窓の外を、緑色が高速で後ろへ流れていく。
遠くに目を向けると、雄大な山々が静かにこちらを見下ろしていた。
「よっし、ウノだ!」
「はー⁉ マジかよ!」
「よし、俺もウノだ!」
「お前ら強すぎだろ……」
対して車内は騒がしい。現に、俺の後方からはUNOに興じる男子の大声が聞こえていた。
俺は、その輪に加わることなく、窓の外に目を向け続ける。
八月もお盆休みが過ぎ、後半に入った。この頃になると、俺は部活にも復帰し、日々マネージャーとしての業務に励んでいた。
そして、この時期、バスケ部は合宿に行くのが恒例となっている。もちろん、今年も例外なく合宿は挙行された。今は、学校から目的地の施設にバスで向かっているところだ。
この合宿に参加しているのは、マネージャーを含むバスケ部の一年生と二年生、そして顧問の先生だ。三年生は大学受験のため、六月ですでに引退してしまっている。だから、俺たち二年生が、一年生を引っ張っていく必要があった。
俺は今回で二回目の参加だ。前回は一バスケ部員として参加したが、今回はマネージャーとしての参加だった。
バスは高速道路を走っていく。市街地などはなく、辺りは田んぼ、畑、そして山。車の流れに乗って、どんどん標高を上げていった。
出発から三時間。高速道路を降り、そこからさらに山道を登って、ようやく目的の施設に到着した。
バスを降りた途端、涼しさを感じる。乗った時の気温は三十四度だったが今は三十度を下回っている。午前九時に乗り、正午に降りたにもかかわらず、だ。それほど標高が高いところに来た、ということだろう。
「空気がうまいなー!」
「そうだね」
隣で佐田が伸びをする。三時間も座りっぱなしでいたら体が凝り固まってしまう。彼の体からはボキボキと小さな音が聞こえていた。
ここは長野県東部の高原地帯だ。標高は約千三百メートル。学校周辺とは植生も気候もまるで違っている。近くには湖もあり、避暑地や観光地として人気のある場所だった。
俺たちは早速、荷物を持って建物の中に入っていく。
この施設は、俺たちの学校がある市が所有している。なんでも、『団体生活を通じて少年の心身の健全な育成を図る』ための施設らしい。バスケ部は毎年ここを借りて合宿を行っているが、それはこの合宿が施設の目的に当てはまるからだろう。
今回の合宿は例年どおり四泊五日だ。日中はもちろんバスケの練習に打ち込むことになるが、それだけではない。練習が終わってからはBBQなど、楽しいレクリエーションも行われる予定だ。
俺たちはホールに集合すると、引率の先生から説明を受けて、部屋の鍵を渡された。
「ほまれは何号室なんだ?」
「えーっと……十八だね」
「十八? 遠いな……」
「佐田は?」
「俺は三だな」
施設の客室はすべて和室で、一部屋に最大六人が泊まれる。ただ、去年俺たちは三、四人で一部屋を使っていたはずだ。合宿に参加した人の数から考えると、番号順に三・四人に一つずつ部屋を割り当てた場合、部屋は十八も必要ないような気がするが……。
心の中で違和感を抱きながら、俺は自分の荷物を持って割り当てられた部屋に移動する。
廊下をどんどん進んで十八号室へ。中は、去年泊った部屋と同じような広い十二畳の和室だった。部屋の真ん中には木製のテーブルがポツンと置かれていて、カーテンを開けると、すぐ先は林が広がっている。
食堂への集合は十二時半。それまで少し時間があったので、俺は部屋をウロウロする。だが、この部屋に誰かが来る気配はまるでない。
「……もしかして、俺、一人なのか?」
考えてみれば当たり前だ。男子バスケットボール部に今のところ女子は俺一人。中身は男、見た目が完全に女子の俺が、男子数人や女子数人と一緒の部屋に泊まるのは、当然ながら倫理的にいただけない。
一人ぼっちは寂しいが……仕方ないな。
そろそろ時間になりそうだったので、俺は食堂に移動するのだった。
※
ダム、ダムと、バスケットボールが床を鳴らす独特な音が何重にも体育館中に響き渡り、キュッキュとシューズが床を擦る音がその中に混ざる。
昼食の時間の後、俺たち部員一同は体育館でバスケの練習をしていた。
部員たちが、いつも放課後の学校でやるようなメニューをこなしていく。
「よし! 次はシュート練習!」
「「「「「はい!」」」」」
その中心にいるのは佐田だった。彼は同級生や後輩たちに指示を飛ばす。
六月に先輩が引退すると、次の部長が二年生から選ばれる。そして、新しく部長に選ばれたのは、佐田だった。バスケも二年生の中では上手だし、明るく、コミュニケーション力もある。まさに部長に適任だった。
佐田は部長になってからますます頑張っているように思える。熱心に後輩たちを指導しているし、また練習も人一倍こなしているようだった。自ら模範になろうとしているのだろう。それに引っ張られて、他の部員たちも一生懸命に練習している。いい傾向だった。
「ほまれー、タイマーよろしく!」
「あ、うん!」
俺もボーっとしている暇はない。皆に遅れることがないよう、マネージャー業務に励まなければ、と心の中で思うのだった。