俺たちは、いったん旅館にチェックインして、荷物を部屋に置く。それから水着に着替えると、上着を着て、海に持っていく分の荷物だけを持って、改めて海辺へと繰り出した。
それにしても、砂浜は人、人、人……どこもかしこも人だらけ、激混みだ! さすがは人気の観光スポットだ。それに、行楽シーズンの真っただ中、というのも要因の一つだろう。白い砂浜はレジャーシートで覆いつくされ、移動するのも簡単ではない。
「人口密度高いなー」
「もう少し端の方に行きましょう」
俺たちは砂浜の端っこの方に移動する。その辺は人が少なかったので、レジャーシートを敷けそうな場所も確保できそうだった。俺たちは荷物の中からレジャーシートを取り出すと広げ、場所を確保した。
「これも忘れちゃダメだよな~」
「ノリノリだね、檜山」
「あったりまえよぅ!」
そう言いながら、檜山はビーチパラソルを広げて砂浜に掘った穴にぶっ刺した。これを持ってきていたから、大荷物だったのだろう。
「よし、みなっちゃん、あのブイまで競争しよう!」
「望むところよ」
荷物を置き終わると、檜山がみなとに向かって不敵な口調で競争を提案した。みなともノリノリで、両者は同時に上着を脱ぐ。
上着の下は二人ともビキニ姿だった。檜山は黒、みなとは白。俺がみなとのビキニ姿を見るのは、実は初めてのことだ。いつかは拝めるかな、なんて思っていたが、まさか今ここで見れるとは思っていなかったので、心の準備がまったくできていなかった。
それにしても、服の上からでも大きいと思っていたが、やっぱりデカいな……。以前、『ほまれのを分けてほしい』なんて言っていたような気がするが、そのままでも十分なサイズだと思う。うん。何がとは言わないけど。
そして、二人はそのまま走り出して海に入り、泳ぎ始めるとあっという間に見えなくなってしまった。
「二人とも、元気だね~」
「そうだね」
天気は快晴、現在は気温が一日の中で一番高くなる午後二時台である。気温はなんと三十五度。バリバリの猛暑日だ。こんな状況であんなに勢いよく動き回ったら、海に入れば少々マシになるかもしれないが、体に熱が溜まってすぐにオーバーヒートしてしまう予感がする。
「飯山は泳がないの?」
「うーん、わたしは浅瀬で水遊びくらいでいいかな。それに、まだサンオイル塗ってないから」
「サンオイル?」
「日焼け止めみたいなものだよ」
そう言うと、飯山は荷物から容器を取り出した。これがサンオイル、というやつなのか。彼女は中身をあけると、全身に薄く塗っていく。
「そうだ、ほまれちゃん」
「ん?」
「わたしの背中に塗ってくれない?」
「ああ、うん。いいよ」
「ありがと~」
そう言うと、飯山は俺にサンオイルを手渡し、レジャーシートの上でうつ伏せになった。そして、何を思ったのか、ビキニの紐をほどき始めた。
当然、俺は慌てる。
「え、脱ぐの⁉」
「そんなわけないじゃん~。塗るとき、ビキニの紐が邪魔になっちゃうでしょ? だから外すだけだよ」
「そ、そうなんだ」
俺はサンオイルを手に取って広げると、飯山の背中に塗り始める。
彼女はビキニの紐を外している状態。即ち、少しでも上体を上げてしまったら、見えてしまうかもしれないのだ。くっ、平静を保つんだ俺! 心に波風を立てないようにして、ひたすらぬりぬりしていく。
「お、終わったよ」
「ありがと~」
俺はホッと一息ついた。大事故が起こらなくて本当によかった……。
「ちなみに、ほまれちゃんは日焼け止め塗らないの?」
「俺は塗らないよ。そもそも日焼けしないし」
「確かにそうだった!」
俺の皮膚は防水防火防塵耐衝撃素材である。さらに、みやび曰く、太陽光を浴びても劣化しにくい素材であるらしい。当然、紫外線などを透過する素材でもない。
「越智は泳がないの?」
「わたしは泳ぐのが苦手ですから……」
そう答える越智は、こちらに背を向けて地面に向かっていた。さっきから何も言ってこないな、と思ったら、砂で何かをしていたらしい。
「何を作ってるの?」
「とりあえず、お城を」
「わっ、スゴい! ね、ほまれちゃんも見て!」
「え、なになに?」
興奮気味の飯山に言われて、駆け寄って見てみると、越智の目の前には立派な砂の城があった。
そこまで大きくない土台の上に、ほぼ真円の一階から三階部分。そこから聳え立つ三本のシンメトリックな塔。どうやって作りだしたのかわからないくらい精緻な装飾が施されている。子供が公園の砂場でよく作っているようなものではない。そのはるか上をいくクオリティーだった。
