ふぅ、とみなとが一度息をつく。
「それじゃあ、よろしくね」
「かしこまりました、お嬢様」
俺はみなとの命令を聞いて、早速そのとおりに行動を開始する。
誕生日プレゼントとしてご奉仕するからには、徹底的にやらなければ! 心の中で気合いを入れる。
丁寧さを心がけながら、ゆっくりと慎重に。
「ふあぁっ!」
早速みなとが気持ちよさそうに声をあげて悶える。もちろん、それで俺の手が止まることはない。むしろ、もっと気持ちよくなってもらおうと、よりいっそう熱がこもる。
「……気持ちいい?」
「や、やめぇ……そこはっ!」
今まで聞いたことがないほど色っぽい声を、みなとが出す。そんな声を出されると、こっちが何か悪いことをしているように思えてくる。そんなことは全然ないはずなんだけどな……。
俺は心の中で大きく深呼吸をして、自分を落ち着かせると、すぐに再開する。
「っ……! っっ……!」
奥に進ませるにつれて、みなとの体が激しくビクビクする。もしかして、ここはみなとの弱点なのか⁉ またみなとの新たな側面を発見してしまった。
こうしてみなとを悶えさせ続けること数分、徹底的にやりきった俺は手を止めた。みなとは悶えすぎて、ほとんど反応しなくなっている。
「お嬢様、今度は反対側を向いてください」
「……っ、……」
「……みなと?」
しばらくすると、みなとはようやくこちらに顔を向けた。ほんのり顔が赤くなって、目にはうっすらと涙が溜まっている。
「ほまれ、あなたスゴいわね……想像以上だわ……」
「あ、ありがと……」
褒められることは嬉しい。だがその一方で、こんなことで褒められてもなぁ……とも思う。あまり役に立たない技術だし。でも、眠っていた才能を一つ発見できただけでも大きな成果なのかもしれない。
「お嬢様、反対側を向いてください」
「う、うん……」
俺の太ももの上で、みなとが顔を反対側に向ける。ちょうど俺のお腹に顔を埋めるような格好になる。
そして、俺はみなとの右耳に狙いを定めると、耳かきを再開した。
「ふあぁっ!」
「お嬢様、動かないでください」
「すいまふぇん……ひゃあぁっ!」
俺は本当に耳かきをしているだけなのだろうか。目を閉じて声だけを聞いていると、みなとにスゴくいかがわしいことをしているようにしか思えないんだけど。耳かきをしているだけなのに。もはや、自分が本当に耳かきをしているのか自信を持てなくなってくる。
右耳も丁寧に耳掃除をすること五分、ようやく完了したので、みなとに声をかける。
「お嬢様、終わりましたよ」
「……まだ」
「え?」
「……まだやってほしい」
俺のお腹に顔を埋めたままのみなとが、くぐもった声でそんなことを言う。
これ以上やったら、耳の穴を傷つけてしまうかもしれないんだけど……。
仕方がない。ここは耳を傷つけないようにやるしかないな。
俺は耳かきを回転させて、へらではない方、つまり白色のふわふわした毛玉のようなもの──梵天がついた方を、耳の穴に向ける。
「……もうちょっとだけだよ」
俺はみなとの耳をくすぐる。
みなとは何も言わずに、ギュッと俺の服を掴む。文句は飛んでこない。どうやら満足しているようだ。
しばらくくすぐっていると、不意に下の方からすんすんと微かに音がしてきた。いったい何だ……? まさか、俺には絶対に近寄らないはずの飼い猫、あずさがついに近寄って来たのか⁉
「……ほまれっていい匂いするわね」
不意に、みなとがそんなことを言ってきて、俺はようやくその音の正体を察した。みなとが、ただ鼻を鳴らして俺の匂いを嗅いでいただけのようだ。
俺って、そんなにいい匂いがするのだろうか。特に何か香料を付けているわけではない。むしろ金属くさいとか言われそうなものだが。もしかしたら、みなとが感じているいい匂いは服の匂いかもしれない。
「そうかなぁ……」
「そうよ……」
