「はー、遊んだね~」
「もうびっしょびしょですよ」
しばらく遊んだ後、俺たちは陸へ上がる。現在時刻は午後三時四十五分。まだまだ太陽は高く、うだるように暑い。
俺たちはさっさと日陰に退避すると、水鉄砲などを置く。これで遊ぶ前に、たくさん泳いでいた檜山とみなとは特に疲れてしまったようで、ビーチパラソルの下の日陰にどさっと座り込んだ。
「暑いわね~」
「こういうときこそ、何か冷たいものを食べたいよね」
「それなら、さっきあっちにかき氷屋さんがありましたよ」
越智が指差した先には、確かにかき氷屋の特徴的な赤と青ののぼりが掲げられた小さな建物があった。その前にはそこそこの長さの列ができている。
「お、い~ね~、食べよう食べよう!」
「じゃあ俺、買ってくるよ」
「わたしも一緒に行きます」
俺と越智が五人分をまとめて買うことになった。それぞれの希望を聞くと、俺たちは拠点を出発する。
「えーっと、みなとがブルーハワイで、飯山も同じ、檜山は……」
「メロンですね。わたしはいちごです」
「俺も買おうかな」
「……食べても大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。シロップをかけなければ、ただの氷だから。水と一緒だよ」
かき氷は、この体で食べられる数少ない食べ物のうちの一つだ。純粋な氷は味がないだろうが、せめて皆と同じ気分に浸りたい! ただそれだけだった。
列の後ろに並ぶこと十数分、ようやく俺たちの番が回ってきたので、五つ分注文する。シロップなしを注文した時は、少し訝しげな顔をされたけど、注文どおり出してくれたので一安心だ。
よーし、あとはこれを皆のところへ、溶けないうちに持って帰るだけだ! 俺たちは早足で砂浜を横断していく。
そして、やっと俺たちのビーチパラソルが見えた時だった。俺は異変に気づく。
「越智、あれ……」
「……なんか絡まれていますね」
パラソルの前にいるのはみなと、檜山、飯山の三人。だが、さらにその前に、見知らぬ男が三人いる。大学生くらいだろうか。金髪に染めた奴と、茶髪の奴と、黒髪の奴だ。
「…………しない?」
「……やよ。そも…………ゃない」
耳を澄ませてみると、何か言い争っているようだった。周りがうるさく、離れているので正確には聞き取れないが、少なくともいい雰囲気ではない。トラブルに巻き込まれているのか⁉
「急ぎましょう」
「うん」
俺たちは足を速めて、みなとたちのもとへ急ぐ。
近づくと、みなとたちと男たちの声がどんどんはっきり聞こえてきた。どうやら何か言い争いをしているようだった。
「何をやってるの?」
「ほまれ……」
「おっ、またカワイ子ちゃんが来たな~」
「ひゅ~」
すると、みなとに話しかけていた金髪の男がこちらを向き、そして茶髪の男が茶化すように口笛を吹いた。なぜか知らないが、俺は今の男たちの言葉にものすごくイラっとした。
返す言葉のトーンが自然と低くなった。
「……わたしの友達に何をしているんですか」
「なーんにもしてないよ~、ちょっと一緒に遊ばない? って言ってるだけさ」
「そうそう、マジで何もしてないって!」
金髪の男の言葉の後に、茶髪の男の方が手をヒラヒラさせる。何もしていないアピールのつもりか?
俺はみなとたちの方をチラリと見る。みなとと檜山は、どちらも困ったような、呆れたような、イラついたような、怯えたような、そして怒ったような顔をしていた。飯山に至っては、二人の後ろに隠れるようにして、おそるおそるといった様子で男たちの方を見ている。明らかに怯え一色だった。
……店長さんの言ったとおりになった。ナンパだ。
もちろんだが、俺たちはこんな男たちと遊ぶつもりはない。こういう奴らはほぼ百パーセント、下心を持って近づいていると言ってよい。それは、俺の胸に現在進行形で注がれる奴らの視線が証明している。
「そうだ、君も一緒に遊ばないか? オレら、この辺何回も来ているから、いい穴場スポット知ってるんだよ」
「そうそう! 最高の夏になるぞ! 大丈夫、時間は取らせないからさ」
金髪男と茶髪男が、ターゲットを俺に変えたようだ。いろいろと俺に説得を試みる。だが、こんな体でも俺は男。こんなことを聞いても、体目当てなのがバレバレなので、ただただ気持ち悪いとしか言いようがない。越智も顔を顰めている。
それにしても、もう一人の黒髪の男の方は何なんだ? たぶん、金髪と茶髪の仲間なのだろうが、さっきから微妙な表情を浮かべて視線を俺たちとお仲間の間で反復横跳びしているだけだ。
その微妙な温度差から、俺は少し考える。もしかしたら、黒髪の奴は、金髪と茶髪の奴ほど乗り気ではないのかもしれない。それだったら……。
「越智、かき氷を頼んだ」
「わかりました」
俺は小声で越智に話しかける。彼女は自分が持っていた飯山にかき氷を預けると、俺の手からもかき氷を回収する。
男たちは俺たちがコソコソと話していたのを見て、声をかけてくる。
「どうかな? 君たち。悪いことはしないからさ、一緒に来なよ」
「お断りします」
「そんなこと言わないでさ~、遊んでくれたらこれあげるから、さ」