「越智って、手先が器用なんだね……」
「それほどでもないですよ」
「写真撮っていい?」
「どうぞ」
飯山はパシャパシャとスマホで撮影し始めた。そんな彼女をよそに、越智は俺に聞いてくる。
「ところで、ほまれさんは海の方には行かないんですか?」
「うーん、どうしようかな……」
「行こうよ、ほまれちゃん!」
「……じゃあ行こうかな。その前に、あれを準備しないと」
俺は自分の荷物の中からそれを取り出す。萎びたビニールの塊に、細い管がついたぺしゃんこの提灯みたいなもの。俺は、管の先をビニールの塊に空いた穴に突っ込むと、足踏みポンプを何度も踏んづけていく。
「よし、できた」
数分後、俺の前に現れたのは……浮き輪だった。
試しにはめてみるが、サイズはピッタリ。小学校低学年の時に使っていたものだからサイズが合うか心配だったが、ギリギリ大丈夫みたいだ。
「そっか、ほまれちゃん泳げないんだっけ……」
「体が重くて沈んじゃうからね……」
本当は泳げるのに、体が重いせいで溺れてしまうのだ。このことは、以前の学校のプールの授業の時に判明した。この年になって少々恥ずかしいのだが、溺れないためにも、ここは浮き輪を使うしかない。
「はぁ~疲れた~」
「あんなに泳いだのは久しぶりだわ……」
ちょうど、みなとと檜山が戻ってきた。そして、みなとは浮き輪に入った俺の姿を見てギョッとする。
「ほまれ、どうしたのよ、その浮き輪?」
「ああ、これね。俺、泳げないからさ……」
「え? でも、前は泳げるって……」
「人間だった頃はね。この体は重くて水に沈んじゃうから、うまく泳げないんだ」
「そうだったのね」
みなとは、俺がプールの授業で溺れかけたことを知らない。だから、俺がこの体では泳げないことを知らなくて当然だった。
「それじゃあ、海に入ろうかな」
「私も行くわ」
「あたしは休んでるよ」
俺とみなとは海に入ることになった。当然、海に入るときに邪魔になるので、俺は羽織っていたパーカーを脱ぐ。
「……ほまれもビキニ着ていたのね」
「うん」
その下から現れたのは、ビキニだった。旅行に行く前、みやびについてきてもらって一緒に選んだのだ。なんだか下着のまま外に出ているような気分になる。
みなとは俺の全身をチェックすると、一言。
「よく似合っているわよ」
「……ありがとう」
ファッションに詳しいみなとからのお墨付きを貰えた。どうやら、俺のチョイスは間違っていなかったらしい。
「ほら、早く行きましょう」
「うん」
みなとは俺の手を取ると、海へと駆け出して行った。俺も引っ張られて砂浜を駆けていく。
海に入ると、潮の香りが強くなった。そのままどんどん海岸から遠ざかっていき、水深がどんどん深くなる。体がどんどん水に浸かっていき、ひんやりとした感覚が一気に全身に押し寄せる。そして、不意に海底から足が離れ、俺は水にぷかぷか浮く。
こうして海に入るのは何年ぶりのことだろうか。
降り注ぐ真夏の白い日差し。
どこまでも広がる青い海。
かすかに聞こえる蝉時雨。
「気持ちいいね」
「そうね」
夏だった。
しばらく浮遊した後、俺たちは腰くらいの水深の浅瀬に戻った。すると、遠くから三人がこちらに来るのが見えた。
「皆、水鉄砲持ってきたよ~」
「おっ、貸して貸して」
「ほまれちゃん、どうぞ~。みなとちゃんも」
「ありがとう」
水鉄砲で遊ぶのも、小学生以来だ。やり方を思い出しながら、俺はタンクに水を詰めていく。
「それ~」
「あーっ、やったなー! おらおらー!」
「きゃーっっ! もー、冷たいよ~!」
「ぶぶぶぶ……」
飯山がぶっ放した水鉄砲が、檜山に思いっきり水をかける。そのお返しとして、檜山は飯山に向けて水鉄砲を放つが、その後ろにいた越智が巻き添えになった。
「ふふふ……これは本気にならざるをえませんね」
「え」
「あ」
越智の謎のスイッチが入ってしまった。
彼女は不敵な笑みを浮かべると、ジャコン! と水鉄砲を構えて、無差別に勢いよく乱射し始めた。
「ぶ」
「わぷ」
「このままやられっぱなしではいられないわよ!」
「ぶわっ」
すると、みなとが越智の射線をくぐり抜けて素早く動き、水鉄砲を発射する。それが俺の顔に思いっきりかかり、思わず変な声を出してしまう。
俺もやられっぱなしではいられない! 闘争心に火がつく。
そして、戦況はますますカオスになり、いつの間にか俺たちの間で、水鉄砲の大乱戦が始まったのだった。