それっきり言葉が途切れる。静かな部屋で、ひたすらみなとの耳を撫でていく。
もういいかな、としばらくしてから、俺はみなとに声をかけた。
「お嬢様、もう片方の耳はくすぐりますか?」
「…………」
「みなと……?」
返事がない。俺は耳かきを脇に置いて、ぺちぺちと軽くほっぺたを叩いてみる。反応がない。
次に耳をそばだてる。みなとの呼吸はゆっくりと深く、落ち着いていた。
どうやら、みなとは眠ってしまったみたいだ。疲れていたのだろうか、あるいは耳かきが気持ちよすぎたのだろうか。とにかく、浅い眠りではなさそうだった。
どうしようか。いったん起こして反対側を向いてもらおうか……。そうでないともう片方の耳ができないのだが……。
いや、でもこんなに気持ちよさそうに寝ているのにわざわざ起こしてしまうのも気が引ける。それに、耳かき自体はすでに終わっている。
少し悩んだ後、俺は結局みなとを起こさないことにした。眠っている時に起こされたら、誰だっていい気分ではないだろう。それに、なにも耳掃除をすることだけが、みなとへの奉仕ではない。ゆっくりと休ませてあげることも、同じくらい大事なことだ。
「んむ……」
みなとが寝返りを打ち、仰向けになった。穏やかな寝顔がこちらを向く。
天使……いや、それを通り越してもはや悪魔的に可愛いんだけど。よく考えれば、俺は今、美少女に膝枕をしているんだよな。こんな体験、そうそうできるものではない。
今は俺がみなとにしているけど、いつかは立場を逆にして、膝枕をしてもらう側にもなりたいなぁ……。
そんなことを俺が考えているとはつゆ知らず、みなとはしばらくの間ぐっすりと眠り続けていた。
※
「今日はありがとうね。とても充実していたわ」
「こちらこそ。みなとの可愛い寝顔が見られたからお腹いっぱいだよ」
「やめてよほまれ……」
みなとが恥ずかしそうに顔を赤くして俯く。今更恥ずかしがってももう遅いぞ! みなとの可愛い寝顔は、俺のメモリーにばっちり記憶されたからな!
それよりも時間は大丈夫だろうか。確か、みなとは誕生日パーティーがあるから七時までには家に帰らなきゃならない、と言っていたはずだ。現在時刻は午後六時三十二分。今からここを出たら、かなりギリギリになるんじゃないか?
玄関に向かうみなとの足取りは少しふらついている。さっきまでずっと、俺の太ももの上でお昼寝をしていたから、平衡感覚がまだ少し戻っていないのだろう。
玄関に辿り着き、靴を履くみなとに、俺は後ろから尋ねる。
「俺の膝枕はどうだった? よく寝られた?」
「ええ、とっても。柔らかかったから寝心地は最高だったわ」
お、おう……。そんなに柔らかいかな……。自分で脚を触って見ると、確かにムニムニしている。俺はどうやら自分で思っている以上に、太ももがむっちりしているようだ。もっと硬いものかと思っていたけど……。
自分の太ももの皮膚を引っ張ったり伸ばしたりしていると、みなとが突然提案をした。
「今度は私が膝枕をしてあげるわよ」
「え⁉ ホント⁉」
俺の反応を見て、みなとはふふ、と笑う。
「そのうちね」
これは期待できる。言質は取ったからな! いつかマジでやってもらおう。
みなとは靴を履いて立ち上がると、こちらに向き直る。
「今日は本当にありがとう、ほまれ。最高の誕生日プレゼントだったわ」
「どういたしまして。楽しんでもらえたようでなによりだよ」
時間にしてわずか二時間四十分、やったことといえば耳かきと膝枕だけ。だけどなぜだろう、振り返ってみると、とても濃密した時間だった。
やはり好きな人と一緒に過ごしていると、時間が長く感じられるのかな。人間じゃなくなっても、それは同じみたいだ。
「それじゃ、行くわね。また明日、学校で」
「うん。気をつけてね」
別れの挨拶を交わした後、みなとは駅の方へと向かっていった。
こうして、みなとへの誕生日プレゼントは、大成功に終わったのだった。