金髪は、上着のポケットから万札を二枚取り出してヒラヒラさせる。コイツ……金で釣る作戦か。女と遊ぶためならこういうことも厭わないようだ。どこまでも腐ってやがる。もちろん、そんなものに靡くはずがない。絶対に靡かない。
俺はきっぱり拒絶の意思を示す。
「お断りします。帰ってください」
「そんなこと言わずにさ……」
「嫌です」
「……いいからさっさとついてくればいいんだよ!」
人間は、自分の思いどおりに行かないとイラついて強硬手段に出るものだ。
俺の、拒絶という態度を示し続けられた金髪は、突然ガシッと俺の腕を掴んだ。そして、グイっと無理やり引っ張ろうとする。
しかし、俺はそのことを予測済みだった。
「ぐ、ん⁉」
金髪は俺がビクともしないことに虚を衝かれたような表情をする。それもそのはず、俺は見かけによらず水に沈むくらい重い。それに、俺はこうして引っ張られることを予測して、足の裏、そして指を使って砂を掴んで摩擦力を大きくしていた。対して、金髪は背は大きいが、そこまで鍛えていないように見える。その程度の力で俺が動くはずがなかった。
金髪の動きが止まった。千載一遇のチャンスだ。俺はその隙を突く。
一歩を踏み出し、掴まれていない方の手を伸ばして、俺の腕を掴んでいる金髪の手首を掴んだ。そして、思いっきり手に力を入れる。
約四カ月前の体力測定の時、俺の握力は百キログラムを超えていた。一般男性の握力は、せいぜい五、六十キログラム。こんな力で握られたことは、奴の人生では一度もないはずだ。
金髪がどんな反応をするか、そんなのは一つに決まっている。
「ううううああああいててててててて‼‼」
ギリギリと骨が軋むような痛みを、今頃金髪は感じているだろう。奴は痛みに耐えかねて、パッと手を放してしまう。俺の腕が自由になった。
念のため、もう一押しだ。
俺は思いっきり叫ぶ。
「きゃーーーー‼ 変態ーーーー‼」
次の瞬間、海岸中の視線が一斉に俺たちのもとに向かう。奴らは向けられた視線にビビる。
自分の地位が危うくなると、真っ先に逃げ出すのは、意志が弱い奴だ。
そして先ほど、俺は黒髪が三人の中で一番乗り気でないと予想したが、それが見事に当たる形になった。
「お、オレは関係ないからな!」
黒髪が真っ先に逃げ出す。保身に走り、仲間を見捨てたのだ。自分は関係ないと、何かあったときに少しでも責任を問われにくくするために。
そして、一人がパニックになると、それは集団に伝染する。たった三人であってもだ。茶髪は顔を青くして辺りを見渡し、そして焦ったように金髪に言った。
「お、おい! どうする!」
俺はここで、金髪の手首を放した。痛みによろめいて、手首を抑えながら金髪は叫ぶように答える。
「逃げるしかないだろチクショウ!」
「クソッ!」
そして、こちらには目もくれず、二人は脱兎のごとく砂浜を走って逃げて、どこかに行ってしまった。
「……っはぁ~~」
姿が見えなくなると、一気に気が抜けた。き、緊張した……。
一息ついて、振り返った途端、みなとが勢いよく抱きついてきた。
「ほまれ~……ありがとう……」
「ちょっ、みなと……」
思いっきりおっぱい当たっているんですけど!
慌てて引き離そうとするが、彼女はそんなことお構いなしに、俺の背中に顔を埋める。その体が少し震えているのを感じて、俺は引き離そうとするのを止める。
「……ごめんね、怖い思いさせちゃって」
「ううん……」
奴らと言い争っている間、きっとものすごく怖かったんだろうな。奴らからは明確な悪意が感じ取れた。ガラも悪そうだったし、背も高かった。ただでさえ威圧感がある奴らなのに、何をされるかわからない恐怖で、足が竦んでしまうのは当然だ。俺も怖かった。そんな中、みなとはよく頑張ったと思う。
「やっぱりほまれのこと、大好きよ」
「うぇ⁉」
そしてここで突然の告白。いや、知ってるけど! 突然こんなところで言われると困惑しちゃうよ!
「好き……私の王子様よ……」
みなと、恐怖から解放された反動でテンションがおかしくなっているんじゃないか⁉ と、とりあえず落ち着かせないと……。
「み、みなと、大丈夫だから、いったん離れよう、ね?」
「ん……」
その言葉でようやくみなとは俺から離れた。彼女はちょっと涙目になっていたが、少しは落ち着いたようだ。
「いや~、助かったよ。ありがとう、天野」
「ほまれちゃん~~怖かったよ~~」
「二人とも、何か変なことされてない?」
「大丈夫だ」
「わたしも、ずっとみなとちゃんの後ろに隠れてたから大丈夫だよ~」
「無事ならよかった。越智もありがとう」
「いえ。わたしは何もしていないですよ。ほまれさん、お見事でした」
「あはは……」
振り返ってみると、結構危ない橋を渡ってきたような気がする。解決したので結果オーライではあるけれども。
俺は再び周りを見渡す。一時的にこちらに注目していた周りの人たちは、何事もなかったかのように振る舞う俺たちを見てか、それとも先ほどまでのナンパ集団を追い払うための方便だったことに気づいたのか、俺たちに興味を失ったようだった。
それはそれで都合がいい。変に警察を呼ばれても困るからな。あの男どもが戻ってこなければそれで十分だ。
「それよりも、早くかき氷を食べよう。溶けちゃうよ」
俺たちは買ってきたかき氷を食べ始める。
越智の作った砂の城は、いつの間にか波に攫われて消えてしまっていた。