何人かのグループに分かれて肉を焼いている。肉焼き担当ではない部員たちは、飲み物を用意したり皿を用意したりと、忙しなく辺りを歩き回っていた。
しばらくすると、肉のいい匂いが立ち込めてくる。
く、くっそー! 俺も肉食べてぇー! 食べられないのがとても悔しい……!
そそる食欲を理性でなんとか抑え込みつつ、俺は十分に焼けた肉や野菜を裏返していく。
「おーい、ほまれ!」
「んー? どしたの?」
すると、佐田が俺に声をかけながら、こちらに駆け足で向かって来た。俺は箸を動かしながら、彼の方を向く。
「この瓶の蓋、開けられないか?」
そう言って佐田が俺に差し出してきたのは、『焼き肉のたれ』というラベルの貼ってある瓶。どうやら他のグループで使おうとして開けようとしたが、開けられなかったみたいだ。
バスケ部の面々はひ弱ではない。きちんと体を鍛えているので、それなりに握力はあるはずだ。それでも開けられないということは、蓋が相当きつく閉まっているということなのだろう。
「ちょっと持ってて」
「はいよ」
俺は佐田に箸を預けると、代わりにその瓶を手に取る。
そして、蓋に手をかけるとゆっくりと回していく。確かに弱い力では開かなかった。俺は徐々に力を強くしていく。
「……はい、開いたよ」
「おお! サンキュ!」
俺は佐田に、蓋の開いた瓶を差し出した。
「やっぱり俺の予想どおりだ。ほまれは握力が強いんだな」
「まあね〜」
「どんくらいあるんだ?」
「少なくとも百キロ以上はあるんじゃないかな」
「す、すげ~」
まさかこんなところで俺の無駄に強い握力が役に立つとは……。今の俺なら、どんなに固い蓋でも開けられるだろう。
俺は佐田から箸を返してもらうと、肉や野菜の管理を再開する。
「先輩、もう焼けたんじゃないですか?」
「いや、まだだね」
俺は肉の方を向く。
焼肉は、中心温度が六十度を超えると収縮が始まり、水分が押し出されていく。狙う中心温度はそれがギリギリ起こらない五十度から五十五度付近だ。慎重に肉を観察していい感じに肉汁が垂れ始めたやつを箸でつまむ。
「はい、焼けてると思うよ」
「おお! いただきます!」
「先輩、俺も!」
「はいはい、順番に渡すから待ってて~」
俺は我先にと皿を差し出す部員たちに、ホイホイと手際よく十分に焼けた肉と野菜を載せていく。
「おいしい!」
「先輩、肉焼くのうまいっすね!」
「ふふん」
これでも家で毎日料理しているからね! 焼肉のことなら任せなさい!
肉が食べられない分、皆がおいしく食べられるように、俺は焼肉奉行としての務めを果たすのであった。
※
合宿の消灯時間は夜の十時半だ。それ以降になると、館内の電気が消え、建物は真っ暗になる。
もしかしたら、その時間以降も起きていて部屋でワイワイ騒いでいる部屋もあるかもしれないが、一人部屋の俺は特に誰とも話すことなく、布団の中に潜って静かにしていた。
昨日までなら、そのうち眠ってしまい、起床時刻の朝六時に勝手に目が覚める……はずなのだが。
「…………ん」
目が覚めた。窓の外は暗い。どうやら朝六時よりも前に目覚めてしまったようだった。
どうして、と一瞬不思議に思うが、俺はすぐにその原因を理解した。
「……トイレはどこだったかな」
最近トイレに行っていなかったせいか、こんな時間に尿意を催すことになってしまったようだ。
体内時計は午前一時半を示していた。システムは容赦ないな、と思うも、行かなければ漏れてしまうので、俺は身を起こすとスリッパを履いてトイレに向かう。
当たり前だが、廊下は真っ暗で人の気配はいっさいない。さすがにこの時間まで起きている人物は誰もいないだろう。
月明かりが窓から差し込み、ほのかに廊下を照らしている中、俺はなるべく音を立てないように歩いていった。
「……ふぅ」
俺は女子トイレで用を済ませた。あとは自分の部屋に戻るだけだが、俺はなんとなくホールに行きたくなって、そっちに足を向けることにした。
合宿一日目、到着したばかりの時に集まった場所だ。その時はたくさん人がいて騒がしかったが、今は薄暗くシーンとしていて誰もいない……。
いや、違う。誰かいる。
一瞬、幽霊か⁉︎ と思うが、そうではない。すぐに、俺のよく知っている人物だとわかった。
俺がホールに足を踏み入れた瞬間、その人物もこちらに気づいたようでこちらに振り向いた。そして口を開く。
「…………ほまれ」
「……佐田」